第4話 家族連れ来訪
いよいよ本日はお客さんがやって来る!
一泊二日の家族連れだ。
事前情報によると小学二年生の男の子と四歳の女の子だ。子供は動きが予測不可能なところが難易度を高める。
しかし、今回は抑えるところは抑えたつもりだ。
一つ、咲さんの腕と頭が外れないように注意する。
二つ、骸骨くんと家族連れが会わないように、骸骨くんたちが作業するときは注意する。
これだけだ。
今日の動きの確認を行って、家族連れを待ち構えているとあっという間に夕方になる。
「いらっしゃいませー」
まずは俺が入り口で迎える。客室数の割には広いロビーに家族連れを通すと、さっそく子供達が絨毯の上を走り回る。
ロビーには、大きめのソファーやテーブル、荷物を預かれるクロークにフロントがある。
フロントには咲さんが控えていて笑顔で親たちを迎えているところだ。
俺は子供達に注意を払うことにしよう。
咲さんの受け付けが終わったらしく、彼女はフロントから出てきて客室の案内をしていると、小学生の男の子がダッシュで咲さんの方へ!
「ねえねえ、お姉さん!」
何を求めてるのか知らんが、手を引こうとしている。子供の力でも思いっきり引っ張るとマズイ!
俺は急ぎ男の子の隣まで移動すると、彼に秘密兵器を差し出す。
「お客様、こちら如何ですか?」
親に見えるように手に持った花火セットを男の子に見せると、大喜びで咲さんから離れ俺のところへ向かってきた。
「ご安心下さい。花火はサービスですので。後でフロントへお越しいただけましたら、バケツなどお貸出しいたします」
夏も終わりの時期だけど、まだまだ暑いし子供は花火が好きだ。
こうして俺はこの場を乗り切ったのだった。
「ありがとう、勇人くん」
咲さんは俺の機転に今気がついたようだ。彼女はぼーっとしているように見せて、ぼーっとしているのだ。ってそのまんまじゃないか。
まあ、食事は問題ないだろう。今回給仕はマリーに任せている。食事だけなら、興奮して目が赤くなることもないだろう。
俺はその間に、お客さんの居室チェックだ。布団をひくのは例の骸骨二人だから、お客さんとかち合わないように見張るつもりだ。
そろそろ食事を終えた家族連れが、居室に戻ってくる頃だが、骸骨くんたちは布団のメイキングをもう終えているから、見張りはもう必要ない。
居室は二階にあり、食堂は一階だから、俺は階段に向かって歩いていた時だ。
「キャー!」
女性の悲鳴!
なんかやってしまったか!
急いで駆け出し、階段に着くと宿泊客の女性は驚きで座り込み、男性は固まっていた。
階下には階段から落ちたのだろう男の子と、彼を抱きとめる腕。
体はなく、腕。
腕のみで男の子を受け止めていた。
「あ、ありがとう、お姉ちゃん」
遅れてやってきた腕がない咲さんにお礼を言う男の子。しかし、顔が引きつっている。
女の子のほうはまだよくわからない年齢なのか、普通に腕のない咲さんの浴衣の裾を掴んで一緒に歩いてきた。
これは不味い! 何とか誤魔化さないと、何かないか何かないか。焦る俺はズボンのポケットや、ワイシャツの胸ポケットを無意味に漁ると、俺の手に何か感触がある。ズボンのポケットに入っていたそれは、毒々しい指輪だった。
要らないって言ったのに! いつの間にポケットに入れたんだよ。ダンジョン産のアイテムなんて怖くて触りたくないよ。
あ、待てよ。
「お客様、驚かせてしまったようで申し訳ありません」
まず子供の両親に謝罪する。
「僕はどこも怪我してないよ」
男の子は俺に向けて元気な声で伝えてくれた。未だに咲さんの腕が男の子を支えている。
「その腕は義手なんです」
「え」「えええ」
まじまじと咲さんの腕を見つめる両親の様子は俺の言うことを全く信じてない様子だ。そらそうだよ。義手は動かないよ! 俺だって分かってる。しかし、常識外れのアイテムが手に入る場所があるじゃないか。
「この義手、飛騨ダンジョンから取って来たものなんですよ」
少しだけ風向きが変わったことを感じた俺は、疑われる前に捲し立てることにした。
「義手の従業員......咲さんと言うんですが、彼女のご両親が事故で両腕を失った彼女の為に命がけで......」
暗い顔で説明する俺に、ご両親も少し涙目で聞いてくれた。なんとか誤魔化せそうだ。
「そ、そうだったんですか。それは失礼いたしました」
男親の言葉に、女親も立ち上がって一緒に咲さんに誤ってくれた。
「息子を抱きとめていただいてありがとうございます」
続けてお礼まで言ってくれた。何とか誤魔化したか。強引過ぎる理由だったけど......
家族連れは若干の不審が残っているものの、とりあえずは居室に戻ってくれたのだった。
「いやあ、何とか誤魔化せましたね」
「ごめんなさい。勇人くん。男の子が階段で足を滑らせたからつい」
「例えそこでお客さんが帰ってしまったとしても、怪我が無いほうがいいですよ」
男の子が階段のどのあたりで足を滑らせたのか分からないけど、もしかしたら大怪我を負っていたかもしれない。それならまだ、驚かれて逃げられたほうがマシだよ。お客さんが逃げ出すのはいつものことだし。
咲さんは何か言いたそうに俺の手をギュッと握りしめて来たけど、今は仕事中と思っているのか軽く頷くとロビーのほうへ戻って行った。
その後、骸骨くんがウロウロしていて家族連れとかち合わないように、事務所に放り込み、夜は夜で欲望で目を輝かせそうな吸血鬼――マリーを非常に不本意ながら俺の部屋に押しとどめる。
対策としてこの暑い中俺の部屋だけ空調を切ることにした。しかし、奴の体温攻撃を甘く見ていたのだ......後ろから抱き着かれて体温を奪わると空調とか部屋の気温とか関係なしに「寒い」。
この現象はいったい何なのだろう.....
「無理だ。これ以上体温を奪われると死ぬ!」
「えー、人間そんな簡単に死なないよ」
「体が全く温まらないんだ! 晩夏に低体温症で入院とか怪しまれるって!」
「仕方ないなあ」
やっと背中から離れてくれたマリーだったが、頬を膨らませて拗ねている。そのまま俺のほうを振り向くと、両手を広げて何か求めている。
「ねー、ギュッとして」
ギュッしたら持っていかれそうなんだけど、恐る恐る彼女を見るとまだ拗ねた様子......もう、仕方ないなあ。
俺は少しだけ膝を折り、彼女を抱きとめると彼女は背中に腕を回してくると彼女の柔らかさが俺に伝わってくる。
体の柔らかさは普通の女の子と変わらないから、抱きしめると少し興奮すると思うだろう。鼻孔をくすぐるシャンプーの香りにやられてしまうと思うだろう。
確かにシャンプーの香りにはドキっとする。しかし、余りに冷たい(文字通り)体は、全ての高揚感を失くしてしまうのだ。ただでさえ今冷えているのに、それよりも冷たいんだよ。
「んー」
満足そうに俺の胸に顔をスリスリしていたマリーを見て、少し微笑ましい気持ちになるものの俺は見てしまった。彼女の目が赤くなっていくのを。
急いで背に回している腕を前に戻し、予想どおり首元に迫って来た顔に向け手のひらを押し当てる。
「んぎゅ」
顔が押しつぶされたマリーはあきらめて俺から離れていった。
こんな感じで油断ならない夜を過ごし、ようやく朝を迎える。
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