11 真相なき解決

 夕方になり、本日の捜査を終了した私達は思い思いに部室から出ていった。

 みんなは一緒に帰ろうと言ってくれたが、私は少しひとりでゆっくり考えてみたくて断った。

 ……真理亜先輩と少し話はできたものの、事件の真相は相変わらず謎に包まれたままだった。

 ――もちろん強盗の件を警察に通報する気などなかった。もし真理亜先輩が強盗容疑で警察に捕まってしまったら、重要な鍵を握る人物が不在となって、第一と第二殺人の方の解決がいつになるか分からないからだ。

 それにスフィーも、捜査を警察任せにしては呪いの影響で悪い方に向かうだけだと言っていた。

「何とか私達で真相を明らかにしないと……」

 私は事件の推理をしながら、足の向くまま学園内をうろついた。

「おーい、ひねり!」

 弓道場の近くを通りかかった時、はかま姿の庵先輩が駆け寄ってきた。

「――お疲れさん。今日は少ししか捜査を手伝えなくて悪かったな。一応こっちにも顔を出さねえとよ」

 庵先輩はそう言って、弓道着のえりを軽くつまんでみせる。

 そのまま二人で話しこんでいると、珍しく慌てた様子の愛子が走ってきた。

「愛子、どうしたの?」

 私が尋ねると、愛子は息を切らせたまま答えた。

「栗栖先輩を見かけたので追っているんです。今、いっきとリコ先輩も校内を探しています」

 驚いた私達は、すぐに愛子と一緒に捜索を始めた。庵先輩は弓道着のまま、しかも弓矢まで持ち出してきた。

「へへ、武器があった方がいいだろ?」

 私はそれを使う機会がないよう祈りながら、三人で栗栖先輩を探した。

「いました! いっきと栗栖先輩です!」

 私達が中庭に入ってすぐ、愛子がそう叫んで前方の校舎内を指差す。

 ガラス越しに見えたのは、廊下を逃げる私服姿の栗栖先輩と、それを追ういっきだった。

 と、次の瞬間いっきが追いついて二人が揉み合いになる。

 栗栖先輩はしがみついてきたいっきを力ずくで引き剥がしたが、その際に顔をひっかかれた事に腹を立てたのか応戦の構えを見せた。

 よく見ると、栗栖先輩は手に細長い金属棒を持っていた。

 ――あれは……教室の天井からスクリーンを引き下ろす棒だろうか?

