12 闇に消えた鬼

「栗栖が自殺か――」

 帰宅した私の報告を聞いて、スフィーが深刻な様子で呟く。

 ――これで事件解決……などとは当然思えなかった。

 第一殺人、第二殺人共に真相はおろか、犯行方法すら不明のままなのだ。

 特にムツ先輩の生首問題など、どういうやり方をすれば栗栖先輩が部室に生首を置けるのだろうか?

「ただ謎だけが残ったね……。結局、真相が語られることもなく――」

 私はしょんぼりとして言う。

 ――ある意味、『首盗り鬼』はまたもや捕まることなく消え失せてしまったのだ。真相と共に、永遠の闇の中へ――。

「スフィー……本当に栗栖先輩が犯人だと思う?」

 私の質問に、スフィーは歯切れ悪く答える。

「……一応、栗栖には全ての犯行が可能だが……」

 私は『栗栖先輩犯人説』に矛盾がないか探しながら、さらにスフィーに問いかけた。

「ムツ先輩の生首問題はどうなの? 栗栖先輩には白昼堂々と部室に生首を持ちこむなんて不可能だよね。運動部でもない栗栖先輩が、大荷物を持ってあの廊下を通ったら印象に残るし」

「そうだな。その点を考えると、もし栗栖が犯人の場合、まず真理亜と共犯だろう。部室の隣にいた真理亜とグルなら、その部屋に生首を隠しておけるからな」

 ――あ、そうか。その手があったか――。

「でも真理亜先輩と栗栖先輩がどうしてそこまで協力してそんな殺人を?」

「まず考えられるのは、真理亜の強盗事件隠蔽目的だな。ムツと阿武戸から秘密が漏れるの恐れた、あるいは他にも弱みを握られていたとかな」

 その推理を聞いた私は、頷いて言った。

「やっぱり栗栖先輩が真理亜先輩を守るために殺したのかな――え、あれ?」

「……気付いたか」

 おかしな点に思い当たって疑問の声をあげた私に、スフィーが満足そうに目を細めた。

「栗栖先輩は飛び下りる直前、真理亜先輩になすりつけようとしたって――」

 私の言葉にスフィーは同意する。

「そうだ。今わらわが展開した推理には不可解な点が多い。それは即ち『栗栖犯人説』が疑わしいという事なのだ」

 あっさりと自説を覆したスフィーは、改めて推理を始めた。

「栗栖は真理亜に嫌疑がかかっていると知るや一転して自白を始め、そして自殺した。本当に真理亜になすりつけようとしたなら余りに不自然だ。真理亜が警察に捕まるのは計画通りだろう?」

「うん、そうだよね。なすりつけが上手くいってるのに自白なんてしないよね」

「しかも真理亜が警察にいると知らされた途端に前言を翻したその反応や言動から見て、真理亜への容疑どころか焼却炉の件すら知らなかったと思われる。だがもし栗栖が真犯人で、なすりつけを計画的に行っていたのなら知らぬはずはない」

「――そういえば栗栖先輩、最初は『僕は犯人じゃない』って言い張ってたね……」

「うむ。栗栖は追い詰められても一貫して犯人であるのを否定していながら、真理亜の危機を知るやすんなり自白した。真理亜を守る意図がなければ自殺はもちろん、死ぬ前に自ら進んで罪をかぶったりなどすまい」

 確かに栗栖先輩は初めて会った時から、常に真理亜先輩を守ろうとしている様子が見てとれた。あれが演技とは思えない。

 私がそう回想しているうちに、スフィーはさらに推理を続けた。

「また、そこまでして真理亜を守ろうとしておる栗栖が犯人であるならば、なすりつけ工作をする事はもちろん、わざわざリスクを冒してムツの生首を晒す事自体おかしい」

「そっか――そんな事したら捕まりやすくなる上に、事件が色んな人の目を引いて真理亜先輩の秘密もバレやすくなっちゃうもんね。栗栖先輩にとってはマイナスでしかないよね」

「そうだ。そもそも晒し首というのは元来『見せしめ』なのだ。犯人がわざわざ現場にメッセージを残しておる点を考えても、おそらくそれが目的だろう。たとえ犯人が誰であれ、その真の目的は強盗犯の処刑――あるいは復讐にあるとわらわは見ておる」

