第3話 血を吸いたいマリー
――翌朝
冷たい……寒い……まだ秋になったばかりの九月下旬なのにやたら寒い。
俺はタオルケット一枚で布団に寝ていたが、この時期はまだクーラー無しで寝るのが大変なほど暑い時期なのだけど、寒い。
原因は分かっている。
俺はタオルケットを勢いよくはぎ取ると、中から金髪の少女――マリーが出て来た。やはり居たか!
「まだ眠たい……」
目をこすりながらペタンと座るマリーに俺は冷たい目を向ける。
「マリー、寝てる間に体温を奪われると寒くて寝込みそうだっていってるじゃないか!」
金髪の少女――マリーは吸血鬼の少女なのだ。見た目は金髪の長いウェーブがかかった髪に大きめの黒い目、可愛らしい口。胸が残念で、身長は俺の胸のあたりまでしかない小柄な少女だ。
見た目はほんと天使のようなこの金髪の少女の本性は吸血鬼! そうあの人間の血を吸う吸血鬼なんだよ!
フランス人形のような愛らしい見た目に反して、彼女は欲望に忠実なところがあって……一番は血を吸うこと。二番は人の体温を奪うことだ。
「えー。減るモノじゃないしー、いいじゃないのー」
「減ってるから! まだ暑いのにブルブル震えてるから!」
マリーは可愛らしくポカポカ叩く仕草で誤魔化そうとするが、確実に俺の体温は奪われてる。
「ねーねー。ゆうちゃんー、いいことしようよー」
ピンクのネグリジェの胸元を触りながら流し目で俺を見つめてくるマリー。あ、朝からこのシチュエーション! と思うかもしれない。
しかし、騙されてはいけない。目の色が黒から赤に変わっている。マリーの目が赤色になったときは興奮しはじめているときなんだ。さらに進むと赤く光る。
マリーが興奮するのは、欲望が高まったとき! すなわち、
「ダメだ! これで血を吸われたら今日動けなくなる」
「えー」
そう、「いいこと」とは血を吸うことなんだ。首筋をガブッとかじられるのだ。油断してはいけない。奴は人間と思考回路が異なるんだ。見た目に騙されてはダメだ。
俺はまだ動こうとしないマリーをほっておいて、事務所に向かうことにした。お客さんは明日来店する。明日までにできることをやっておかねば!
立ち去る俺の後ろを、急いでピンク色のネグリジェのままマリーが追いかけてくる。後ろでジャンプする音が聞こえたので、急いで真横にステップするとべタンとマリーが床に這いつくばった。
やはり、首に抱き着こうと飛び跳ねていたか。
「ねーねー。どうせ暇なんでしょー」
なおも食い下がってくるマリーに、俺は立ち止まり振り返る。
「確かにぶっちゃけると暇だ。でも明日お客さんが来るからできる限りなんとかしたいんだよ」
「ふーん。咲さんの首がとれなきゃ大丈夫と思うけどー」
不満そうな目で見つめてくるマリーは続けて口を開く。
「なんか昨日、いちゃいちゃしてたみたいだしー」
「あれは、首の相談を受けていただけなんだ!」
「えー。膝枕がそうなのー。咲さんばっかり相手して」
ちくしょう。見られていたのか! あれは俺が気絶したからだ。そこは見られてないんだろうか……どちらかと言うと膝枕より気絶を見られたくないんだけど。
「あ、あれは不可抗力だったんだ……」
「一体何があったのかなー。深くは聞かないかわりにさ、このままだと……わたし明日の夜に行っちゃいそうなんだけどーー」
……究極の選択だ。彼女はこのまま俺が放っておくと「明日の夜に(お客さんのところ)に行って(血を吸うかも)」と言っているんだ! それはまずい! くうう。
俺が恥ずかしくも気絶したことを言うか、今晩血を吸わせるか、明日の宿泊客のところへマリーが襲撃するかを選ばないといけない……どうする俺?
襲撃は論外だ。いざとなれば咲さんに止めてもらうことはできないだろうか? たぶんできないんだろうなあ。俺ならどうだ? 止めたらそこで血を吸われるだろう。
それをされるくらいなら、今晩血を吸わせたほうがましだ。
むうう。なら、言ってしまうか。いや、献血のほうがいいか。
「昨日のことを話したら、満足してくれるのか?」
俺の言葉に、マリーは人差し指を唇にあて「うーん」と思案顔だ。どうせ何回か気絶している。今更だろう俺、言ってしまえ。
「どっちでもいいかな。聞くのは」
どっちでもいいのかよ!