「いっき、駄目!」

 栗栖先輩の持つ引き棒にもひるまず立ち向かおうとするいっきに、私はあらんかぎりの声で叫んだ。

 いっきはそれで冷静になったのか、突撃するのを思いとどまってくれたようだ。

 だがその隙に栗栖先輩は身をひるがえして逃げ出した。

 私達も急いで中庭を通り抜けてそれを追ったが、先回りはできず栗栖先輩に逃げられてしまった。

 いっきは私達よりかなり先行して追いかけていたので、しばらくは見失わずに追跡していたが――結局振り切られてしまったようだ。

 途中で私達の姿を見つけて後方から追いかけてきていたリコ先輩が、走り寄ってきて言った。

「みんな、栗栖は?」

 いっきは首を振って答える。

「逃げられちゃった……でも栗栖先輩、あそこにある旧校舎の中へ逃げこんだよ」

 いっきが指差したのは、敷地の外れにある今はもう使われていない二棟の校舎だった。築年数は古いが一応コンクリートづくりの、渡り廊下で繋がった三階建の校舎だ。

 私達は急いで三つのグループに分かれ、栗栖先輩を追う事にした。

 ――組むのはまず私と庵先輩。

 ――竹刀を持っているリコ先輩は一人で。

 ――そして残るいっきと愛子で一組となった。

 校舎内に突入した私達は、三手に分かれて捜索を開始した。

 二階に上がった私と庵先輩は、一つ一つ教室を覗いていく。

 ――しかしこの階には全く人の気配が感じられなかった。

 ちょうど真ん中辺りの教室を調べている時、庵先輩が気の抜けた様子でぼやいた。

「もしかしてこっちの校舎にはいねえのかな……」

 教室に入った庵先輩は、外を覗きに窓際に歩み寄った。そして窓を開けて、中庭と向かいの校舎を見渡す。

「……あ、いたぞ!」

 庵先輩の声に、廊下で見張っていた私も慌てて窓に近寄った。

 先輩が指差したのは、向かい校舎の一階。

 栗栖先輩はしゃがんだ状態で教室に隠れ、入口から顔を出して廊下の様子を窺っていた。

 だが次の瞬間、栗栖先輩は慌てて顔を引っこめる。その原因は――。

「あっ、庵先輩――向こうからいっきと愛子が……」

 私は言って、廊下の右端から現れたいっきと愛子を指し示した。

 ――どうやら二人は栗栖先輩の存在には気付いていないようで、別の手近な教室を調べに入った。

「危ねえな……もし栗栖のいる教室に近付いたら、不意打ちされるかもな」

 庵先輩の言葉に、私は怖くなって言う。

「だけどここから叫んで知らせると、栗栖先輩にも気付かれて結局不意打ちされるかも……」

 栗栖先輩の潜む教室と二人の距離はあまり離れていないので、いっき達が迎撃態勢を整える前に殴りかかられてしまうかもしれない。

「私達が助けに行こうにも、二階から向こうの校舎に回ってたんじゃ間に合うか分からないし……」

「俺にまかせな。要は奴の戦意をいで、かつ二人に知らせりゃいいんだろ?」

 庵先輩は不敵に笑うと、背中の矢筒から矢を取り出して弓につがえた。

 ――そうか、矢で威嚇して脅かせば……。

「でも先輩、もし体に当たっちゃったら――」

「栗栖が隠れてるのと反対側の扉の窓ガラスを狙うさ。単に激しい音を立てて、矢で狙われてると気付かせりゃいいんだからな」

 庵先輩は意識を集中させて、ゆっくりと弓を構えた。

 私は息をのんでそれを見守る。

 ――ヒュンッ!