「処刑や復讐が動機なら、栗栖先輩はやっぱり犯人とは違うのかな?」

「まあ可能性は低いだろうな。守るべき真理亜に生首隠しを手伝わせたり、罪をなすりつけたりしたなどと考えるのは無理があるからな」

 スフィーはそう言ってしばし沈黙し、やがて独り言のように呟く。

「『首盗り鬼』は……『依代よりしろ』は、まだ闇の中に潜んで機会を窺っておるのかもしれん」

 ――『依代』とは、呪いに囚われて殺人を犯した真犯人の事だ。呪いを破るにはこの『依代』、即ち真犯人を暴いて事件の真相を突きつけなければならない。

「――だけど……万が一、本当に栗栖先輩が犯人だったら? もし私達が真相を突きつけないうちに『依代』が死んだ場合は……どうなるの?」

 私がふと不安に駆られてそう言うと、スフィーは眉間にしわを寄せて答えた。

「……未解決と同じだ。その場合呪いに歪められた今の現実が、正しい世界として確定してしまう。本来なら起こっておらぬ今までの惨劇が正しい未来となり、修正も不可能になってしまう」

 ――本来私達が事件を解決する事で呪いは消え、この呪いによってねじ曲げられた世界は修正される。そうすれば事件の起こらなかった正しい未来が戻ってくるのだが――。

「やっぱり『依代』が不在になったら終わりなんだね……」

 私の言葉に、スフィーは頷いて言う。

「もし『依代』と接触できぬ状態になってしまえば、そのまま際限なく呪いの力が増大してしまう。おそらくわらわの守護の力などすぐに超えて、おぬしに直接被害が及ぶようになるだろう」

「……私も殺されるの?」

「そうだ。他にもおぬしの友達や家族……わらわとて、いつどこで凶刃に倒れてもおかしくない」

 私はその最悪の状況を想像して身震いした。

「どうすれば……」

 思わず漏れた一言に、スフィーが首を振って答える。

「そうなってしまえばもう、なすすべはないな」

 だがその絶望的な言葉の後に、スフィーは力強く言った。

「ひねり、信じるのだ。真犯人はまだ生きておると」

「……そうだよね、まだ諦めるのは早いよね。とにかくまず謎を全部解かないことにはね」

 スフィーに励まされ、私は少しだけ前向きになれた。

 その気持ちがくじけないうちに謎の解明に取り組もうと、私は事件について改めて考えたが……解決の糸口になりそうな点は見つからなかった。

「――そういえばスフィー、まだ過去視を使ってなかったよね」

 あれこれ考えているうちに、私はそれに思い当たって言った。

 ――過去視とはスフィンクスの能力で、わずかな時間だけ過去を視る事ができる。

「今使っていいのか? 今後何があってももう使えぬぞ」

 スフィーが相変わらず慎重な事を言う。

 過去視は生首事件があった直後にも使用を検討したが、もっと使うべき場面があるかもしれないと保留していた。

「だけど、もうその『今後』はないかもしれないよ。今ここで使わないと――」

 私が迷わず言うと、スフィーもやっと承知してくれた。

 私は確認のためスフィーに尋ねる。

「部室に生首を置きに来た犯人を視るのはやっぱり難しいんだよね?」

「うむ、無理だな。呪いがかなり強く干渉して邪魔をしておる。呪いの妨害が強いと、時間や位置がずらされて見当外れの所を視てしまうからな」

 ――生首事件は犯行時間も短いし、まず空振りに終わると分かっていてはさすがに使いにくい。

 私は少し考えて、一つ提案をした。

「逃げた人影……を視るのはどうかな? もちろん殺害する場面が視られればそれが一番だけど」

「第二殺人――『阿武戸殺し』か」

「うん。あの学ランの人影の正体が判れば、栗栖先輩の自白が本当かも判るよね?」

 栗栖先輩はあの人影は自分だと証言したが、もし事実と違えば芋づる式に自白も嘘だと判る。

「――よかろう。事件現場が視られそうか確かめてみよう」

 スフィーは過去視が可能かを調べるため、目を閉じて集中を始めた。

 ……やがて、スフィーがゆっくりと目を開けて言う。

「――やはり呪いが強く干渉しておるな。阿武戸殺害の瞬間を見るのは無理だろう。だが時間や位置を少しずらして、校舎裏の窓から例の人影が逃げ出す辺りなら確認できそうだ」

