第6話 安全ヘルメットは役に立たない
気が付いたら朝になっていた。風呂にも入らず、夕食も食べず起きたら隣にマリーが寝ている。
さすがに自重してくれたみたいで、あれから体温まで取られた様子はなかった。首を触ってみるも一切の傷跡がなかった。どういう仕組みになってるんだろう。
清々しい朝だというのに、俺の体調は気だるいままだ。こんな時は朝風呂に限る。この旅館はお客さんがいなくとも、きっちり風呂の準備はしているのだ。
人件費の無駄使いと思うかもしれないが、骸骨くんたちは不眠不休で働いているから風呂の準備もいつものルーティンワークになっているそうだ。
ありがたく朝風呂をいただきながら、今更だけどこの旅館、お客さんがほとんど来ない。
ただ、施設はゴージャスで手入れも行き届いている。手入れは骸骨くんたちが行っているから人件費は考えないにしても、電気代や土地代、食費などはいったいどうなっているんだろう?
こんな客足じゃ、現金収入ほとんど無いんじゃないか? 人件費はゼロにしても他はどうしても現金がかかってしまう。
ぼーっと考え事をしていると湯煙の向こうに何か大きなものを担いだ骸骨くんたちを発見する。遠くから呼ぶと彼らと一緒にマリーまで来てしまった。
俺今入浴中ね。
荷物くらい置いてくればいいのに......って何その荷物!
頭とお尻に大きな鉄の棒を突き刺した赤地に黒のホルスタイン柄の牛が丸々一匹!
それを悠々と骸骨くん二人で前と後ろで肩から担いでいる。
その牛、色が赤いんですけど。
「マリー、何それ?」
何故か服を脱ごうとしているマリーに、この謎の牛が何か聞いてみることにした。
「これー? レッド牛だよ?」
さも当然という風に言われても困る。この赤い牛は普通の牛より少し大きい。こんなの地球に居たか?
「見たことない牛なんだけど、これ何処で?」
「決まってるじゃないー。そこのダンジョンからだよー」
ダンジョンに牛いるのかよ! ひょっとして今まで食べた牛肉はこいつか?
「食べれるんだよな?」
「もちろん! ゆうちゃんもおいしいって食べてたよー」
やはりそうか! この赤いダンジョン産の牛は食べてたみたいだ。
話をしてるうちに全裸になったマリーは、赤い牛にかぶりつくと喉を鳴らし何かを飲んでいる。
ひょっとして、血抜きか? それは綺麗に血が抜かれるだろうよ。汚さないし腹も満たせる。エコだ。一応服を脱いだのは服を汚すかもしれないからか。
でも、俺の目の前で服を脱がなくてもいいだろう。
マリーはものの二、三分で赤い牛の血を飲み干してしまったらしい。床には一滴たりとも血はついていない。って牛一匹分普通に飲み干すのかよ! その気になれば俺も......
想像して震えた俺とマリーの目があった。
「大丈夫だよ! ゆうちゃんは干からびないから!」
笑顔で大丈夫と言ってくれるが、口から垂れた牛の血が説得力を著しく低下させている。
「く、口拭こうぜ」
乾いた声で俺口元を指摘すると、何を思ったか檜風呂に入って来た。顔を洗った後俺のそばに寄って来るではないか。
「マリーは裸を見せて恥ずかしくないの?」
「んーなんで? 骸骨くんはいつも裸だよー」
言われてみれば骸骨くんは裸だ。うん、納得。いやいや。そんなわけないだろ! 人間社会で暮らす限り、動物のふりをするならともかく社会に溶け込むには服は必須だ。
「人の社会で生きたいなら服は着ないと......」
「わたしたちだけだったらいいじゃないー。ゆうちゃん何か困るの?」
目のやり場に困るんだけど、相手が普通過ぎて違和感が大きい。最もらしい理由を考えないと。
「普段からちゃんとしとかないと、咲さんの首みたいになるぞ」
「ん、そうだねー」
とりあえず納得してくれたようだ。しかし温泉で暖まっているのに寄ってくるのはどういうことだ。あれか、また血を狙っているのか。俺の感覚で言うと温泉入りながらお酒。んー確かにいいかもしれない。
納得してるとまた吸われそうだから、とっとと温泉から出ようじゃないか。
赤い牛を見た時、なんとなくこの宿の収益構造が分かってしまった。ダンジョンで取って来た素材を売ってるんじゃないだろうか。親父さんが。
「あ、ゆうちゃん、仕入れ一緒に行ってみない?」
「あー一度見ておいてもいいかもしれないなあ。いつ行くんだ?」
「今日これからー」
「じゃあ、朝食べたら行ってみようか」
安請け合いしたことを俺はどれだけ後悔したことか。
◇◇◇◇◇
普段は飛んでいく! そうだけど、軽トラックで行くことにした俺とマリー。俺は飛べないから......
