第7話 ダンジョンをお散歩
飛びそうになった意識をマリーが引き戻してくれたが、骸骨くんが俺の背を支えていてくれたようだ。怖がってごめん。俺は骸骨くんに礼を言うと、いよいよダンジョンの前に立つ。
「あれ、明かりはないのかな?」
「え? 暗いと見えないのー? ゆうちゃん?」
「見えないって! って見えるのかよ」
「うんー。わたしも骸骨くんも暗くても平気」
「俺平気じゃないんだけど、どうすりゃいいんだ?」
「んー、ダンジョンってさー、明るいところがほとんどなんだよー」
えー。蛍光灯でもあるのかいな。ダンジョンには。「暗いところは入口から少しだけだからー」とマリーに手を引かれ、左右に骸骨くんが控える万全の守られ体制で、ダンジョンへと俺たちはついに侵入するのだった。
ここから先はモンスターの領域。殺されても文句は言えないのだ。現在日本の法律上もダンジョンは日本の領土には含まれていない。地下資源もダンジョンが巡る地域では採掘することは禁止されている。
もしダンジョンにぶち当たったとしても、ダンジョンの壁は核兵器でさえ壊せないそうだから、万に一つもダンジョンが破壊されることはないだろうけど。
他国でも似たような形で、行くのは構わないけど行っても責任は持たないというのが世界共通の認識となっている。
そんな恐るべきダンジョンに俺は安全ヘルメットだけで侵入しているのだ。これは勇気とは言わない、風車に挑むドン・キホーテと同じだ......蛮勇と言う。
入口から少し奥に進むと、外からの光は一切入り込まなくなり、真の闇が訪れる。右も左も分からない状況ではあるが、マリーたちは淀みなく歩いていく。
全員の歩みは止まらないが、時折マリーの手のひらが光ったり、骸骨くんが腕を振るう音が響いたりしている。
そのたびに肉の潰れる音がしたり、何かが焦げるような臭いがしたり......見えてなくて幸いな光景がきっと広がっている。
十五分くらい歩いただろうか、目の前に光が見えて来た。
「いるいるー。にわとりさんがいるよー」
楽しそうなマリー声。恐らく彼女は俺のほうを向いたんだろう。暗くて見えないけど。
明るいところまで来ると、体高二メートルほどの巨大な鶏がこちらを睨みつけていたのだ!
奴はコケコッコーと鳴くと、ビリビリと音の振動を感じる。なんという声の大きさだ!
ひいいいい。
俺がビビっている間にも骸骨くんは俺の後ろと前で俺をガードし、後ろの骸骨くんはたまーに腕を振るっている。
マリーはどうだったか。
マリーは音を置いていくような速度で巨体鶏まで駆けるとジャンプして奴の首に食らいついた!
うあああああ。
巨大鶏はマリーを振りほどこうと首を左右に振るが、マリーは巨大鶏の首を齧ったまま微動だにしない。僅か二分ほどで巨大鶏は動かなくなってしまった......
巨大鶏が倒れると、にこやかにこちらにガッツポーズをするマリーだったが、口元は血糊でベッタリだ。怖いよお。
「にわとりさん取れたしかえろっかー」
巨大鶏の首をつかんでこっちまで引きずって来たマリーは朗らかに俺を誘うが、しゃべると口から血が滴って俺はもうそれどころじゃないんだが!
俺がマリーの口元にビビっていると、突然前にいた骸骨くんが飛び上がる。
と、彼の腕に何かが刺さっている。見ると体長一メートルほどもある緑色のイグアナみたいなモンスターだった。マリー曰くダンジョンの天井によく張り付いてるそうだ。おいしくないとも言っていた......
そういう問題じゃないんだが!
俺はフラフラになりながら、十五分の距離を歩き軽トラックに乗り込んだ。骸骨くんとにわとりさんはブルーシートの中だ。
あれだけの戦闘をこなしたマリーだったが、ワンピースは汚れ一つついていないのが驚きだった......
