第13話 酒は飲んでも飲まれるな
甘えた声を出す咲さんは俺から離れると、未開封のビールを二つ持ってきて、うち一つを俺に差し出した。正直俺もシャワーの後余ったビールを飲んでから寝ようと思っていたから、ビールは嬉しい。
しかし、ここで酔っぱらっていざというとき、逃げ出せるのか? いや、咲さんが俺を害するとは思ってないんだけど、酔ったら力が暴走して! なんてよくある話じゃないか。漫画の世界では。
俺にとってこの旅館の従業員はまさに漫画の世界の住人なんだ。悪鬼蔓延るダンジョンを平然と踏破し、銃弾では太刀打ちできないモンスターを殲滅していく彼ら。
漫画のお話しと言ったほうがよほどしっくり来る凄まじい戦闘能力が、もし暴走したらどうなる? 俺は消し炭になるんじゃないか。
いや、分かってる。咲さんの目があるから大丈夫って言うんだろ? 考えてみてくれたまえ。咲さんの目は、彼女の能力のうちほんの些細な一部に過ぎないことを。
俺が酔って警戒心が無くなると、分かるだろう?
「勇人くんー。のもー」
しかし現実は非情だ。この目は飲まないことを許さないと言っている。飲むしかないか......
――三十分後
「うめえ。ビールうめえ」
「だねー。お酒もあるよー」
「おー。いいねー。飲もう飲もう」
咲さんは日本酒を持ってきて瓶ごと口をつける。一口飲み俺に瓶を差し出してくる。俺は日本酒も好きだ。促されるままに飲む俺。
うめえ。
「そういや、咲さんたちってどこから来たの?」
出来上がった俺はすっかり警戒心が抜けて、以前から疑問に思っていたことを咲さんに聞いてみる。
「んー。知りたいー?」
顔を横にコテンと傾けて、しなだれる咲さん。
「教えてくれるなら聞きたいなー」
「じゃあ。教えてあげる! 私たちダンジョンから来たのよ」
「えええ?」
ダンジョンからモンスターは出てこれないはずだ。古来より今までモンスターが地上に出てきて大被害になった事件は一つもない。
だからこそ、日本ではダンジョンに不干渉を取っているのだ。
「普通はダンジョンから出ることはできないのよ。ほとんどのダンジョンのモンスターは人間に敵意を持ってるのよ」
「ふむふむ」
まあ、そうだろう。目の敵のように、俺たちを見ると襲ってくるからな。
「でね。人間に敵意を持ってなければ外に出れるんだよ。どうだ。エッヘン」
なんかマリーみたいな口調になってるが大丈夫か。咲さん。冗談みたいな話だが、人間に敵意を持たなかったら外に出れるのね。
「そんな簡単な話なの?」
「うんー。でもね。人間に好意をもってダンジョンに入ると、モンスターが襲ってくるの。知性のある魔族は別だけどね」
「魔族?」
「うんー。知性の無いダンジョンの生き物をモンスター。知性のある私たちのような人を魔族って呼んでるの」
「なるほど。みんなは魔族で、人間に好意を持ってるから出て来れたと?」
「そうだよー。魔族はダンジョンの奥深くに住んでるから、人間は存在自体知らないかもね」
「それが旅館経営か......深部に住む魔族ならそら強いわけだよ」
「まあ、魔族もいろいろいるから。それより飲もう飲もう」
「そうだな。飲もう」
こうして夜は更けていくのだった。
――翌朝
俺は布団ではなく、ベットの上で目が覚める。はて。昨日は咲さんから魔族について聞いたが、その先を覚えていない。確かさらに日本酒を飲んだ気がする。
しかし、このベットは広いな。クイーンサイズだろうか。
「んん」
女性の声がする。何だこのデジャブは。
「勇人くん、起きたのー?」
朝だからだろうか、間延びした声がする。掛け布団から出てきたのは咲さん。
しかも、下着姿だ......マリーと違い咲さんの下着姿を見るのは気が引けるから、咲さんの体を見ないように、掛布団の位置を調整したのだった。
どうでもいいことだけど、マリーは下着じゃなく全裸だが......
「さ、咲さん、向こう向いてますから早く服着てください」
「あ、ああ。そうね。勇人くん、人間だものね」
「ひょっとして咲さんはマリーみたいに服を着てなかったんですか?」
「んー。私は着てはいたけど下着みたいな感じだったかな。こっちに来てからパジャマを着るようにしてたけど。昨日は酔っていたし」
「わ、分かりました。とりあえず何か着てくださいよ」
俺の言葉に、咲さんは「えい」と掛布団を剥ぎ取り、背後から抱き着いてきた。当たってる当たってますから。冷たいけど確かな感触。何がとは言いませんけど!
「勇人くん、いつも面白い反応するよね」
からかわれていたのか!
「い、いやそらまあ。下着で抱き着かれるとですね」
「魔族のどんな男の子より、君のほうがずっとずっと面白いわよ」
それは褒めてんでしょうか? それともけなしているんでしょうか? 分からん。
でも冷たいながらも、体全体が柔らかくて、体温以外は人間の女の子と抱き合っているのと変わらない。不思議だよなあ。
しかし、頭が酷く痛いのだ。咲さんの感触で誤魔化せないほど、胃もむかむかしてきた。
「さ、咲さん、昨日の酒が残ってまして」
「ん、そうなのー。じゃあ。こっち向いて」
咲さんに言われるがままに振り向くと、突然唇を奪われた。
そのまま口を少し開かされると、中に何か入ってきた。これは舌ではない。なんだこのモゾモゾした感触は。
咲さんが離してくれないので、そのままにしていると急速に体調が回復してきた。それとともにモゾモゾした感触も無くなってくるのだった。
「はー」
咲さんが口を離すと、俺はもうすっかり気分爽快になっている。何をしてくれたのか聞くのが怖いので、聞かないでおこう。
「体調がすごくよくなったよ。ありがとう咲さん」
「いいえ。こちらこそ、ご馳走様」
ご馳走様? いや、ダメだ。触れてはいけない。
クイーンベットのある部屋はどうやら咲さんの部屋だったらしい。咲さんの部屋は二部屋あって、一つが昨日酒を飲んだ部屋。もう一つが寝室とのことだ。
酔っぱらって倒れた俺をそのままベットに運び、咲さんと一緒に寝たということだった。
ともあれ、気分も爽快になったので俺は部屋を出て一旦自室に戻る。
◇◇◇◇◇
ドアを開けると、なんと骸骨くんが待っていた。手には黒猫を持っている......一体どこから?
「どうしたの? 骸骨くん?」
骸骨くんは指を黒猫に指し、いるかと聞いてくる。
「ん。ちょっと事情が呑み込めないな。マリーかな?」
骸骨くんは首を縦に振ったので、いったん俺が黒猫を預かることにした。後でマリーに黒猫のことを聞いてみよう。
「ありがとう。骸骨くん」
手を振り、「いえいえ」とでも言ったかのようなジェスチャーをして骸骨くんは部屋の窓から出て行った。
いや、ドアから出てくれよ。ここ二階だし。
それにしても、この黒猫はどうすればいいんだ。
正直に言おう。俺は猫が好きだ。飼えるなら飼いたいけど。下宿してて猫を飼うとかないよなあ。
誰かの飼い猫なのか、元々マリーが飼っていたのか。まあ、マリーに聞いてみるか。
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