第2話 首が取れる咲さん

――翌日

 俺はここで働くことが決まってから個室をあてがわれ、さらに仕事用の事務所まで使わせてもらっている。事務所にはパソコンと仕事用のデスクがあるんだ。

 朝の準備を済ませた俺は事務所に向かい思案に暮れていた……もちろんこの宿についてだ。


 宿は客室十五、露天風呂、内風呂、食堂、従業員居室と小規模ながらも施設は充実している。受付ロビーも広く、ロビーにはゆったりとしたソファーも設置している。売りの温泉も雄大な山脈が見下ろせる露天風呂で総檜造りと申し分ない。

 つまり、宿には全く問題は見当たらない……


 一つ難点を言うと、安すぎることか。一泊朝夕食事つき五千円は少し安過ぎるため、逆に怪しまれると思う。格安にしてもせめて一万円程度にすべきかなあ。

 宿そのものについて改善点は値段くらいしか思いつかないほど、パーフェクト! エクセレント! 言うことなし!


 問題が大ありなのは従業員しかないだろう。従業員が他のいいとこを全て打ち消すのだ! なんと全従業員が人外――不死者なのだ! いつもどこかで露見してせっかく来たお客さんが逃げてしまうんだ……

 不死者とはここ飛騨にもあるダンジョンの奥深くに住むと言われる、死者のモンスター。普通はダンジョンから出てこないはずなんだけど、どうして彼らが外に出てきているのか詳しいことは聞いてない、いや聞けない。

 もちろん一般人は不死者なんて見たことないから、女性の首が目の前で落ちたりしたらひっくり返るのは当然だ。当たり前だけど、目が赤く光ってもダメだ!


 もう少し繁盛すれば人が足りなくなることが予想されるけど、今のところ暇以外何者でもない……

 不死者であることを除けばたぶん善良な人外たちなんだ。なんとか期待に応えてあげたいんだけど。どうしたものかなあ。

 もう少ししたら紅葉シーズンになり、秋が過ぎれば温泉シーズンだ。それまでに最低でもお客さんを恐怖させないようにしたいところだ。


 考えていたら煮詰まって来たので、俺は思い切ってパソコンの電源を落とし、椅子から立ち上がろうとすると後ろから声がかかる。


「勇人くん、お茶でもどうかな?」


 俺の名前は筒木勇人つつきゆうと。うんうん唸る俺を心配して声をかけてきてくれた声をかけて来てくれたのは咲さんだった。

 咲さんは二十台前半くらいに見えるおっとりした雰囲気のたれ目の美人で、温泉宿で働く時にはいつも茜色の浴衣を身にまとっている。

 俺より頭一つ低い身長に、ほっそりとした体つきだけど少し大きめの胸。茶色の髪を短く切りそろえた髪型も彼女の雰囲気によく似合ってると思う。こんな人に優しくされたらとたんに落ちてしまいそうなところだが、


 問題は……

 首から上がたまに床に落ちることだ! そうコロンと床に落ちる音をたてて!


「ありがとうございます。お言葉に甘えて」


 俺は快く咲さんに答え、彼女と一緒に縁側でお茶をいただきに場所を移すことにした。


 お茶菓子をいただきながら、お茶を飲んでいたところ咲さんの顔がずっと優れない。意を決したように彼女は俺に話かけてきた。


「勇人くん、ごめんね。いつも肝心なところで頭が落ちてしまって」


 咲さんは、昨日お客さんの前で頭が落ちてしまったことを悔やんでいるようだった。うん、昨日は彼女がお客さんにお辞儀をした時に、お客さんの目の前で彼女の頭が転がってしまったんだよなあ。

 結果は当然のように、お客さんが叫び声をあげて逃げて行ってしまった……


「済んだことは気にしても仕方ないですよ。次は上手くいくように考えましょうよ」


「そ、そうね。ありがとう。勇人君」


「……咲さんの頭が外れる時ってどんな時なんです?」


 まさか、人の頭が取れる取れないの話をするなんて思ってもみなかった……

 俺の問いかけに咲さんはじっと俺を見つながらゆっくりと語り始める。

 彼女が言うに、勢いよくお辞儀した時とか、突然振り向いた時などによくコロンと首が床に落ちてしまうそうだ。うーん。ちょっと首の立て付け緩すぎやしませんかね……

 それくらいで首が落ちるんだったら、常にヤバいよ。


「そ、それはすぐ落ちそうですね」


「そうなの。みんなに迷惑ばかりかけてしまって……」


 俺は顔をふせぐ咲さんの肩を叩き、慰めようとするものの何かアイデアを出さないと、彼女はさらに落ち込んでしまうよなあ。


「そうだ! 咲さん」


 俺は閃いた! 風呂場に用意してあった手ぬぐいを急いで持ってきて、咲さんの至近距離まで近寄り腰かけると、彼女の髪からいい匂いが……ってイカン! 


