第9話 屋台
いよいよ秋祭り当日、神社の境内に屋台を設置し、やりとり屋開店だ! 祭りは午後の部と、夜の部の二部構成だが、メインは夜の部になる。
聞いていた通り境内中央に盆踊り用の櫓が置かれており、夜になればここで盆踊りをするというわけだ。
俺たちは先日買った浴衣を着て、屋台運営へ挑む。
俺は唐草模様の緑の浴衣、マリーは花柄の赤色の浴衣、咲さんは紺色の月をイメージした柄が入った浴衣だ。
屋台は全員初めてだったので、まずは様子見に三人で来ることにした。
料理は予め串に刺しておいた鶏肉を、タレが入ったペットボトルを切った容器につけて焼くだけだ。簡単簡単。
しかし、いざお店が始まると問題が発生するんだ。予想通りと言えばその通りだけど。
当初の予定通り、一人づつ呼んで俺と二人で切り盛りしようと思ったが、無理だ!
俺一人でも屋台は問題なかった。しかし、咲さんかマリーどちらかとなると難しい。
「もうー、また咲さんの手を握ってるー」
マリーの指摘通り、俺は咲さんの手を握り締めている。お手手繋いで、屋台とか何してんの?とか言われそうだけど、浴衣の袖の下。具体的には肩口!
また取れたのだ。腕が。
腕が落ちないように気を張り、落ちないよう異変があれば素早く支える。
焼き鳥の焼き加減より、咲さんの腕のほうがよほど注意力がいる!
プンスカ拗ねるマリーにももちろん問題がある!
お客さんに焼き鳥やお釣りを手渡しすると、相手の手に触れる。
それだけで、瞳の色が赤くなってるんだよー!どんだけ我慢効かねえんだこいつは。
しかし対策はある。
「咲さん、腕取れてたら動かせるんですよね?」
「そうよ」
「なら、外しておきましょう。少しだけ腕を肩から離して、腕動かしてみてくれます?」
俺の言われたことを反芻してから、ポンと手を打ち、彼女は両腕を肩から外す。腕を動かしてもらったが、浴衣の袖に隠れて注意深く見ないと違和感に気がつかないほどだ。
「よし、これで大丈夫でしょう。次、マリー」
「んんん?」
マリーはお客さんと触れ合うとダメなのだ。ならば、屋外で使う必殺グッズを使おう。
「これを装着するんだ」
俺は軍手をマリーに手渡す。屋外コンロとか扱ってるし軍手も不自然じゃないだろ。
「よし、じゃあ今から俺が客になるから、咲さんが焼き鳥作って、マリーが接客だ」
咲さんが焼き鳥を焼くの姿を腕の動きに注意しながら見守る。
うん、これなら腕が取れていても大丈夫だ!我ながら素晴らしい。
焼き鳥が焼き終わると、マリーが透明容器に焼き鳥を入れて、俺に手渡す。
軍手効果はどうだ?
今のところ目は黒だ。行けるか?
お金を渡し、受け取るが、素手の感触がする。見ると、横から腕が伸びてきている! 咲さん! 何やってんですか!
「咲さん?」
「だって、私も触りたかったんだもの」
だってと言われても困りますがな。今練習なんです。とマリーを見ると膨れている。ほんとこの二人公私混同が激しい。むしろ公があるのかも疑わしいんだけど。
「咲さん、わたしが渡すんだからー」
「だって、マリーばっかりダンジョンにまで行くんだもの。私とも行ってくれるよね?」
笑顔が怖い咲さんに俺は黙り込んでしまう。ダンジョンは怖い、怖いんです。
「行ってくれるわよね?」
「......はい」
目の前の威圧感にYESと答える以外道は残されていなかったのだ。隣でマリーが「わたしもー」とか言っている。俺、人間だから。そこのところ忘れないで欲しいんだ。
◇◇◇◇◇
その後順調に屋台をこなしていく俺たち。作戦はうまくはまったようで大きなトラブルも起きず終了できそうだ。屋台でお客さんに焼き鳥を渡すときに俺はある仕込みをしていた。
それが実ればいいんだけどなあ。
屋台から見える盆踊りはとても賑やかで楽しそうに見える。来年は少し盆踊りに参加してみたい。俺が死んでいなければ......
「屋台ご苦労さま」
年配だが、体つきがガッシリした男性が俺たちに声をかけてくる。この人は、この町の町内会の会長さんだ。今回の盆踊りを企画運営しているお偉いさんになる。
この体格の良さはきっと農業で培われたものだと思う。
「いえいえ、こちらこそいろいろありがとうございます」
「広告も見させてもらったよ。檜風呂いいと思うよ。温泉だけなら町内の人たちも来るだろうし、明日にでも行かせてもらおうかな」
「ありがとうございます」
俺は焼き鳥を渡す際に、温泉宿の「温泉のみのご利用ができます」と書いたビラを配っていたのだ。せっかく町内のみなさんが集まるこの祭り、宿の経営に生かさねば。
いつビラを刷ったのかって? この二日間だよ。俺は最初ホームセンターに買い出しに行く以外仕事がなかったから。必死で刷ったのだよ。
温泉だけでも利用してくれるお客さんが来れば、次は食事も楽しんでもらえるかもしれない。そうやって地道にお客さんを増やしていこうと思ったんだ。
食事の素材は怖い気もするが、さすがに食べてはダメなものは出さないだろうと、俺は親父さんを信じている。信じているから。
◇◇◇◇◇
ここで良い顔をしておこうと、出たゴミを全て軽トラックに積み込んで帰宅することにした。ゴミ出し程度なら大した手間でもないしね。どうせ暇だし......
明日から温泉だけでも利用客が来ればいいなー。とニヤニヤしながら宿まで戻った。
さっそく親父さんに屋台のことを報告しに厨房を訪れた。
「親父さん、うまくいきましたよ」
「おお。それはよかった。驚かせずに済んだんだね」
「ええ、なんとか」
「さすが勇人君だ。君がいてくれてよかったよ」
ご機嫌な顔の親父さん。俺もやったかいがあったよ!
「もう一つ、温泉だけでも利用客が増えないかとビラも配って来ました」
「本当かね! 君はこの宿の救世主だ!」
肩を掴まれてブンブン揺すられるが、悪い気はしない。手放しに褒めてくれるとやっぱ嬉しいものだよ。
ここまで俺はすごく上機嫌で鼻歌を歌うほどだったんだ......しかし俺には陽気な気分で終われる一日は無かったのだ!
今のうちの軽トラックからゴミを降ろしておこうと思い、来てみると骸骨くんたちが積み下ろしをすでにやっていてくれて、軽トラックの前にゴミが積み上げられていた。
屋台の道具はすでに倉庫まで運んでくれたようだ。骸骨くんは見た目怖いけど、ほんといい奴なのである。
ゴミの山の前には咲さんがぼーっと佇んでいた。
「あ、咲さん」
「勇人くん。今からゴミを処分するから少し離れてね」
ん? ゴミ処分とは? 咲さんは火でも吹くんだろうか。ここで燃やすと危ないですよと口を開きかけると、咲さんの両手から黒いモヤモヤが出てくるのだ。見た瞬間、俺の頭に何かがフラッシュバックしてくる。
黒いモヤモヤは瞬く間にゴミを覆うと、一瞬鈍い音がした。
直後モヤモヤが晴れると、なんとゴミの山が消失していた。
このモヤモヤは......あれだ。思い出した。俺の体を!
黒いモンスターが来るよー。俺の意識は遠くなっていった......
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