10 『第零殺人』
波乱の一夜が明けて、部室には庵先輩とリコ先輩も含めた全員が無事顔をそろえた。
「――例の強盗殺人があったのはひと月前――春休みに入る前くらいね」
ユイさんは部室に来てから淡々と報告を続けているが――あれからちゃんと寝たのだろうか?
「被害者は学園の近所に住む、ひとり暮らしの中年の男。自宅で強盗に押し入られて殺されたわ」
「その被害者とムツ先輩達との繋がりは――?」
私の質問に、ユイさんは肩をすくめた。
「その点は不明だけど、調べた範囲では接点はなさそうね。被害者は人付き合いがかなり少なくて、他の学園関係者との繋がりも今のところ見つかってないわ」
ユイさんは強盗事件に関してこれ以上の情報はないと締めくくり、次の第二殺人――阿武戸先輩の事件の説明に移った。
「死亡推定時刻は15時30分から16時30分前後。現場には血の付着した金属バットが落ちてて、これによる撲殺ね。血痕の位置から見て、阿武戸先輩が窓を乗り越えて教室に入った瞬間にバットで殴ったんだろうって警察は推測してるわ」
――その死亡推定時刻は、ちょうど悲鳴が聞こえた時間と重なるから間違いはないだろう。
ユイさんはノートを見ながら続ける。
「それと栗栖先輩はあれから行方不明。自室に脱いだ学ランがあって、私服もなくなってたから、一度帰宅したあと自分の意思で着替えて失踪したと見られるわ」
「――俺とぶつかった後そのまま失踪となると、やっぱ栗栖が犯人で、例の人影もあいつだったのか……? 落とした呼び出しの手紙は真理亜が差出人になってたが、あんなもの簡単に偽造できるしな」
庵先輩がそう呟いたので、私はふと思い出して尋ねる。
「そういえば庵先輩……阿武戸先輩の下駄箱で見かけたっていう方の呼び出しの手紙も、同じ文面でしたか?」
「言われてみれば似たような感じだったな。――あ、それと言い忘れてたが『犯人に監視されているので、会うまではお互い知らんぷりしましょう』って一文もあったぜ」
――だとすると『犯人』に狙われた真理亜先輩が、共犯者の阿武戸先輩と対策を練るために呼び出したと考えるのが一応自然だが――。
庵先輩の言葉を聞いてリコ先輩が呟く。
「ふうん……強盗の共犯者同士で相談するために、真理亜が阿武戸を呼び出したってわけね。なら同時に呼ばれた栗栖もグルって事なのかしら?」
――まあとにかく、栗栖先輩が消えてしまった以上、いま一番重要な人物が真理亜先輩なのは間違いない。
同じ事を考えたらしいユイさんが、私達に向けて言う。
「真理亜先輩は今日学校が終わったら警察に出頭するよう求められてるみたいね。相手は中学生だし、容疑も今は手紙の署名と焼却炉の上履きの件だけでまだ決定的じゃないから、朝一から授業を放棄させてまで事情聴取はしないみたいだけど――アリバイもないから取り調べは長引くでしょうね」
――そう、真理亜先輩には阿武戸先輩殺害時のアリバイがなかった。昨日朝のホームルームの少し前に、父親が事故にあったと電話があり早退したのだ。結局その電話は嘘で、何者かの偽装だったのだが――。
「偽装電話って誰が何のためにかけたのかなー。……ひねり、わかる?」
いっきが私に話を振ってきたので、私はスフィーに聞いていた推理を代弁した。
「えーと、大まかには二つのケースが想定されるけど……まず一つ目は真理亜先輩が犯人である場合――偽装電話は真理亜先輩が自作自演でかけたっていう説。犯行準備や何かの目的を済ませる時間を作ったり、授業中も学園内を自由に動いたりするためにね」
「――なるほど、真理亜先輩が自分でかけた可能性もあるんだ」
話の切れ目にいっきが感心したように呟く。
「二つ目は真理亜先輩が犯人でない場合――真理亜先輩に罪をなすりつけるために、アリバイをなくすのが目的で偽装電話をかけたんじゃないかって説――今の所このへんが有力じゃないかな」
ユイさんが頷いて言う。
「まあそんなところでしょうね。――とにかく、真理亜先輩に直接話を聴かないことには始まらないわね。まだ来てるか分からないけど、教室に行ってみましょうか」
しかし真理亜先輩はやはりまだ登校していなかった。
私はひとりでここで待つ役を引き受け、他のみんなには聞きこみなどの捜査をしてもらう事にした。
