第8話 笑う虎の用心棒とバーテンダー
マァフとヴィクトリアはしたたかに酔っていた。こないだまで点灯夫だった少年たちがぼんやりとガス灯を眺めている横を通り(ガス灯はついていない。トップのグループたちが揉め始めてインフラは水道以外止まってしまった)自分たちの家に帰る道を手持ちランプで照らしながら。
不意にマァフがヴィクトリアを抱き寄せた。その腕の力強さにひるむ彼女を、マァフは背に庇うように立つ。
道の先の闇から、一人の男と二人の女がぬらりと姿を現した。
女の一人が、微笑んだ。
「こんばんは……ご機嫌ようマァフ」
マァフは黙って立ち去れないか頭をフル回転させたが、自宅が近すぎたのと三人を巻くのは骨が折れる、とヴィクトリアを振り返って小さくごめんと囁いた。
「危ないから一緒にいて」
「そりゃね、もちろん」
まだ少しアルコールの気配を残したヴィクトリアが信頼し切った笑顔で返す。
苦笑して向き直ると、女は一人なんでもないというように近づいてきた。手持ちランプの明かりが女の姿をあらわにする。皮のジャケットに細身のパンツ、胸元を強調するコルセット皆真っ赤に染めていて面積の狭い白いブラウスが暗闇に浮く。
「マァフ、その人は恋人? お友達?
ごめんなさいプライベートは調べていなかったんだけど興味があるの。
不躾な質問だけれど」
「恋人。
悪いけどあなたの思いには応えられない」
「冗談が好きなのね、マァフ」
でもあまり面白くない、と女は微笑んだ。
「……赤い鮫のメンバーさん?」
マァフの問いかけに女は意外と大きな声で笑った。
「そりゃこんな服だもの、わかるよねばれちゃうよね」
「なにか用があった?
笑う虎ならしばらくお休み」
「違うよ、ねえわかってるでしょ、マァフ」
女は自分の短く切りそろえたブラウンヘアを指に絡ませながら真っ赤な唇を歪ませた。ピエロの笑顔を連想させるような。
「わたし、ナンバーフォーの
ねえいい話なの」
「わたし信心深くて」
後ろにいる男がゆら、と動いたのを目の端に捉えて体勢を変えながらマァフは微笑んだ。
「凶星のいうことは聞きたくないな」
「いい話よ。ほんとうに。……ああバカね、あんた帰ってよ」
急に後ろを振り返ってザイシンは男を怒鳴りつけた。
「いつもあんたがいるとまとまる話もまとまりゃしない」
「ザイシンさん!!」
もう一人の女が叫んだ時には、マァフとヴィクトリアの持った明かりは小さな点になっていた。速い、のもあるが道を知り尽くした動きだ。
「だから! 男は嫌いよ! 能無しのくせに出しゃばりやがって」
男の顎を下から拳で突き上げ、ザイシンは眉根を寄せてため息をついた。
男が声もなくのたうちまわっているのを、近くの路地からまた別の男−−ポンザと名乗った男が面白そうに見ていた。
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