第5話 どっちに触れられても危険

 後はお客さんをお帰しするのみだ! 行ける! 今回は行ける!

 ロビーに向かうと咲さんがすでにスタンバイしていたので、聞いてみるとすでに朝食を食べ終わっており今日は早くにチェックアウトするらしい。


 待っていると家族連れが顔を出し、無事チェックアウトしていく。視界の隅に骸骨くんが見えたので巧妙に家族連れの視界を塞ぎ俺が応対する。咲さんは骸骨くんのほうへ行ってもらった。

 きっと忘れ物か何かだろう。


 出口へ出ていこうとする家族連れへ、骸骨くんから何か受け取っただろう咲さんが走っていく。俺も何か嫌な予感がしたので咲さんのほうへ走る。

 ここで咲さんなら何かやらかしてくれるだろうと、俺は半ば確信していたからだ!


 走る咲さんは、見事につまずいて転んでしまった! そう来たか!

 予想通り首が取れているが、幸い家族連れはまだこちらを見ていない。俺は咲さんの頭を急いで掴み彼女に覆いかぶさって首と頭部を隠す。


「すいません、お客様」


 倒れたところを見られてはいないんだけど、転んだことで驚かせてしまったと謝罪し、忘れ物がありますとそのままの体勢で申し出る俺。その間にも俺は咲さんの頭部を首元へ自分の体で隠しながら移動させ咲さんは頭を押さえるふりをして首に引っ付ける。

 忘れ物は小さな透明のビニール袋に入った携帯ストラップだった。まだ封も切られていないことが袋越しに見える。


「それ、お姉ちゃんへ。僕からのお礼だよ」


 男の子は少し照れながら、頭をかく。


「ありがとう」


 ようやく頭が引っ付いた咲さんは立ち上がり、男の子の前で膝立ちになって目線を合わせ、彼の頭を撫でた。


「ありがとうございます。いただいてしまって」


 咲さんはご両親に向き直り、軽くお辞儀をした。

 そう、忘れてないじゃないか。軽くだ。お辞儀は。少しヒヤリとした......


「大変でしょうが、頑張ってくださいね」


 母親が咲さんの腕に目を落としながら激励してくれたのだった。義手という設定にしてしまったから、彼らも少し心配してくれてるのかなあ。



 車の前まで家族連れをお見送りし、ようやく一息ついた。車が見えなくなっても咲さんはまだ手を振っている。

 今気が付いたが、咲さんは勢いよく腕を振るものだから、もちろん腕は外れ、浴衣越しでも肩口の様子がおかしいことは容易に見て取れる。

 離れている場所からでよかったよ......ひょっとしたら子供は気が付いていたかもしれん。


「後でお礼をさせてね」


 咲さんは俺の手をギュッと掴みながら俺を見つめると、ロビーに戻って行ってしまった。ほんと彼女は顔だけなら美人だ......たれ目も好みだし......つい頬が熱くなってしまったよ。



◇◇◇◇◇



 旅館に戻るとなにやら小さな動物? だろうかカサカサする音が全館から僅かに聞こえる......

 入口を抜け、音はどこから来ているのか探ってみるとどうも二階みたいだ。二階に登るととんでもないものが!


 二階はコウモリに占拠されていた!


 俺を見つけたコウモリたちは一斉に俺に纏わりついてくるのだー。何だこれ! 何だこれー。

 いったいどれだけのコウモリがいるのだろうか、纏わりついたコウモリはもう俺の全身ビッシリ張り付いている。前も見えぬ。だ、誰か......


 悲鳴をあげようにも、もう口にも張り付いていて口を開くと口の中に入ってきそうだから思い留まる。


「こらー。マリー」


 階下から咲さんの声がしたかと思うと、顔に張り付いていたコウモリが取り払われる。どうやら咲さんが腕をこちらによこしてくれたらしい。

 しかし! コウモリもそうだが、いきなり腕だけが視界に入るととてもとても心臓に悪いのだ。


「ふう」


 ようやく顔からコウモリが全てとれた俺は咲さんの腕に向かって礼をいうと、手はOKのジェスチャーを行った......芸が細かいんだけど怖いから!

