第4話 灰色街のツーリスト

 グトゥラ(頭に被る白い布)と白いローブを身に着けた一団。その中の若い男は急遽明かりのついた(つけさせた)店内を見まわすでもなくどんどんとミラルダたちの席に歩み寄った。迷いなく。ざわざわとしていた店内の視線が徐々に三人に集まりだす。ミラルダが怪訝な顔で見上げると、褐色の肌に珍しいひげのない顔で男は笑みを作った。

「ユリアスの弟ですね?」

 指輪のついた手で握手を求めてくる男にぽかんと口を開けたミラルダの横で、もっと驚いた顔でジュストが「シヴァン」と男の名を呼んだ。思わずミラルダは振り返りジュストの苦虫を噛み潰した顔をのぞき込んだ。

「そしてお久しぶりです、ドクタ」

あなたの髪の色は目立つ。そう言いながら空いた椅子に腰掛けるシヴァンは、ジュストを見つめたままのミラルダの、ユリアスの弟の肩に腕を回した。

「だが私が今日用があるのはこちらです。

あとから聞きたいことはありますが」

 なにがなんだか、とミラルダは少し変わったイントネーションの共通語の不遜な手をばんと叩き落とし、睨みつけて席を立った。

 シヴァンは肩をすくめてジュストに微笑み、頭を下げてミラルダの後を追っていった。


 バーカウンターにミラルダが身を乗り出して酒を頼む。その横からテキーラ、とシヴァンの声が覆いかぶさる。

 不機嫌さを顔に隠さずミラルダは同じくらいの高さにある黒い目を睨みつける。

「なんの用ですか、そもそもあんたは誰だ」

「デートの邪魔をしたなら謝りますが」

 あの医者はクワセモノだよ。平常なバーテンからテキーラのショットを受け取って一息に飲み干して黒い瞳は揺るがない。

「知っていると思いますけど。ああその前に男でしたね」

「なんの!

 用ですか!」

「君の姉上をもらい受けたい」

 はあ!? とミラルダが叫んだのはエラーヘフがガウンに着替えて控室でメイクを落としているときだった。

 彼女はマスカラと付けまつ毛だけ取れた顔をそっと簡素なドアから覗かせて近くのスタッフに声をかけた。黒い短髪の青年が応える。

「どうも、砂漠の王子様らしいです」

「砂漠の!?」

 灰色街で砂漠と呼ばれるのは、街から大分離れたところから始まる砂漠のど真ん中にあるオアシスという名の大国のことだ。ひたすらに大きな国で砂漠の真ん中に首都を置きながら海に面するため海上貿易で潤いも砂と同じくらいある国。

「でも王子さまって、いっぱいいるでしょ。どの?」

「さあ?

 街に来るくらいだからお察しじゃないですか?」

 でも腐っても何とかだ。騒ぎに巻き込まれた舞台がうちの店じゃないほうがいいなあとエラーヘフは思ったが、ため息だけついてクレンジングに戻った。

 階下では王子さまが護衛なのかお付なのか、何人かの男たちに囲われてわらわらともめていた。ミラルダは砂漠の言葉を知らないので呆然と男たちを眺めるしかない。

 こそこそとした様子でジュストが近づいて、なんだって? と尋ねてもさあ、なんんなのかよくわからないとささやき返すしか。

「もらうってなに?」

 顰め面の医者はああとため息をつく。

「彼ら流のプロポーズだなあ

 ……え?誰に?」

「姉さん」

「お姉さんがいたっけ」

 と、ここで砂漠の民の話し合いは済んだのか、数人の男たちが頭を抱えているが静かになった。

「ミラルダ殿、父上がいらっしゃるのか?

 私はてっきり彼女の肉親は君だけだと……」

「殿下、問題はそこでは無くですね」

 民の一人が大声で王子を制する。シヴァンは不機嫌さを隠そうともせず何か砂漠の言葉で返した。声を上げた男が首を横に振りながら、ミラルダに話しかける。

「君の姉上を殿下は正式な妻にご所望している」

 怪訝な表情の弟に代わって医者が「本人に言ったのか」と尋ねる。

「なぜ?」

 シヴァンは首をかしげて―――ほんとうにわからない顔で―――言う。

 ミラルダは口を開けて天を仰いだ。

「女性にとって結婚は常に驚きであるべきだ。

 ……わたしの共通語におかしなところが?」

「あんたらのそういう女を所有物扱いするところにもうんざりしてたんだった、思い出すよシヴァン殿下」

 医者が言った皮肉は理解したのか、彼は指輪だらけの指でりりしい眉を掻いた。

「それで宮殿を抜け出したというのか君は」

 思わず医者を振り向いたミラルダに、医者は肩をすくめた。

「数年こいつの家でご典医をしてて―――待遇こそよかったが」

 大きくため息をつき、早口でミラルダの耳元に「こいつに毒盛るように頼まれたりしてな、嫌になったんだ伏魔殿が」と吹き込む。

 のけ反ったミラルダの両手を握ってぶんぶん振ってシヴァンは必ず大事に守る!と言い切った。

 やめたほうがいいぞ、と背後でぼやく医者に挟まれて、ミラルダはめまいがした。

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