「ど、どうしたの? 勇人くん」


 俺は少し焦った様子の咲さんの首に、手ぬぐいを二つに畳んでから巻き付けてみる。


「これでどうですか? 首固定できません?」


「え、そ、そうね。きつく縛れば、いいかも」


「手ぬぐいはさすがに見た目が悪いから、スカーフか何かで縛ったらどうでしょう?」


「う、うん。勇人くん。ありがとう」


 咲さんは色っぽく手ぬぐいを撫でながら、俺に礼を言ってくれた。ほんと彼女は美人だよなあ。おっとりした雰囲気といい、少し大きめの胸も……首が取れるけど。

 色っぽい咲さんの仕草に少し頬が熱くなってしまった俺は、「そろそろ、行きましょう」と咲さんの手を引いて立たせようとする。


 しかし、咲さんのあるべき重みが感じられない!

 手を引っ張った。引っ張ったが、あるべきはずの体の重みがない。


 俺は気になって咲さんのほうを見るみると、咲さんは座ったままだ。


 あれ? 咲さん? 


「あ、勇人くん」


 咲さんは少し頬を赤らめている。何だ?


 あれ、手は握ったままなのに。何故?


 見ると、咲さんの腕だけが俺に引かれていた......


 腕が根元から取れてるーーーー!!! 咲さんの肩口からすっぽりと腕が取れている!


「うあああああああ」


 俺の記憶はここで途切れてしまった……



◇◇◇◇◇



 目が覚めると俺は柔らかい何かの上で寝かされていた。目に映るのは茜色の浴衣に包まれた胸の膨らみ......その先に少したれ目の茶色の髪をショートカットにした女性の顔。

 どうやら俺は咲さんに膝枕されていたらしい。確かいきなり咲さんの腕が根元からすっぽりと取れて気絶してしまったのだ。

 腕も取れるなら事前に教えておいて欲しかった……余りにビックリして気絶してしまったじゃないか。


「だ、大丈夫?」


 俺が目の覚めたことに気が付いた咲さんは、心配そうに俺の頭を撫でてくれた。不死者という種族は人間のような体温がない、だから彼女の指はひんやりと冷たかったが、俺は彼女の気持ちが伝わってくるようで心地よかったんだ。


「すいません、少しビックリしてしまって」


 俺が起き上がろうとすると、額を少し指先で抑えられて「まだ寝ていて」と無言の圧力を受けた。いや、さすがにこのままの体勢は恥ずかしいんですよ。咲さん。

 ひんやりとした彼女の太ももの感触に変な気持ちになりそうだよ……恥ずかしさから無言の俺に咲さんはポツリポツリと話をはじめる。


「勇人くん、私ね、こんな体なんだけどお客様の前に出ていいのかな」


 涙ぐむ彼女の顔が、ここからだとハッキリと確認できるから余計に心が痛くなってくる。


「咲さん、気持ちの問題ですよ。絶対なんとかなりますから」


 そう、彼女は本当にお客さんをもてなそうと考えているんだ。でも首も腕も取れてしまう。


「ありがとう。勇人くん。先に言っておかなくちゃだね」


「なんですか?」


 突然、俺の頭を撫でていた腕が根元からすっぽりと取れる。そして、反対側の腕も同じように取れる。

 うああああ。


 少し気が遠くなる俺だったが、なんとか踏みとどまる! 両腕が落ちるのか。


「これだけじゃないの」


 咲さんの言葉どおり、それだけじゃなかった。


 なんと! 腕がそのまま動き始めた。まるでそこに体があるかのように浮き上がり、手をグーパーしている……

 単独で動くのか。これは知らなかったら気絶まっしぐらだよ。


「首も同じなんだよ」


「首はやめてください!」


 俺は首も動かそうとした咲さんを急いで止める。首が外れるところはなるべく見たくない! 正直咲さんがいくら美人でもグロい……


「でも咲さん、自分で動かせるなら首も落ちずに済むんじゃないですか?」


「それがね、勇人くん、体から離れないと動かせないの」


 なんて厄介な体なんだーー! 腕は引っ張らなければ大丈夫だし、首は縛ればいい。なんとかなりそうじゃないか。


「く、首さえスカーフで縛ればなんとかなりそうじゃないですか。次はうまくいきますって」


「そうかな。そうだといいね」


 咲さんはやっと笑顔になってくれた。この後俺は事務所に戻り、宿泊客のチェックに勤しむことにしたんだ。 

 次のお客さんは明後日やってくるようだ。果たしてどうなることやら。


※7/26改稿

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