 顔からコウモリが剝がれると、体に纏わりついていたコウモリも離れていく。見る間に集合したコウモリたちは突如白い煙を上げ始めるとすぐに目が煙で何も見えなくなってしまった。


 煙が晴れると、全裸の金髪少女が!


「ゆうちゃんー」


 駆け寄って抱きしめてきたが、少しの恐怖と大き過ぎる驚愕、お客さんを送り出せたことによる疲労感がありバタンキューしてしまった......



◇◇◇◇◇



 またしても気絶してしまった俺は、自室の布団に寝かされていた。目が覚めると咲さんが心配そうに俺の手を握ってくれていた。潤んだ瞳で俺をじっと見つめる仕草にドキっとしてしまう。

 咲さんは、俺の背中に手を回し体を起こしてくれた。そんなことするものだから、俺と咲さんの顔が至近距離に。それでも目線を外そうとしない咲さんに俺は釘付けになってしまう。そんなことしたら、勘違いしてしまうじゃないか!


「いいよ......?」


 何がいいんですか! 咲さん! いいんですか! まだ明るいですけど外!


「お礼だから......」


 さらに顔を寄せる咲さんに俺の興奮度も臨界点を超えそうだ。


「ダメ―!」


 お約束というかなんというか、布団から金髪少女――マリーが出て来た。何故かまだ全裸なんだけど。

 あえなく俺と咲さんは引きはがされるのだった。マリーの間の手によって。


「咲さん、ダメ―。ゆうちゃん死んじゃう」


 マリーは必死に俺を守ろうと咲さんと俺の間に体を滑り込ませる。全裸で。

 俺が死ぬとかものすごい物騒なんだけど、さすがに不安になり咲さんに目をやると、恥ずかしそうに頬を赤らめている。


「勇人くんからは吸わないように我慢できるから。私大丈夫!」


 咲さん、吸わないようにって何吸うんですか? 興奮したら何吸われるんですか?

 咲さんがそう言うものの、マリーはものすごく疑わしい目で咲さんを見ている。

 あのー、何を吸われるんでしょうか......


「そう言っても咲さん、ぼーっとしてるからついやっちゃそうだからダメ―」


 何をやっちゃいそうなのか、教えて欲しいんだけどマリーさんや。


「勇人くんはどうなの? 私じゃ嫌?」


 俺に話を振って来た咲さん! そんな意味深な言葉困ります。どうしろと。


「もう、ゆうちゃん困ってるじゃないー。ほら戻った戻った」


 シッシと咲さんを部屋の外にやってしまった全裸のマリー。もう咲さんにもマリーにも突っ込みどころが多すぎて逆に突っ込めなくなってしまったよ。


「じゃあーゆうちゃん、少し時間ははやいけど約束の」


 ああ、約束のあれか。そういえばそう言ったな。仕方ない約束は約束だ。

 俺はあきらめてマリーを抱き寄せると、マリーはすぐ恍惚とした表情になり、少しだけ俺の体温を奪うと俺の耳へ息を吹きかけると次は耳を口ではむ。そのまま舌で少し俺の耳たぶを舐めるとそのまま首筋へ。

 マリーの息があらくて、密着された体の柔らかさも感じられるが、全く高揚しない! 冷たい飲み物を体に当てられてるみたいなんだよ。


「ゆうちゃん、いい?」


 色っぽい声でマリーは上目遣いで俺を見つめてくる。もう唇が触れそうな距離だ。無言で俺は頷くとマリーが唇を合わせてくるかと思いきや、欲望のままに俺の首筋へ舌を這わせると歯を立てる。

 肉に歯が入っていく感触はあるが、痛みは全くない。原理は分からないけど、蚊に刺されても痛くないのと同じではないかと俺は思っている。


「加減してくれよ。三百CCまでで」


 俺の言葉には全く反応しないマリーは一心不乱に血を吸っている。俺の血を喉を鳴らして飲むマリーの体温は、先ほどまでと違いほんのり暖かくなってくる。

 これが人の血の効果なんだろうか。体温を奪うより遥かに彼らにとっては重要なのだろう。


 そろそろ終わるかと思っていたら、意識が遠くなってきた。マリー......吸い過ぎだ......

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