軽トラックの荷台にはブルーシートがかかっていたが、俺は荷物を載せる必要もなかったのでそのままにして、軽トラックに乗り込む。
助手席に座ったマリーがナビに場所を入れる。えーと、場所は、
飛騨高山ダンジョン!!!!!
まてい! 仕入れって市場に行くんじゃないのかよ! 俺無力な人間。分かってる?
「ちょっと、マリーさん、ダンジョンはちょっと」
「大丈夫ー、だいじょうぶー。わたしが守ってあげるから」
後ろにハートマークが付きそうな甘い声で言われても、困るんだけど。今の服装は黒っぽいTシャツにジーンズ、スニーカーとどこにでもある服装だ。山登りでさえキツいこんななりでどうしろと。
一方マリーは、花柄のワンピース、麦わら帽子に同じ色のサンダル。ピクニックじゃないんだから......まあ彼女の小さ目の体にはワンピースがよく似合っている。うん、服を着てたほうが断然いいよ。
「ちょ、ちょっとホームセンターに寄っていいかな?」
「いいよー。行ったことないからたのしみー」
無邪気にはしゃいでいるけど、行先がいかつすぎるよ。ほんとにもう。
そんなこんなで悲壮な顔をした俺と、俺の腕に纏わりつく笑顔のマリーはホームセンターへやってきたのでした。
田舎のホームセンターは広い! 建物も無駄に広いが、何より駐車場が広い! 駐車場の中で車を走らせたいほど広いのだ。
のんびりしかし、足取りは重く俺はホームセンターで何か身を守るものはないか物色する。
透明な盾みたいなのと、さすまた、黄色の安全ヘルメットの三点セットがなかなかよさそうだったけど、予算の関係で安全ヘルメットのみレジに運ぶ。
「マリー、それなに?」
マリーは頭がゆらゆら動くテルテル坊主のようなカー用品を持っていた。太陽電池で首が動く安価な製品だ。
「かわいいー。買っていい?」
「あいよ」
レジにテルテル坊主と安全ヘルメットを持っていき購入し、軽トラックに戻る。
助手席でテルテル坊主を取りつけながら、マリーはふと俺の買った安全ヘルメットに目をやると、
「こんなの被ってても、被らなくてもかわらないよー」
「無いよりましじゃないかな......」
ははは。無駄か。安全ヘルメットって一応硬いんだけど、岩とか振ってきても大けがを防いでくれる優れものなんだぞ。
「えーと、どんな生き物が出てくるのかなー」
車を何度もUターンさせようと思うたびに踏みとどまっていた俺はふとマリーに聞いてみる。
「んー。行ってからのお楽しみー」
楽しそうに応えてくれるよほんと。
そんなわけでやってきました飛騨高山ダンジョン。安全ヘルメットの顎紐をしっかりと締め、目の前に広がる大きな洞穴を凝視する。
車は、入口の目の前に駐車しているが、誰も来ないだろうから全く問題ない。
「さあ行くか!」
気合を入れる俺の肩を叩く手は妙に硬い。振り向くと骸骨くんが!
ブルーシートに潜んでいたのかー。あー至近距離で見たからちょっと意識が遠くなってきたぞー。
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