「うん、それでいいよ」

 私は早速ベッドに寝転び、目を閉じて過去視の態勢に入った。

 枕元に来たスフィーの言葉を聞くうち、私の意識は徐々に闇に落ちて行く――。

 ……そして、そのままどれくらい時間が経っただろうか。

 突然、すぐ近くで甲高い悲鳴と何かが崩れるような激しい物音が響く。

 私が目を開けると、すぐ正面には校舎があった。

 ――視点は動かせないが、どうやらここは校舎裏らしい。

 と、いうことは――。

 まだぼんやりしていた私は、そこではっと我に返った。

 ――そうだ、あの人影はここの窓を乗り越えてくるはずだ。しっかり見ておかないと――。

 私はあわてて意識を集中させ、目の前にある開いたままの窓を見つめた。

「――あっ! 待ちなさい!」

 部屋の奥から届くリコ先輩の叫び。

 それとほぼ同時に、窓際に駆け寄ってきた学ラン姿の人物。

 ――私の視線は、その人物に釘付けとなった。

 蒼白な顔をしたその人物は――間違いなく、栗栖先輩だった。

 栗栖先輩は慌てふためいた様子で窓を乗り越え、地面に飛び下りた。

 そして少しよろめきながら駆け出すと、そのまま私の目の前を全速力で横切って視界から消えた。

 ――まさか、本当に栗栖先輩が……。

 だとすると、あの自白は正しかったのだろうか――?

「待って、すぐそこに誰か倒れてるわ! 助けるのが先よ!」

 私が混乱していると、前にも聞いたことのあるリコ先輩の言葉が聞こえてきた。

 ――やっぱり今はあの事件当時に間違いないのだ。

「あれ……開かない!?」

 そして微かに聞こえたのは――あの時の私自身の声。

 ぼんやりとそれらを聞いているうちに、私の意識はだんだんと薄れてきた。

「こらぁっ! あなたたち何してるの!」

 そして柴皮先生のその怒鳴り声を最後に――私の意識はぷっつりと途切れた。

「……」

 ――あ。

 ……一体いつからだったのか。深い眠りの中、聞き取れない言葉が投げかけられているのに私は気付いた。

「……」

 遠くから届く、誰かの声。

 ……誰?

 私が目を覚ますと、そこは何一つ見えない闇の中。

「……」

 ――声は遠いのに、すぐ近くで誰かが息を殺して隠れている気配がする。

 まるで『首盗り鬼』が闇の中に潜んでいて、今にも私の首に掴みかかってきそうな――。

「ひねり!」

「きゃあああっ!」

 私が悲鳴をあげて飛び起きると、そこはベッドの上だった。

「ひねり、何をしておる! 終わったらすぐ戻ってこぬか!」

 私の耳元で怒鳴っていたのはスフィーだった。

 その乱暴な起こし方に、私は抗議する。

「スフィー、脅かさないでよ!」

「何を言うか! わらわが呼び戻さねば、おぬしは未来永劫あの闇の中をさまよい続けておったのだぞ?」

 スフィーが怖いことを言う。

「――それよりひねり、事件現場は首尾よく視られたのか?」

 スフィーにそう言われて、私は肝心な事を思い出した。

「あ、そうだった。それがね――」

 私は過去視で視てきた事をスフィーに伝えた。

 報告を聞き終えたスフィーは、案の定難しい顔をする。

 私もまた不安に襲われて言った。

「――やっぱり栗栖先輩が犯人なのかな? だとしたら、もう私達終わりじゃ――」

 動転する私に、スフィーは穏やかな口調で――。

「ひねり、言っただろう。信じるのだ。『首盗り鬼』はまだ生きておる。――そやつは未だ闇の中とはいえ、な」

 言って、スフィーは私を安心させるように顔を和らげた。

 ――ああ……スフィーにまでこんな気を使わせてちゃ駄目だ。

 不安なのは、スフィーだって同じはずなんだから。

「……ごめん。信じるよ。なんとしても『首盗り鬼』を捕まえようね」

 私はスフィーにそう微笑みかけた。

 ――その微笑みで、スフィーの気持ちも少しでも軽くなるよう願いながら。

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