第11話 54階
目覚めたら、重い、冷たい。何だこれは。
目を開くと咲さんの顔。なにやらデジャブを感じるんだけど、また気絶したのか俺は。しかし、体が重い。冷たい。
起き上がろうとすると、何かをはねのけたようで、
「いたいー」
どうやら、俺の体にマリーが乗っかっていたようだ。おちおち気絶もしてられないな。いつ血を取られるか分かったもんじゃない!
咲さんの膝枕は冷たいけどいい感触がして、まんざらでもないんだけどこうも甲斐甲斐しく世話を焼かれると気が引けるんだよなあ。
「夕方18時くらいになると、町内会の皆さんが温泉に入りに来てくれるから」
何事も無かったかのように俺は二人に伝えると、温泉客が来る前までならダンジョンに行けると説明する。
「勇人くん、すごい! お客さんが来るんだね」
咲さんは感激した様子だ。しかし、しかしだよ。咲さん。そのままでは客前には出れないよ。
右目がぽっかり目玉がないから......空洞だ。眼帯か何かすればいけないことはないけど、人間じゃないから、空洞部分が黒くなっててものすごく恐怖心をあおる。
誰のって? 俺のだよ。
「おー。ゆうちゃん、やるじゃない」
頭をさすりながら、懲りずに俺の背中に張り付いて来るマリーも俺をほめたたえる。ちなみにマリーはまた全裸だ。服を着ろと何度言えば。
「よし、ダンジョンへ行こうじゃないか。マリーは服を着てからだぞ」
俺の掛け声に二人は「おー」とノリ良く答え、俺は軽トラへ向かう。
軽トラの荷台にはブルーシートが被さっており、チラリとめくってみると、骸骨くんがすでにスタンバっていた。頼むよ骸骨くん!
俺が声をかけると、カタカタと体を震わし答えてくれた。なんかもう、骸骨くんが一番の癒しかもしれない。最初気絶してしまってごめんよ。
軽トラに二人を乗せ、ほどなくダンジョン前へ到着した。前回は正直漏らしそうだった。今回もそうだ。例外はない。
怖いんだから仕方ないだろおおお。
◇◇◇◇◇
ここはダンジョンですか? はい。ダンジョン入口です。
両手にはそれぞれマリーと咲さんが。前後には骸骨くんが。完全防備体制で挑む俺たちだけど。腕組んで大丈夫なの?
いざ何かが襲ってきたら、俺シールドとか。嫌な予感しかしない。
「えっと、咲さん、マリー。腕組んでて大丈夫なのかな?」
「んー。大丈夫ー咲さんいるしー」
マリーは陽気に応えるが、ここを一歩進むとモンスターが大量にいる。一撃で俺がお陀仏しそうな奴らだ。
ガクガク膝が震えているが、両側で腕を組む奴らが俺の歩を止めてくれない。
ピクニックじゃないんだから、もう少し、さ。
引きずられるようにしてダンジョンの中に入った俺だが、今回は詳細に中の様子を観察することができた。咲さんの目が暗闇でも見通すことができたからだろう。
分かったことだが、天井にビッシリ、イグアナみたいな爬虫類がひしめいている。奴らは今か今かと俺たちを待ち構えているようだ。
「ゆうちゃんー。目をつぶって」
突然マリーに目を塞がれたかと思うと、咲さんが俺の腕を離す。
一分ほど経っただろうか、マリーが手を離してくれる。
再度洞窟の天井を見ると、先ほどまでひしめいていた生物が一匹もいない。きっと咲さんが何かやったんだろう。
以前暗闇の中を通ったであろう、ゴツゴツした岩肌の道をズンズン進んでいくと、巨大鶏に出会った広い空間までたどり着く。
何匹かの巨大鶏がその場で倒れ伏していて、ピクリとも動かなかった。
「あれ、こいつら?」
「いいのいいの。勇人くん。早く行きましょ」
きっと、咲さんが何かやったんだ。咲さんとマリーは鶏に見向きもせず、奥へと俺を引っ張っていく。
右へ左へと分岐を通り、案内された先はビルにあるエレベーターと言えばいいのか。灰色の両開きになるであろうドア、横には下マークの入ったボタンがある。
「おすよー」
マリーが躊躇なく下マークのボタンを押すと、地の底から響くような悲鳴があがり、声はどんどんこちらへ近くなってくる。
「ちょっと、この叫び声! こっちに来てる!」
焦る俺に二人は大丈夫大丈夫と言ってくれるが、もうすぐそばまで来てる!