「そうか、くれぐれもお客さんを襲撃するのはやめてくれ……」
「ならならー。ゆうちゃんのをー」
やはりそう来るか。だが大事なお客さんが訪れる時に献血してフラフラになったら困るんだ!
「お客さんが帰った後じゃダメかな……」
「ええーほんとにいいの! やったー」
結局、お客さんが帰った後と約束して俺はマリーから解放されたのであった……
◇◇◇◇◇
マリーは普段、普通の食事をとっているように見えるが、あれだけでは栄養が足りないのだろうか? 彼女の父親さんも血を飲んでるんだろうか?
彼女の父親はこの宿のオーナーを務めていて、彼女と同じ吸血鬼なんだけど……俺は彼らの生態にあまり触れたくないのであえて聞いてないが、もし必ず血が必要というなら俺も考えないといけない。
しかし、献血用の血とか入手できないのかなあ。病院じゃないから難しいか。動物なら生き血でも飲めるんじゃないか? 鶏とか。聞きたくないけどマリーに機会があれば聞いてみよう。
マリーの生態も気になるが、先にやることがあるからやってしまおう。
俺は旅館の駐車場に停めてあった軽トラックに乗り込み、少し離れた土産物屋まで車を走らせる。ここは田舎なので車がないとお店まで行くことも大変なんだ。
スーパーやホームセンターでは目的のものは買えない。ちょっとしたショッピングモールなんかあれば、そっちのほうがいいんだけど、残念ながら片道一時間じゃあ到着しない距離にあるんだよなあ。
そこで俺が目をつけたのは、民芸品を取り扱う土産物屋だ。この辺りは温泉街として観光地になってるから、土産物屋もたくさんある。
俺は土産物屋に入ると、オレンジと白の市松模様の手ぬぐいと白一色と茜色一色の手ぬぐいの三つを購入し旅館に戻る。これは咲さんの首に巻くスカーフ代わりの手ぬぐいだ。
彼女は仕事中にはいつも茜色の浴衣を着ているから、スカーフよりこういった和風の手ぬぐいのほうが似合うと思ったんだ。彼女が気に入ってくれるといいんだけどなあ。
宿に戻り、俺は咲さんを見つけるとさっそく買ってきた手ぬぐいを包み紙ごと彼女に手渡す。
「勇人くん、ありがとう。開けてみていいかな?」
俺からのプレゼントに顔が紅潮する咲さん。
「ぜひぜひ」
俺の言葉を受けて包紙を破き、三枚の手ぬぐいを手に取る咲さんの顔は、喜びと驚きで一杯といった様子だった。
「ありがとう! 勇人くん」
「それを首に巻いて、お客さんの前に出よう!」
「ありがとう! ありがとう! 勇人くん、とても嬉しい」
俺の手を取りぶんぶん上下に振り回す咲さんだったが、勢いよく振り回しすぎて腕が根元から取れてしまった……心臓に悪いからやめてくれー!
咲さんはお礼にといって、怪しげな商品をいくつか持ってきてくれた。不気味に赤く明滅する目玉のようなものや、毒々しい指輪など、気持ち悪すぎて受け取れなかった……
「咲さん、こんなもの一体何処で?」
「ダンジョンよ。変わったものがたくさんあるの」
ああ、ダンジョンから持ってきた商品……ではなく……アイテムだったのか。ダンジョンには今の科学で解明できないアイテムが多数あるという。
しかし人間は最近ダンジョンへ不干渉を貫いていて、ダンジョンに入って行方不明になった人間には死亡保険がおりない。
稀にダンジョンへ自ら行く人間がいるが、生存率は決して高くないため、豊かになった昨今あえてダンジョンに行く人間は皆無となっていた。
「なるほど。ダンジョンからかあ。なら不思議アイテムでも納得だよ」
咲さんはダンジョンへ行ったことがあるのか。いや、もしかしたらダンジョンの住人だったかもしれない。でも、ダンジョンからモンスターは出れないはずなんだけどなあ。太古の昔からダンジョンの仕様は研究されており、このことは周知の事実となっている。
※7/26 改稿
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