 つるの澄んだ音が響く。

 放たれた矢は見えなかったが、ガラスの割れる音と共に廊下と教室の窓ガラスが見事に砕け落ちた。

「やった、命中!」

 私は思わず声をあげる。

 少しの間を置いて、栗栖先輩が転ばんばかりの勢いで教室から飛び出してきた。

 栗栖先輩は外に逃げるつもりなのか、脇目も振らず廊下の左の突き当たりへ走っていった。

 しかし出口には鍵がかかっていたらしく、栗栖先輩は慌てた様子で少し引き返してきて、奥の階段を登って二階へ逃げた。

 一方いっきと愛子は状況がすぐには把握できなかったらしく、教室から顔を出して様子を窺っていたが、栗栖先輩が階段へ逃げこんだのを見て追跡を開始した。

「――よし、屋上に追いこむか。ちょうど三階にリコの姿もあるしな」

 庵先輩はそう言って弓を水平に構える。

 そして栗栖先輩が二階の廊下を使って逃げぬよう、タイミングを見計らって階段近くの窓を撃ち抜いた。

 その威嚇に驚いた栗栖先輩は、計画通り廊下には入らずに階段を駆け上がった。

 私が少し視線を上げると、音に驚いたのか三階の窓から身を乗り出して状況を確認しようとしているリコ先輩と目が合った。

「リコ先輩、気をつけて! 栗栖先輩が左の階段をのぼってきます!」

 私はそう叫んで、左手で方向を指し示す。

 リコ先輩は私に向かって頷き、すぐに左へ走り出した。そして前方に栗栖先輩が現れると、突進しながら竹刀を構えた。

 それを見た栗栖先輩は慌てて階段の方へ引き返した。

「――よしひねり、俺達も捕り物に参加するぞ。あいつらに遅れを取るな!」

 庵先輩の一声で私達は全速力で走り出し、一気に渡り廊下から向かいの校舎に突入した。

 私達が三階の階段に駆けつけた時、みんなは屋上に続く踊り場で待機していた。

「――突入しねえのか? 追い詰めたんだろ?」

 庵先輩の問いかけに、リコ先輩が油断なく屋上の扉を見上げて答える。

「ここの屋上は低い手すりしかないから危険なのよ。揉み合いになったら突き落とされる可能性があるわ」

 ……なるほど、確かにそれじゃ不用意に突入できない。

 私達はしばらく踊り場で様子を窺った。

「……こうしていてもらちがあかないわね。まず私が先頭で、次に庵が踏みこむわ」

 リコ先輩はそう告げて静かに階段をのぼり、屋上の扉の前で竹刀を構えた。

 私といっきと愛子もその後ろで身構える。

「――庵、開けてちょうだい」

 小声で指示を出すリコ先輩。

 庵先輩はノブに手をかけ、口の動きだけで『いくぞ』と合図して勢いよく扉を開け放った。

 同時にリコ先輩がかけ声をあげて屋上に斬りこむ。

 栗栖先輩は扉のすぐ近くで待ち構えており、リコ先輩の横から引き棒を振るって殴りかかった。

「はっ!」

 だがリコ先輩は竹刀を鋭くすくい上げてそれを弾き返す。

 引き棒は栗栖先輩の手を離れ、大きく弧を描いて屋上から落下していった。

 丸腰になった栗栖先輩は校舎内に逃げ戻ろうとしたが、扉の前を庵先輩がふさいでいるのを見て足を止めた。

「鬼ごっこは終わりよ。大人しく捕まりなさい」

 リコ先輩の言葉に、栗栖先輩は苦々しい表情で後ずさった。

 降伏の意思を見せない栗栖先輩に、リコ先輩は不用意に距離を詰めず、竹刀を中段に構えてすり足で慎重に間合いを詰めた。

 栗栖先輩はじりじりと後退させられ、屋上の隅に追いこまれる。そしてとうとう逃げ場を失い、角の手すりを背にした。

 ――さて、ここだ。この場所でこちらから突っこんでしまっては、うっちゃりを食って屋上から転落する可能性がある。

 リコ先輩も攻めあぐねて少し距離を置いて構えていたので、私は駆け寄って言った。

「待ってください、リコ先輩。後はまかせてください」

 私はリコ先輩の横に立ち、栗栖先輩に話しかけた。

「――栗栖先輩、どうして私達から逃げるんですか?」

「僕は犯人なんかじゃない! 君達に捕まえられるいわれなんてないんだ!」

 栗栖先輩がヒステリックに叫んだので、私はなだめるように声をかける。

「なら話を聞かせてください。犯人でないなら話くらいしても問題ありませんよね?」

 栗栖先輩は返事をしなかったが、私は構わず尋問を始めた。

「どうしてこんな夕方になってから学園に来たんですか?」

 栗栖先輩はしばらく沈黙していたが、やがてゆっくりとした口調で語りだした。

「……あの時、後先考えず逃げ出したものの、この先どうしたらいいのかわからなくて……さっき意を決して真理亜の家に電話したら、まだ学校から帰ってないって言うから――会いに来たんだ」

 ――どうやら栗栖先輩は、真理亜先輩が警察の事情聴取を受けているとは知らないらしい。

 私は栗栖先輩に尋ねる。

「どうして失踪なんてしたんですか?」

「あの状況じゃ、どう考えたって僕が犯人にされてしまうだろう? いくら警察に話したって無駄だと思ったんだ」

 そう言われて私はあの時逃げ出した学ランの人影を思い出し、それを聞いてみた。

「あの時、阿武戸先輩の殺害現場から逃げ出したのは栗栖先輩だったんですか?」

「ああ。君達が来た時現場から逃げたのは確かに僕だ」

 ――ではあれは男装ではなかったという事だろうか――?

