14 瞬間移動か?
手紙で予告された殺人を防ぐため、私達探偵部は一日中学園内の見回りと警戒を続けた。
しかし結局何事もなく放課後を迎え、私達は授業が終わるなり大急ぎで部室に集合した。
部外者で捜査に参加してくれるのは庵先輩、リコ先輩、そして真理亜先輩の三人。……ついでに柴皮先生にも、今日は特に厳重に見回りをしてもらうよう頼んでおいた。
――真理亜先輩はいくら危険だからと止めても、『たとえ私ひとりでも犯人を探す』と言ってきかなかった。
最終的に、真理亜先輩をひとりにするよりは……と判断し、一緒に捜査を手伝ってもらうことにした。
私達は早速分担を決めて、学園内の見回りに出発した。
グループ分けは、まず私とユイさんでペアに。
そしていっき、愛子、真理亜先輩で一組。
庵先輩とリコ先輩は、それぞれ単独で動いてもらうことにした。
私とユイさんは外回り担当なので、二人で学園の敷地内を巡回する。
――予告通りなら、殺人はもうすぐ起こるはずだ。全員が下校してしまった後では、さすがに誰も殺しようがないはずだから。
「ねえ、ひねきち……」
並んで歩いていたユイさんが、珍しく遠慮がちな様子で話しかけてくる。
「ひねきちは、犯人は何者だと思う?」
「――何者?」
犯人は『誰』とは言わず、あえて『何者』と聞くってことは――。
「つまり――犯人は本当に人間か、ってこと?」
私が率直に尋ねると、ユイさんは必要以上に首をぶんぶんと振って答えた。
「そうじゃなくて!――ただ、過去に何度もあった『首盗り鬼事件』でも、犯人は一度たりとも捕まってないそうなのよ。追い詰めても煙のように消えちゃうって」
「――栗栖先輩みたいに自殺するの?」
「そうじゃなくて……物理的に『消える』らしいのよ」
「それじゃ、幽霊としか考えられないよ……」
「ば、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! そんなわけないでしょ!」
……ほとんどユイさんが言わせたようなものなのに……。
私は少し意地悪な気分になって、ユイさんに言った。
「――そういえば、『鬼』って『幽霊』って意味もあったよね……」
「そ、そんなの用例の一つでしょ。そもそも偶然『鬼』って言葉を比喩として用いてるだけで――」
「そうかな? 実は案外、言葉通りだったりしてね。犯人は本当に幽霊か、瞬間移動ができる化け物なんじゃ……」
そこまで言った時、私は思わず声をあげる。
「――あっ!」
「きゃっ! お、脅かさないでよ、馬鹿ひねきち!」
「あ……ごめん、ユイさん」
私は謝りながら、自分のセーラー服の襟元を開けて中を覗いた。
――そこには、ハンカチで包まれたネックレスがあった。それが今は赤く点滅して輝いているのが見えた。
「……ひねきち――今頃自分の胸の小ささに気付いて、叫ぶほど驚いたの?」
「ち、違うよ!」
――いや、そんなに自信を持って否定もできないが……。
このネックレスは『スフィンクスの涙』といって、スフィンクスの守護の力が込められたものだ。呪いの力が強く働いている場所に来ると、このように赤く光って報せてくれる。
即ち――もうすぐこの近くで何かが起こるのだ。
それはおそらく……殺人。
私達のすぐ目の前には、三階建の校舎があった。ここは教室数が少なく一般的な校舎よりスリムな造りなので、使い勝手が悪く今はあまり使われていなかった。
私は校舎の中に足を踏み入れて、『スフィンクスの涙』の反応を見た。
――やはり現場となるのはこの校舎らしい。
「――ユイさん、大急ぎでみんなをここに集めて」
私が外にいるユイさんに声をかけると、すぐに不思議そうな声が返ってきた。
「ん? 何かあったの、ひねきち?」
――正直に理由を説明するわけにもいかないので、私は言葉を濁した。
「うん、まあ……この校舎が怪しいから、全員でここを警備しようと――」
「一体何を見つけたのよ?」
ユイさんがそう言って校舎に入ってきたので、私は仕方なく嘘をついた。
「――今、この校舎の中でちらっと幽霊みたいな影が見えたの。どうも怪しい何かがここに潜んでるみたいだから、大至急みんなを集合させて。私はここで見張ってるから――」
