13 過去の罪は長い影を引く

 翌日の朝早く、私はまだ探偵部のみんなも来ていない時間から真理亜先輩を探しに登校した。

 ――結局現在残されている捜査の手がかりは、最後の『環』が繋がった人物――強盗犯唯一の生き残り、真理亜先輩だけなのだ。

 さっき真理亜先輩の自宅に電話をかけたところ、先輩は既に登校したという話だった。

「真理亜先輩、こんな時間に何をするつもりなんだろ?」

 私はまだ人気のない校舎に足を踏み入れると、そのまま真理亜先輩の教室に直行した。

 なんとなく忍び足になった私は、こそこそと扉の陰から三年三組の教室を覗いた。

 ――最初に目に入ったのは、白菊が生けられた細長い花瓶が置かれた机と、そこに突っ伏したセーラー服の少女。

 あそこは確か――栗栖先輩の席だ。

「――真理亜先輩……」

 今はそっとしておいてあげたかったが――そうも行かず、私はためらいながら声をかけた。

 真理亜先輩はさりげなく袖で涙をぬぐい、顔を上げた。

「……おはよう、日根野さん」

 真理亜先輩の目は、赤く腫れぼったくなっていた。泣きすぎたのか、あるいは眠れなかったのか――。

 私は申し訳なくなって少し目を伏せ、真理亜先輩に言った。

「その……このたびは何と言ったらいいか――」

「いいの。そんな気遣いはいらないわ」

 先輩は疲れきった様子なのに無理に微笑んで、軽く手を払う仕草を見せた。

「――すみませんでした。私が栗栖先輩を追い詰めてしまったから――それに止めることもできなかったですし……」

「それは違うわ。元凶はあくまで連続殺人の真犯人――ううん、そもそも私こそが全ての元凶なのよ。私が強盗なんかに手を貸して事件の発端を作ったから……しかもその上、彼まで巻きこんでしまって――」

 真理亜先輩はそう自嘲してうつむく。――そして、少し間を置いてぽつりと声を漏らした。

「……どうして彼は自殺なんてしたと思う?」

「それは……」

 ――栗栖先輩は、自分が全ての罪をかぶることで真理亜先輩を守ろうとしたんだと思う。

 だけどそれを言ったら、真理亜先輩はますます責任を感じてしまうんじゃ――。

 私が言い淀んでいるのを見て、先輩は悲しげに微笑んで言った。

「……そうよね。本当はわかってるの。――彼は、私が今回の連続殺人の真犯人だと思ったのね」

 私は答えることができず、教室にしばらく沈黙が訪れた。

「……ごめんなさい、日根野さん。言いにくい事を聞いてしまって――あら?」

 所在なさげに動かしていた真理亜先輩の手が、机の中に差し入れられた状態でぴたりと止まった。

 先輩が怪訝な顔をして引き出したその手には、一枚の紙が握られていた。

「これは――」

 一読した真理亜先輩が顔色を変え、私にも見えるよう紙を机に置く。

 そこには――見慣れた切り貼りの文章でこう書いてあった。

『あとは最後の一人を殺せばこの事件は終わりを告げる。最後の殺人は今日必ず無門学園内にて実行する――首盗り鬼より』

 私は最後の署名を見つめたまま、呆然と呟いた。

「これって……『首盗り鬼』は――栗栖先輩は、もう死んだはずじゃ……」

 ……いや、よく考えたらこの手紙には『今日』としか書かれていない。もし昨日の手紙なら『今日』とは『昨日』だ。

 つまり――。

「この手紙、栗栖先輩が自殺する前に書き残して机に入れておいたんじゃ……?」

 私が言うと、真理亜先輩は首を振る。

「違うわ。だって――こんな紙、昨日は机に入ってなかったもの」

「えっ? それって――」

「私、昨日はあれから暗くなるまでこの彼の机で泣いてたけど、そんな紙入ってなかったの。もちろんこの花だってなかったわ」

 先輩は花瓶に挿してある鮮やかな白い菊を見つめて言った。

「――この花を供えたのって、真理亜先輩じゃなかったんですか?」

「私じゃないわ。さっき来たらもう飾ってあったの。手紙だって、昨日帰る直前に遺品整理をしたから見落とすはずないわ」

「……つまりこの手紙は、昨日の夜から今朝までの間に入れられたってことですか?――でも、犯人のはずの栗栖先輩はもう……」

「そう――だから彼以外の誰かが、彼が死んだ後にこの机に手紙を入れたってことになるわね」

 ……それは即ち、犯人がまだ生きているという意味だ。

「じゃあ、この手紙にある『最後の一人を殺せば』っていうのはまさか――」

 私はそこまで言って、口をつぐむ。

「……私かもね」

 真理亜先輩は落ち着いて――いや、それどころか微笑みさえ浮かべて言った。

「望むところよ。私は殺されたっていい。そのかわり、死ぬ時は『首盗り鬼』にしがみついてでもその正体を暴いてやるわ」

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