ひときわ大きな叫び声が響いたと思うと、エレベーターのドアが開く!
「ぎゃあああああ」
中が真っ赤だったので思わず俺は叫び声をあげる。どんなお化け屋敷なんだよー。
「お、ゆうちゃん。気絶しなかった!」
「こ、これくらいで気絶するものかよ」
声が思いっきり震えてるが、気丈にも俺は二人に意地を張る。気絶もしてないし、漏らしても無い。
「勇人くん、エレベーターに乗ろう」
咲さんに促されてエレベーターの中に入るが、「グフフフフ」とかエレベーターさんが言ってる。これ生きてるんじゃ?
「なんでしゃべるの、このエレベーター」
「いいのいいの。気にしないー」
マリーが入口手前で踏ん張っていた俺の足を押す。
つんのめりながらも中に入った俺だったが、咲さんに抱きとめられる。
「ずるーい」
マリーが後ろから不満の声をあげるが、正直咲さんの体がどうとか余裕は本気でないんだけど。
エレベーターの中は、真っ赤で水が固まったような感触といえばいいか、弾力のあるゼリー状の壁でできていた。水から浮かぶようにボタンがプカプカと側面に出てきていて、ここに数字が浮かんでいた。
咲さんは迷わず「54」と書かれた数字を押す。
「ご、五十四! 大丈夫なの俺?」
「へーきへーき。咲さんいるし」
マリーはいつもの陽気さでそう言うが、俺一階でも死亡確定なんだよ? 分かってるかな。
咲さんが押したボタンに反応して、エレベーターは「うおおおおおおお」と金切り声を上げながら移動していくのだった。うるさいエレベーターだよ全く。
◇◇◇◇◇
五十四階にやってまいりました。ここは何か未来的な風景をしております。
壁は真っ黒だけど、星のように明滅する光を放っている。星柄の壁? といえばいいのか。
床は透明なクリスタルで底が見えない。まるで空中を歩いているかのようだ。
天井も床と同じ素材でできているようで、見上げるとゆらゆらとした海の底のようなものが見える。
幻想的な空間に茫然としていると、またマリーに目を塞がれた。
「ん、さすがに黒い霧だけでは仕留めれないか」
目を塞がれたままだったが、咲さんの声が聞こえた。
「まあ、五十四階だしー。叩けばいいじゃない」
「そうね」
二人はぶっそうな話をしているけど。俺いるの忘れてません?
「あのー。俺大丈夫なのかな?」
「うん」「もちろんよ」
二人が声を揃えて頼もしく応じてくれるが本当だろうか。あまりにあっけらかんと「大丈夫」と言われたものだから、余計不安になってくる。
そんな俺の肩を骸骨くんがポンポンと叩いてくれた。ああ、骸骨くん。君はやはり友人だ!
「見つけた!」
咲さんの声。その直後表情が少し曇る。
「どうしたんだ? 咲さん」
「ん? 心配してくれるの?」
パーッと明るい顔になる咲さん。なんか方向性が違うような。
「何かあったんじゃないの?」
「ううん。大したことじゃないの。黒い霧が少し食べられただけ」
食べられたって物騒だよ!
「マリー。頼みたくないんだけど勇人くんを頼んだわよ。奴が来た」
咲さんは普段のおっとりした顔からは想像がつかないほど引き締まった表情で、前を見据えた。
なんかかっこいい!
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