そうお願いすると、ユイさんは慌ててみんなを呼びに走ってくれた。
その間、私は外に出てひとりで周辺を見張った。
だがこっちの方にはあまり人がこないため、辺りには全く人気がなかった。
――と、間もなくリコ先輩がこちらに駆けてくる。
「――お待たせ。すぐそこでユイに会って、この校舎前に集まってくれって――」
リコ先輩は息を整えながら言葉を続ける。
「で、ひねり――どうしてここが怪しいと思ったの?」
私は返答に迷って、思わず空笑いでごまかした。
――さっきは緊急だったのでとっさに幽霊のような影を見たと言ってしまったが、ユイさんと違ってリコ先輩に幽霊話が通じるかどうか――。
……ただ実際は見ていないとはいえ、もうすぐここで事件が起こる以上、本当に犯人が校舎内に潜んでいる可能性も充分ある。
なんと答えたものか……。
私が困っていると、リコ先輩は微笑んで言った。
「探偵の勘かしら?――いいわ。捜査の指揮は全部あなたに任せてるから、ちゃんとみんなを導いて解決してね。でないと――」
リコ先輩はそれ以上言わず口を閉ざした。
――そうだ。でないと、また誰かが殺されてしまうのだ。
私とリコ先輩は無言のままみんなが来るのを待った。
しばらくして、全員集め終わったユイさんがみんなを引き連れて帰還する。
「ひねきち、全員呼んできたわよ。――あ、ついでに柴皮先生にもお願いしといたわ。すぐにこの校舎の周りを見張りに来てくれるそうよ」
手際のいいユイさんにお礼を言って、私は早速警備の分担を決めた。
とりあえずいっき、庵先輩、真理亜先輩の三人は、固まって一階に常駐してもらう事にする。
そして私と愛子とリコ先輩は、遊撃隊として自由に動くと決めた。
また校舎の外は柴皮先生に見回ってもらえるそうなので、それと合わせて校舎周辺の見張りをユイさんにお願いした。
私達のグループの巡回が警備のメインとなるので、私と愛子とリコ先輩はまず校舎内が無人であるのを確かめるため、一階を隅々まで覗いて回った。
――とは言っても教室数が少ないので、一階の捜索はすぐに終わってしまう。
と、その時ちょうど柴皮先生が窓の外を通りかかるのが見えた。
「あ、柴皮先生が来たみたいだよ。校舎内に誰も隠れてないのが判ったら、私達も外の見張りを手伝おう」
私の提案に、愛子とリコ先輩は頷いた。
「――それじゃ二階、三階と順に調べるとしましょうか」
リコ先輩はそう言って、自ら先頭に立って二階へ上がった。
「私が教室に踏みこむから、ひねりと愛子はここで見張っててね」
リコ先輩はまず廊下から教室内を窺って、次に中に踏みこんで捜索するというやり方で一つ一つ丹念に調べていった。
――しかし結局二階には誰もおらず、私達は階段を上がって三階へ向かった。
ちなみに階段は廊下中央にあるこの一つのみで、他には一切通路がない。なので、もし三階に誰か隠れていたとしたら逃げる方法はないはずだ。
――私達を殺して逃走する以外は。
ふと頭をよぎったその不吉な考えを、私は慌てて振り払った。
私と愛子の役割は廊下の中央――つまり階段前の丁字路で見張りをする事だった。そこなら廊下の全てが見通せる。
三階に到着すると、先頭のリコ先輩は丁字路の突き当たりを右に曲がってそちら側に並ぶ教室を調べに向かった。
一方私と愛子は丁字路に留まり、廊下一帯を見張る。
「――鍵がかかってる所ばかりね……」
そちらに並んだ教室は全て施錠してあったようで、リコ先輩は入口を調べて進みながらそう呟いた。
「――あ、一番奥の教室は扉が開いたままね。ちょっと調べてくるわ」
入るの諦めて先へ進んでいたリコ先輩が、ようやく廊下の突き当たりの教室に入って行った。
それを見届けて、愛子が小声で言う。
「――ひねりさん、もう犯人の目星はついていますか?」
「うーん……愛子はどうなの?」
「そうですね――この事件の関係者はもう真理亜先輩しか生き残っていないわけですから、そう考えると当然『首盗り鬼』の正体は真理亜先輩しか有り得ないですよね」
「それはそうだけど……そんな消去法でいいのかなあ。栗栖先輩の死を悲しんで泣いてたあの真理亜先輩を見ると、とてもそうは思えないけど――」
