第8話 無茶振り
うーん、柔らかくて少しひんやりする。あー。俺何してたんだっけ?
目を開くと、茜色の浴衣と咲さんの顔。どうやらまた膝枕されていたらしい。俺何で寝てたんだっけ。何か恐ろしい体験をした気がするんだけど。
「あ、咲さん、俺なんで寝てたんでしょ?」
「あ、ああ。覚えてないの? ま、まあ気にしなくていいよ。疲れてたんじゃないかな?」
少し挙動不審な咲さんは俺の頭を優しく撫でてくれた。何かかなり怪しいが突っ込むとひどいことを思い出しそうな気がして、詮索するのは辞めることにした。
「あ、ウルフさんが呼んでたよ。行ってみたらどうかな」
ウルフさん、ああ親父さんか。マリーの親父さんの名前は確かウルフさん。ずっと親父さんと呼んでいたから名前を忘れそうになっていたよ。親父さんが呼んでる? 何か問題が発生したのだろうか。
親父さんは普段厨房を独りで切り盛りしている。これは想像だが、コウモリが調理してるんじゃないかと思うんだ。マリーのコウモリは部屋の掃除してたくらいだし。
だいたい、旅館の料理をあんな短時間で調理できるわけないんだよ。きっと何か秘密がある。コウモリだったらまだ耐えれそうだけど、もっとおぞましいものなのかもしれない。
俺は咲さんに膝枕の礼を言うと、親父さんのところへ向かうことにした。
俺が咲さんから離れると彼女は少し名残惜しそうな顔をしていたのが印象に残った......ほんと見た目は美女なんだよなあ。咲さん。
◇◇◇◇◇
親父さんは、黒髪オールバックのダンディなおじさんといった印象の四十代前半に見える豪快な性格の人だ。彼がこの宿のオーナーになるが、経営のことを考えてる姿を見たことが無い。
そもそもお客さんがいないから宿泊収入はほぼないはずだ。しかし、この宿は成り立っている。あれだろうな、赤い牛とか巨大鶏とか売ってるんだろうな......直接見てないから確定とは言えないがきっとそうだ!
「何でしょう親父さん?」
厨房に腰かけて競馬新聞を見ていた親父さんに聞くと、親父さんはとんでもないことを言い始めた!
「勇人君、明後日に秋祭りがあるんだが知ってるかね?」
「は、はあ」
何か聞いたことがある。この地域の秋祭りは九月末に行うそうだ。祭りといってもそんな規模の大きいものじゃない。
近くの神社の境内を使って夜店と盆踊り用の櫓が組まれる。音楽に合わせて盆踊りを町内のみなさんで楽しむといった感じだ。
まさか、
「その祭りに今年は参加しようと思ってね」
うはー。明後日の祭りに参加するのか。何となくだが、何も準備してない気がする。
「は、はあ」
「そこでだね。君に屋台をやってもらいたい。咲でもマリーでも手伝いは付けよう」
「準備は出来てるんですか?」
「残念ながら、何を準備していいか分からない! とりあえず決まっているのは焼き鳥! それだけだ」
キラーんと歯を輝かせて決める親父さんだが、予想どおり何も準備してないのかよ!
「えーと、今から明後日の屋台の準備を?」
「そうだとも。なあにお金はある。持っていきたまえ」
そう言って握らされた三十万ほどのお金......これで準備しろと。
「足りなければ言ってくれたまえ。お金はある」
言ってくれたまえじゃねえよおお。無茶振り過ぎるだろ! しかし雇われの身である俺に断ることはできなかった。こうして無謀な秋祭りへの参戦が決定したのだった。
◇◇◇◇◇
秋祭りは「焼き鳥」とのことだ。焼き鳥に必要なものは何だろうか。素材の鶏肉とタレを準備し、下ごしらえを行うことが一つ。もう一つは屋台の準備だ。最低でも焼き鳥を焼くため屋外用コンロは最低限必要になるだろう。
調理器具はホームセンターで揃うが、素材はどうする? とりあえずマリーと咲さんに相談してみるか。
「......というわけなんだ。咲さん、マリー」
事務所に二人を呼ぶと俺は親父さんから聞いた秋祭りの件を説明する。
「ふんふん。にわとりさん捕まえてくればいいんじゃないかなー」
マリーならばすぐ巨大鶏は捕まえることができるだろう。
「じゃあ、マリーにはにわとりさんと血抜き、親父さんに下ごしらえを頼んでもらっていいかな?」
「あいあいさー」
屋外用コンロはホームセンターに行けば恐らくあるだろう。屋台らしくする骨組みなどはこの際なくてもいいかな。ん、何だい?
俺の肩をいつのまにか背後に回っていた骸骨くんがポンポンと叩く。
「骸骨くん、日曜大工をすると?」
骸骨くんが木をノコギリで切るポーズをしていたので、聞いてみると、うんうんと頷いている。
「じゃあ、木材も買ってくるから適当につくってもらっていいかな?」
うんうんと頷く骸骨くん。
問題が一つある。当日俺の手伝いをしてくれるのは誰だということだ。正直見た目が問題なければ骸骨くんがベストなんだが、すぐ発情するマリーと腕と首が取れる咲さん。どちらも甲乙つけ難い。
嫌な意味で。
「当日、俺一人だと回せないと思うんだ。どっちか手伝ってほしいんだけど」
言葉が終わる前に俺の手を掴む咲さんとマリー。ビリビリと二人の視線が交差して怖い......
「あーいや、交代でもいいかな......」
どっちもどっちだし、あーもう俺一人でもいいかな......もう無理か。
◇◇◇◇◇
ホームセンターで無事木材と野外用コンロを購入し、骸骨くんに渡した俺は、遠くにあるショッピングモールまで来ていた。
お祭りと言えば、浴衣! 俺は浴衣を購入すべくわざわざショッピングモールまでやって来たというわけだ!
どうせなら、全員の浴衣を買おう!
軽トラックから出ようとしたとき、俺の背中に誰かが張り付く感触が......
「はろー」
うああああああ。いつの間に侵入したんだ! さっきまで居なかったんだけど。
「ま、マリー。いつの間に着いて来たんだ!」
「んー。コウモリが一匹いたの気が付かなかったー?」
「ま、まさか。コウモリ一匹でもいたら移動できるのか」
「うんー。便利でしょー」
こええよ。いつどこで出現するか冷や冷やする。
そんなわけで、マリーが腕に抱き着き一緒に買い物をすることになった。
「にわとりさんは捕獲しなくていいのかよー?」
「ん、明日一日あるから大丈夫だよー。ゆうちゃんも来るー?」
「ダンジョンはもう行きたくない......」
「あはは。また連れて行ってあげるね」
聞いちゃいねえよ。この吸血鬼!
俺たちは親父さん、咲さんの分を含め都合四着の浴衣を購入し、宿に戻ることとなった。
宿に到着する頃にはすでに日が暮れていたが、無事みんなに浴衣を配ることができたのだった。
しかし、咲さんが少し不機嫌になっていたことが気にかかる......一人だけ置いてかれたからご不満なんだろうなあ。
翌日、屋台の為の準備を行い近くの神社まで資材を運び込む。食品のみ明日持ち込み、いよいよ明日は秋祭り。一体どうなることやら。
でもこの秋祭りをきっかけにご近所の皆さんと仲良くなるチャンスかもしれないから頑張ろう。
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