「――あ、真理亜先輩!」
先輩が登校してきたのは予鈴が鳴ってからだった。もう始業時刻ギリギリだ。
だが案の定私の呼びかけは無視された。
――『案の定』というのは、真理亜先輩には既に朝電話をしていたからだ。先輩が第三の標的になっている可能性が高いので、早朝にも関わらず電話をしたが、結局何も話してはもらえなかった。
「真理亜先輩――」
先輩は無言で教室に入ってしまう。そしてすぐ本鈴も鳴ったので、私は仕方なく自分の教室に戻った。
それでも私は諦めず、各休み時間にもしつこく教室に通った。しかし私は明らかに避けられており、真理亜先輩は毎回授業が終わるなり、早々に教室から姿を消していた。
――そして放課後。
意地になった私は、ホームルームをサボって――というか六時間目最後の起立礼すらすっぽかして三年三組の教室まで駆けつけた。
ダッシュでたどり着いた私と、教室から真理亜先輩が出てくるのは同時だった。
「……負けたわ。答えるとは限らないけど、話くらい聞きましょう。――ただしこれから警察に行くから歩きながらね」
真理亜先輩は苦笑して言う。
二人で並んで廊下を歩きながら、私は回りくどい言い方はせずに核心をついた。
「ムツ先輩と阿武戸先輩、そして真理亜先輩は強盗犯なんですね」
「そうよ。私達三人が強盗犯」
意外にも真理亜先輩はさらりと告白した。
「じゃあ呼び出しの手紙を出したのも真理亜先輩――?」
先輩はそれには答えず、呟くように言った。
「阿武戸の奴ね、ムツが殺されたのは強盗事件の報復だって脅えてたのよ。その上、脅えるあまり私にまで助けを求めてきて……お笑いよね、『一緒に犯人から身を守ろう』だなんて」
先輩は悠々とした微笑さえ浮かべながらそう言った。
私は真理亜先輩にもっと危機感を持ってもらおうと、改めて忠告した。
「でも実際先輩は狙われているはずです。第一殺人がムツ先輩、第二殺人が阿武戸先輩――」
「そして第三殺人が『私』ってわけね」
「そうです。強盗殺人は全ての事件の発端となった、いわば『第零殺人』です。この『第零殺人』の犯人達こそが、第一殺人以降の被害者なんです。だから次は真理亜先輩の番――」
だが先輩は意外な答えを返してきた。
「忠告はありがたいけど、私はあの強盗事件の復讐だというなら、もう死も覚悟してるの。――事件後すぐムツと阿武戸とは手を切ったけど……罪悪感と手を切るのは不可能みたい」
「――真理亜先輩みたいな人が、どうして強盗なんてしたんですか?」
「言い訳になるけど……阿武戸が私を強引に誘ったの。ムツと二人だけで強盗をするのが不安で仲間を欲しがってね。私もあの頃は無気力で全てがどうでもよくて……他人に流されてばかりだった」
真理亜先輩は苦しそうな表情で首を振った。
「馬鹿だったわ。だからこれからは、もう他人まかせにして行動しないと決めたの。――あの人のおかげでね」
「あの人?」
「栗栖さんよ。あの人は私を支えてくれた。全てを知っても……」
――やはり栗栖先輩も強盗の件は知っていたのか……。
「――そういえば、栗栖先輩と交際を始めたのはいつからなんですか?」
私はふと尋ねる。
「先月。春休み前よ」
先輩は私に微笑みかけた。
「そう、つまり強盗事件の直後からね。――さあ、お話はここまでよ。ここを出たら何も話さないわ」
人目を避けるように歩いていた私達は、いつしか裏門に到着していた。
「待ってください! あの時の人影は、真理亜先輩だったんですか? それと焼却炉の上履きは?」
「……さあね。どうとでも考えればいいわ。私は警察にも黙秘を貫くつもりだから」
背を向けて校門を出ようとする真理亜先輩に、私はぽつりと言った。
「――もし私が、強盗の件を警察に通報したらどうしますか?」
先輩は足を止め、落ち着いた声で答える。
「好きにすればいいわ。私は自分の身を守るために黙秘するわけじゃないから、それは構わないの。これからは自分の意志で全てを決める事にしたから」
「……最後に教えてください。先輩達に――強盗犯に恨みを持つ人に心当たりは?」
「ないわ」
真理亜先輩は結局一度も振り向くことなく、ゆっくりと裏門から出ていった。
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