 私は考えながら質問を続ける。

「どうして殺害現場なんかに行ったんですか?」

「昼休みに呼び出しの手紙があったんだ。落としたけど――」

「――ああ、あの手紙なら俺が拾っておいたぜ」

 庵先輩がぽつりと呟く。

 私は少し言いにくい事を言おうと口を開いた。

「――ですがそれだと結局栗栖先輩が……」

 そこでやはり言葉に詰まってしまう。

 ――悩んだ末、私は回りくどい言い方はやめて単刀直入に聞くことにした。

「状況から考えるとそう考えざるを得ないのですが――犯人は、栗栖先輩なんですか?」

「僕じゃない! 窓を乗り越えて倉庫に入ったら、もう阿武戸が死んでいたんだ!」

 ……そう考えるには、正直おかしな点がある。

 案の定、庵先輩がその苦しい言い訳に噛みついた。

「嘘はよせ! 阿武戸の悲鳴とおまえがいたのはほぼ同時だそうじゃねえか!」

 私が頷くのを確認して、庵先輩は続けた。

「それにおまえらが争った激しい物音まで聞こえてるんだ。阿武戸が死んでたなら悲鳴をあげたり、机を倒したりするわけねえだろ!」

「――あの悲鳴は僕のなんだ」

 栗栖先輩が意外な答えを返す。

「あの物音も、僕が死体を見つけて震えてる所に、突然積んであった机が崩れて――それで驚いて悲鳴をあげたんだ」

 ……あの悲鳴をあげたのが被害者の阿武戸先輩でなく、栗栖先輩? 本当だろうか?

 栗栖先輩は消沈しょうちんした様子で話を締めくくる。

「僕がパニックになってずっと立ちすくんでいたら、君達が駆けつけてきて……それでつい逃げたんだ」

 私は真偽を判断しかねてみんなの顔を見回したが――やはり誰も信じていない様子だった。

「……いいかげんにしろよ」

 庵先輩が静かな怒りをこめて言う。

「てめえの恋人の真理亜に罪をなすりつけるような工作までして、その上ここへきて見苦しい言い訳か?」

「僕はそんな事してない! 信じてくれ!」

 栗栖先輩の叫びにも耳を貸さず、庵先輩は言う。

「真理亜の奴は今阿武戸殺しの容疑で警察にいるんだぞ! てめえのせいでな!」

 その言葉に栗栖先輩は愕然とした表情を見せた。

「ほ……本当なのか?」

 栗栖先輩は震えた声で呟く。

「馬鹿な……どうして真理亜が……」

 リコ先輩も突き放したような口調で言う。

「あなたのせいよ。自業自得でしょ? 真理亜はこのまま殺人犯として捕まるかもね」

 栗栖先輩は脅えた目でリコ先輩を見つめた。

「あ、あれは……僕が犯人なんだ」

 ――突然の自白。

「そう、僕が殺したんだ。ムツも、阿武戸も――」

 栗栖先輩は苦しい弁明から一転して罪を認め始めた。

 私は驚きつつも、何とか混乱する頭を整理して質問する。

「――焼却炉の上履きと学ランも栗栖先輩が?」

「焼却炉? それは……覚えてない」

「呼び出しの手紙に真理亜先輩の署名があったのはどうしてですか?」

「それは……君達の言う通り、罪をなすりつけようとしたんだ」

 私が質問を続けようとすると、栗栖先輩はそれを拒むように大きく頭を振った。

「――とにかく、必ず警察に伝えてくれ。全ての殺人は僕がやったと。それが僕の最後の願いだ」

 そう言って、栗栖先輩は素早く後ろの手すりを乗り越える。

「よしなさい!」

 いち早く反応したリコ先輩が叫んで駆け出す。

 だがリコ先輩がすがりつく間もなく――。

 栗栖先輩は、屋上から飛び下りた。

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