第10話 目

 気がついたら布団に寝かされていた。横になった姿勢のまま周囲を見渡すとどうやら俺の部屋で寝かされているらしかった。


 しかし、狭い。

 そして、冷たい。


「んん」


 女性の声だ。布団をペロリとめくると、咲さんが寝ていた。

 美女が俺の布団に!

 興奮すると思うだろう? 顔を見た時は俺も少しトキめいた。ただ、お約束と言うかなんと言うか、首取れてる......

 そして、腕も取れてる。


 首と腕のない体は薄い紺色のパジャマを着用していている。しかも前ボタンが外れていて、白い下着の色がチラリと見える......


 惜しい! 惜しいんだが!

 ホラーだ。


 俺はそっと咲さんを見なかったことにして立ち上がろうとする。

 すると、俺のジャージの裾を引っ張る手が。今気がついたが、俺はいつの間にか黒のジャージに着替えていた。きっと咲さんが着替えさせてくれたんだろう。例の如くいつ気絶したのか覚えいないんだけど。

 骸骨くんがゴミを集めるところまでは、覚えてるんだけどなあ。その後どうなったんだろう。


 考え事をしていると、裾を引く力が強くなり、俺は布団に引き戻されてしまう。


「頭とって......」


 咲さんの声だ。セリフだけ切り取ると怖いってもんじゃないぞ。文字通り布団に落ちている頭をを拾いあげて咲さんの首に引っ付ける。


「ありがと。勇人くん」


 咲さんは色っぽい声で俺の名を呼ぶと、首に手を絡ませて抱きついてきた。

 唇が触れそうな距離に急接近した咲さん。


「ねえ、勇人くん。私......」


「は、はい」


「君の証が欲しいな......」


 咲さんの息遣いは......感じられない、たぶん息してない。えっと、彼女の温もりは......感じない。冷たい。

 いや、でも柔らかい体の感触と、何よりあれがムニュっと当たってます。パジャマはだけてるし、下着が直接当たっております。

 視界いっぱいに咲さんの艶かしい顔。唇が触れそうな。

 「君の証」っていいんすか! いいんですよね? マリー来ませんよね!


「俺でよければ」


 ガバッと俺は咲さんを押し倒そうとすると、


「目を閉じて......」


 は、恥ずかしいのだろうか! も、もうたまらん。

 目を閉じた俺の右の瞼に咲さんはキスしてくる。


 え? 右目の感覚が無くなった......

 咲さんは唇を離すともう一度同じところに唇を這わし、舌を出してくる。


 ひんやりとした舌の感触はあるものの、瞼の奥......眼球に感覚がない。

 舌で瞼をこじ開けられると、突然目の感覚が戻って来る。


 はあっと艶かしい吐息をあげる咲さんに思わず目を開くと、彼女の右目が無い! ポッカリと黒い穴が空いているじゃないか。


「咲さん、目は?」


「そこ......よ」


 俺の右目に触れようとしたので、思わず瞼を閉じると、瞼を撫でられ、そのまま頰まで咲さんの手のひらが滑る。


 痛みもない、一瞬で目が移植されることなんてあるんだろうか。

 ダンジョンの神秘?


「俺の目は?一体?」


「ここにあるの」


 俺の手を取り、心臓のあたりに持ってくる咲さん。冷たいし、心臓は動いてないけど胸の感触は確かに。何考えてんだ俺!


 目が入れ替わったのか? でも俺の目は心臓にあるという。イマイチよくわからないんだけど、咲さんが再び首に手を回してきた。咲さん唇が俺に触れようとした時......


「なにやってるのー!」


 お約束というか、マリーが血相を変えてやって来た!

 咲さんは気にせず、俺に口づけしようとしたが、マリーの方が速かった。


 見事に引き離された俺と咲さんを睨みつけるマリーの目の色は、赤色に変化している。マリーから感情が昂ぶると目の色が変化すると聞いているから、俺たちに怒っているのだろうか?


「咲さん!ゆうちゃんを眷属化したの?」


 厳しい声で咲さんを詰問するマリーだったが、俺たちが引っ付いていた事に怒っていた訳ではないらしい。

 それもあるかもしれないが、これまでそういったことがあっても目の色が変わるほどでは無かった。

 しかし、聞きなれない言葉が聞こえたぞ。「眷属化」って何? 俺の思いとは裏腹に咲さんとマリーが言い合いを始める。


「勇人くんを眷属化なんてする訳無いじゃない!」


「目! 目から力を感じるのー」


「アレは私自身の目よ」


「えええ! 咲さん! 本気なの?」


「それだけ勇人くんが大事なの!」


「咲さん自身の目......」


 マリーが頭を抱えてヘタリ込む。対する咲さんは平然としたものだ。

 ちょっとー、説明してくれないかな?


「一体何のことなのかな?」


「勇人くんは気にしなくてもいいの」


 咲さん、怖い。有無を言わさぬ態度とはこのことか。


「ゆうちゃん、目を貰うのは特別なことなの! 目をあげることはあるけど、自分の目だから」


「深い意味があるのか?」


「ゆうちゃん、目玉見たことある? ちょっと待ってて」


 僅か数秒で戻って来たマリーの手には、以前咲さんがお礼リストに見せてくれた不気味な目玉があった。


「咲さんは目玉に自分の色をつけて、誰かに与えると、自分の眷属にできるのー」


「ふむ。衝撃の事実だけど、今はそれじゃないよな?」


「うんうん。自身の目なら、咲さんの持つ目の力だけ手に入れることができるのよー。咲さんの眷属になることもないよ」


「俺の目玉は無くなったけど、今までと変わらない?」


「変わらないどころか、暗闇でも見えるし他にもいろいろー」


 何やら便利な目を貰ったみたいだけど、俺に同意取ってくれよ......


「戻せるの? 俺の目玉?」


「勇人くんが私の目を使えるように、勇人くんの目は私のコアに取り込んじゃったから」


 咲さんが俺の目玉がどうなったか説明してくれる。


「戻らないと?」


「うん」


「ま、まあ。いいか。ハハ」


 戻らないものは仕方ない! とは納得出来ないが、何か俺のためになることを考えたんだろう。


「お礼......この前言ったよね。考えたんだけど」


 モジモジと頰を赤らめながら俯く咲さんは可愛かった。この前のお風呂の件でお礼終わったと思ってたけど、気絶してしまったから余計に気を使わせちゃったか。


「ゆうちゃん。咲さん目は生涯一人にしか与えること出来ないんだよー。だからとってもとっても特別なの!」


 マリーが手をバタバタさせて悔しそうな顔を浮かべている。聞く限り、家族連れのお客さんへバレないように手伝ったお礼としては過剰だ。


「勇人くん、何しても気絶しちゃうんだもの」


 咲さんは目元に少し涙を浮かべながらも、笑顔で俺を見つめてくる。思わず俺は彼女を抱き締め、お礼を言ったんだ。


「咲さんの目はどうすればいいんだ?」


「ダンジョンに取りに行かないと」


「付き合うよ。行こう咲さん」


 ダンジョンは恐怖以外無く、危険過ぎる場所だけど、目がないままの咲さんをほっておけない。


「うん。ありがとう。勇人くん」


「わたしもーわたしもいくー」


 こうして俺たちはダンジョンへ行くことになったのだ。俺を守るものは安全ヘルメットだけだが。


「あ、勇人くん。今度はちゃんと見えるはず」


 咲さんの両手から黒いモヤモヤが噴出してくる。

 この黒いモヤモヤは......なんと、蠅だった!


 うーん。またしても俺は意識が遠くなっていった。黒いモンスターが来るよー。

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