「ひねりさんは甘すぎます。そんなことでは、いつか信じた人に後ろから刺されますよ?」
「――たとえば愛子とか?」
私が意地悪を言うと、愛子はなぜか不気味に微笑んで頷く。
「その通りです。私が『首盗り鬼』でない証拠なんて、どこにもありませんよ?」
そう言って、息がかかるくらいの距離まで顔を近付けてくる愛子。そのまま私の首をすっと両手でつかんだ。
私は引きつった笑いを浮かべて言う。
「あはは……意地悪言ってごめん。私が意地悪で愛子に太刀打ちできるわけなかったね」
「もう……信じてないんですね。もし本当に私が犯人だったらどうするんですか?」
愛子はつまらなそうに言って、私の首から手を離した。
その瞬間――。
「きゃああああああああ!」
廊下の奥から悲鳴が響き渡る。
私はほとんど反射的に、リコ先輩が入った教室に向かって駆け出した。
中に飛びこむと、そこは机も教卓も何もないガラガラの教室。
――そう、そこには本当に何もなかった。
リコ先輩の姿さえ。
私は寒気がするほど嫌な予感がして、前方にある開けっ放しの窓に駆け寄った。
窓から下を覗くと、そこには――。
「リコ先輩!」
遥か下に、うつ伏せに倒れたリコ先輩がいた。
遅れて入ってきた愛子も、私の横から下を覗いて息をのむ。
「――愛子、ここからユイさんか柴皮先生に呼びかけて!」
そう言って私は教室を飛び出す。
階段前でちょうどいっきと鉢合わせたので、一緒に一階まで駆け下りた。
校舎の外へ飛び出した私は、リコ先輩に駆け寄って傍にしゃがみこんだ。
「リコ先輩、大丈夫ですか!?」
「う……」
苦しげにうめいて目を開けるリコ先輩。そのうつ伏せの体の下には植えこみがあった。
――どうやらこれのおかげで即死だけは免れたようだ。
リコ先輩の息があるのを見て、いっきは全速力で救急車を呼びに走った。
私はリコ先輩に顔を近付け、大声で話しかけた。
「先輩、どうして窓から落ちたんですか!?」
「い……いきなり突き飛ばされて……」
「えっ!?」
さらにリコ先輩はかすれた声で必死に私に伝えようとする。
「……窓際に立って、校舎周辺の様子を見てたら……いきなり後ろから背中を押されたの……」
「――誰にですか?」
「わからない……」
――私が入った時には、教室にはもう誰もいなかったはずだ。
私は顔を上げて校舎を見上げる。リコ先輩の落ちた三階が最上階だ。
……まさか犯人は屋上に?
――でもこの校舎は屋上への通路自体がなく、屋上には行けないようになっている。
私は一応先輩に尋ねた。
「屋上から何かぶつけられたり、棒で突かれたりしたんじゃ……?」
「違うわ……窓から出したのは、顔だけだった……。押されたのは……確かに教室の中から……」
途中何度もうめきながら、リコ先輩は切れ切れに言葉を続けた。
私はリコ先輩が意識を失ってしまわないよう、懸命に声をかけ続けた。
そうしているうちに、ユイさんや他のみんなも集まってくる。
やがて救急車が到着し、リコ先輩は柴皮先生に付き添われて病院に搬送されていった。
残された私達は、それをただ呆然と見送った。
「……どうして――標的は私じゃなかったの――?」
誰もが言葉を失っている中、真理亜先輩がぽつりと呟いた。
……そうだ、どうしてリコ先輩が標的に?
いや、そもそも犯人はどこに消えたのだろう?
まるで瞬間移動でもしたかのように――。
――思い返せば、この『首盗り鬼事件』の最初から最後まで、全てがこうだった。
『首盗り鬼』の正体、そしてあらゆる問いの答え――。
それらは私達の目の前にありながら、誰にも見られることなく消えてしまう。
結局残されたのは、多くの被害者と、解けない謎と、何も出来ずこの場に立ち尽くす私達だけ――。
『あとは最後の一人を殺せばこの事件は終わりを告げる』
……あの予告状の言葉が頭をよぎる。
――これでもう事件は終わってしまったのだろうか?
またも『首盗り鬼』が消えるという、最悪の形で――。
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