◇◇◇◇◇
なんとか宿まで戻って来た俺の精神力は限りなく空っぽに近かった。これ仕入れじゃない。狩りだろ。ダンジョンは怖い、何もしてなかったのに怖い。
あれでも入口付近なんだよな。詳細は分からないけどダンジョンは奥に行けば行くほど強いモンスターが出るとかなんとか。
宿に着くと骸骨くんたちが巨大鶏を運び出し、厨房へ持っていくとマリーに聞いた。
「いつもあんな感じなのか?」
憔悴しきった俺は力なくマリーに聞いてみる。
「んー。取ってくる相手によるかなー。お米とかはかなり深いところにあるんだよー」
「米もあるの?」
「うん、奥のほうには畑みたいなところがあるんだよ。でもわたしだけ一人で行ったらダメだってパパが」
「そ、そうか......ダンジョンって階層になってるんだよな」
「そうだよー。んーお米はたしか34階かな。30階までしかダメってひどいよね」
もう想像がつかないけど、俺一人だと暗闇から明るいところに抜ける最初の十五分で死亡している自信がある。
「銃とか持っていけばどうなんだ?」
「んー。鉄砲はせいぜい二階くらいまでだよー」
銃弾効かねえのかよ! 人類には二階も無理かもしれない。たしか日本にもダンジョン探査クラブみたいな組織あったけど、彼らは何階くらいまで行けるんだろ。
「咲さんや骸骨くんたちも仕入れいくのかな?」
「うんー。骸骨くんたちも30階までだよー。咲さんはもっともっと奥まで行けるんだよー」
「ええええ! あのノンビリした咲さんが!?」
「あはは。そうだといいね」
そんな含む言い方をしないでくれないか! マリー! ものすっごく嫌な予感がするんだけど。
「あ、そろそろお部屋の掃除してくるね。今日は楽しかったよー」
その言葉を最後に、マリーから白い煙が立ち上り大量のコウモリが出現する。まさか、コウモリで部屋の掃除をしていたのか。あんだけ数がいたら細かいところもピカピカになりそうだよな。
この旅館の従業員数の少なさは恐るべきそれぞれの能力に支えられているのか。
◇◇◇◇◇
いやあ今日の恐怖体験は格別だった。俺は檜風呂につかりながらダンジョンの恐ろしさに改めて身震いしていた。あれは人の入る領域じゃあない。
風呂に入っている時は一番落ち着くよなあ。檜の露天風呂最高だよ。ほんと。
ガラリと突然脱衣所に続く扉が開いたと思うと、茜色の浴衣を着た咲さんがやって来た。俺のお風呂は集会所か何かになってないだろうか?
ま、まあ、誰かと違って全裸じゃないからよいか。いやでも、咲さんの全裸なら......むふ、むふふ。
「勇人くん、最近頑張ってるみたいね。背中流していいかな?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
これは咲さんなりのお礼なんだろう。この前の親子連れの件での。結局マリーに邪魔されてグタグタになっていたんだ。
「あ、勇人くん。洗うよりきれいになるやり方あるんだけど、やってみる?」
「そんなやり方あるんですか? 垢すりとかそんなんですか?」
「垢も全部とれるわ」
「じゃあ、お願いします!」
どんな垢すりなんだろうー。寝転ぶ用のマットを出してきた咲さんは、マットに寝そべるように俺へ指示を出す。
うつ伏せに寝そべると、タオルをお尻に被せていざ準備万端だ。
「じゃあ、やるわよ」
咲さんの右手が黒い霞のようなもので覆われると、俺の背中に右手を置く咲さん。
すると、恐らく咲さんの右手から俺の体に黒い霧が移動し、小さな虫が這いずるような感覚が背中に感じられる。それは全身に広がりあまりのおぞましさに鳥肌が立つ。
顔の付近まで黒い霧が来た時にはもう俺は恐慌状態になっていたが、咲さんに覆いかぶさられて動くことが出来なかった。
うああああああ。黒いモンスターが来るよおおおおお。
そこで俺の意識は途切れてしまったのだった......
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます