9 失われた『環』を求めて
スフィーとの相談を終えた私は、お風呂を済ませた後、リビングでソファーに座ってテレビを眺めていた。
スフィーは私の隣で眠ってしまったため、毛布に埋めておいた。
時間も遅くなり、そろそろ寝ようかと考えていた時、くりおが眠そうな顔でやってくる。
「お姉ちゃん、唯さんから電話だよ」
「ああ、ありがとね」
――おそらく何かわかったのだろう。ユイさんには、どんな小さな情報だろうと時間が遅くなろうと電話して欲しいと頼んでおいた。
「――もしもし、ユイさん?」
「ひねきち、大した事じゃないけど情報が入ったわよ。ムツ先輩の友達が何か知ってるらしいわ」
「ムツ先輩の友達って……無門学園の生徒?」
「違うけど、少し前までよくつるんでたみたい。ここ一か月くらいは顔も合わせてないみたいだから、事件とは関係なさそうだけどね」
「じゃあ何を知ってるのかな?」
「なんでもそいつ、『ムツが殺しをやらかした。俺はもうあいつにゃ関わらねえ』とか言って絶交したみたいね。ひと月ほど前の話らしいけど」
その言葉で一気に目が冴えた私は、勢いこんでその人の事を尋ねた。
――どうやらその人はムツ先輩と同い年で、名前は
「その寺枝さんってどこに住んでるかわかる?」
私の質問に、ユイさんは電話越しにも渋い表情が伝わってくるような口調で答えた。
「それがそいつ、不良仲間に寄生して家にすら帰ってないみたいなのよ。夜の繁華街をたまり場にして、いつもゲームセンターあたりにたむろしてるらしいわ。ほら、去年開店したあそこ――」
「ってことはその繁華街って、無門台駅の近くのだよね?」
「ええ、そうよ」
「ありがとう、今から行ってくる!」
「えっ!? ちょっ……」
私は即座に電話を切ると、部屋に駆け戻って服を着替えた。
そしてくりおに玄関の鍵をかけておくよう念を押すと、大急ぎで家を飛び出した。
私は自転車にまたがり、夜道を走って無門台駅を目指した。
「はあ……はあ……つ、着いた……」
さすがにちょっと飛ばしすぎた……。
この時間はガラガラな駐輪場に自転車を止めた私は、ユイさんが言っていたゲームセンターに向かって歩き始めた。
だがその途上、呼吸と興奮が静まるにつれて急に不安になってくる。
「勢いで来ちゃったけど、不良のたまり場なんだよね……」
……まあここは繁華街だし、まだ人はいるから大丈夫だよね。ちょっと話を聴くぐらい――。
そう考えていると、前方に目的のゲームセンターが見えた。
おそるおそる中に入ると、激しい騒音が私を出迎える。
私はまず店員の若い男性に、寺枝さんの事を尋ねた。
「ああ、それなら向こうにいるよ。あっちの隅に仲間と一緒にね」
そう言ってその場所が見える位置まで案内してくれたが、そこには何人もの怖そうな人がたむろしていた。
「――あ、一番右に立ってる彼がそうだよ」
指差したのは、茶髪で細身の男の人。
外見だけでいうなら怖いというよりはただのチャラチャラした人だが――。
しばらく迷った末、私は意を決して寺枝さんに近寄った。そして少し話ができないか尋ねてみる。
だがその瞬間、仲間達から一斉にからかいの声があがった。
「よっ、この女たらし!」
「寺ちゃんモテるねー! 俺にも分けて!」
そのヤジに気後れする私を見て、寺枝さんは優しい口調で言った。
「そう怖がるこたあねえ。――よし、じゃあ俺一人だけで話を聞いてやる。外に出ようぜ」
店外に向かう私達二人を、他の仲間はニヤニヤと見送った。
「――さて、それじゃ俺の根城で話を聞こうか」
外に出ると、寺枝さんが向かう方角を親指で指し示した。
「そ、それはちょっと……」
私は断ったが、寺枝さんはあごをしゃくって促した。
「まあとにかく歩きながら話そうぜ。ここじゃあいつらが茶々を入れに来るからな」
私は寺枝さんと並んで歩きながら、ムツ先輩の件について尋ねた。
「ああ、その話か。そうさ、ムツの奴は人殺しだよ」
「それ、本当なんですか……?」
私はまだ半信半疑だったので、その情報の出所について訊いてみた。
「出所も何も、本人がはっきりそう言ったんだ。ムツの奴が直接な」
寺枝さんの言葉に、私は驚いて聞き返した。
「えっ――ムツ先輩本人がそう言ったんですか?」
「俺もさすがに信じられなくて、阿武戸を少し脅かして確かめたから間違いねえ。あいつは一度ビビっちまえば嘘なんてつけねえからな」
「阿武戸先輩も知ってたんですか?」
「知ってるどころか、あいつも共犯者なのさ――ひと月前の強盗殺人のな」
強盗殺人――?
私は改めて寺枝さんに念を押す。
「本当に、ムツ先輩と阿武戸先輩が実際に強盗殺人をしたんですか?」
「そうさ。無門学園の近くで強盗殺人があって、前にニュースになっただろ?」
あ……そういえば、まだ犯人が捕まってないっていうあの強盗事件――。
「まさかあの二人が強盗犯だなんて――」
「いや、二人じゃねえぜ」
私のつぶやきを、寺枝さんが訂正した。
「あの強盗は三人でやったんだってよ。メンバーはムツ、阿武戸……それと、真理亜って女だ」
えっ――!?
「どうして真理亜先輩が……」
私が呆然と言うと、寺枝さんは――。
「まあ真理亜も一応あいつらの仲間だったからな。付き合いは薄かったし、学園じゃ関係を隠してたらしいが」
――色々と意外だったが、とにかくこれでリンクが繋がった。
『首盗り鬼』の標的にされているのが強盗犯ならば、まさにその強盗殺人こそが第一殺人と第二殺人を繋ぐ『
頭の中でそうまとめていた私がふと顔を上げると、いつの間にか人があまりいない方へ来ているのに気付いた。
「あの、寺枝さん……わ、私そろそろ――」
だが建物と建物の隙間にさしかかった瞬間、寺枝さんはいきなり私の口を押さえて素早く路地へ引きずりこんだ。
そのまま抱きかかえるように、通行人の目が届かない奥まで連れてこられて仰向けに押し倒される。
全てがあっという間に行われたため、私は事態が全く把握できなかった。
私は寺枝さんにのしかかられ、口をふさがれて地面に頭を押しつけられた。
「へへ、情報料をいただくぜ」
その言葉で私はやっと状況に気付き、大声を上げようとした。だが口をしっかりとふさがれて、うめくような声しか出せない。
私は必死に暴れて拘束を解こうとしたが、相手に馬乗りになられた上、頭を地面に押しつけられてはほとんど身動きが取れなかった。
「暴れても無駄だ。おとなしく――」
「とりゃあああああ!」
突然大きなかけ声が響き、寺枝さんの側頭部に回し蹴りが入れられた。
バランスを崩した寺枝さんは私の横に両手をついて四つんばいになった。
私が自由になった頭を持ち上げると、そこには回し蹴りを放った主――いっきの姿があった。続いてその後ろから愛子も駆けつけてくる。
「はっ!」
愛子は鋭い気合と共に、鉄パイプのような物で寺枝さんの背中を殴りつけた。さらにいっきが追い撃ちで顔面を蹴り飛ばす。
寺枝さんは顔を押さえながら、転がるように路地から逃げ出した。
「ひねり、大丈夫!?」
隣にしゃがんだいっきが、私の上体を抱き起こして心配そうに言う。
「うん、なんともない……ありがとう……」
どうにかそう答えたものの、急に涙がこみ上げてきた私は、思わずいっきにすがりついた。
「――あはは、なんだか彼女のピンチを救った恋人みたいだねー」
いっきが照れながら笑う。私も気恥ずかしくなって、涙をぬぐいながら体を離した。
「でも二人とも、どうしてここに――?」
私がそう尋ねると、目の前で膝をついていた愛子が答えた。
「唯さんから電話がありまして。大至急あのゲームセンターに駆けつけた所、店員さんがこちらの方角へ向かったと――」
いっきも大きく頷いて言う。
「うんうん、ひねりたちがゆっくり歩いてたおかげで何とか追いつけたね。ホント間に合ってよかったよ」
「――とにかく、ひねりさんが動けるなら早くここを離れましょう。他にもおかしな人達が近くにいましたし」
愛子がそう言った直後、路地の入口辺りから寺枝さんの声が響いた。
「よくもやってくれたな!――おいみんな、こっちだ!」
「あちゃー、もう来ちゃった……ひねり、愛子、逃げよ!」
いっきに促され、私達は路地の奥に向かって駆け出した。
そのまま先にある角を左に曲がり、前方に見える出口を目指す。
――だが次の瞬間、出口の所に複数の影が現れた。
「いたぞ!」
その声でそれが敵だと分かり、私達は足を止めて後ろを振り返った。
だがそちらからは、寺枝さんとその仲間達が迫っていた。
「挟まれましたね……」
愛子が眉をしかめて言うと、いっきは迷わず叫ぶ。
「強行突破するよ!」
そのまま真っ直ぐ出口にいる男達に突進するいっき。
「そりゃあっ!」
いっきは助走をつけて、先頭にいる男の腹に前蹴りを食らわせた。男がうめいて上体を前に折った瞬間、愛子がその左肩を鉄パイプで殴りつけた。
「うがぁっ!」
その男は悲鳴をあげて倒れたが、別の男が素早くいっきの左腕をひっつかんだ。
「このアマぁっ!」
そう怒鳴るやいなや、力任せにいっきをこちらへ投げつける。
「いっき!」
私は慌てていっきを受け止めた。
愛子はすかさずその男に殴りかかったが、今度は男二人がかりで応戦され、鉄パイプを奪われてしまった。
そのまま愛子もこちらに突き飛ばされて転倒する。
「愛子!」
私は手を貸して助け起こそうとしたが、その瞬間背後から首に腕を回されて手首を押さえられてしまった。
「――ここまでだ。お返しはたっぷりさせてもらうぜ」
私を押さえこんでそう呟いたのは、寺枝さんだった。
いっきもすぐに男二人に組み伏せられる。
私達三人は口をふさがれて地面に押し倒された。
「へへ……さて、それじゃ乱交といくか」
寺枝さんが、げびた笑い方をして言う。
中にはもうズボンを脱ごうとしている男もいた。
「――ぐあっ!」
その時、路地の出口付近にいた男が悲鳴を上げて倒れた。
全員が一斉にそちらを見る。
「うらぁっ、悪人は駆除だぁっ!」
「みんな! 助けにきたわ!」
現れたのは、木刀を持った庵先輩とリコ先輩だった。
二人は近くにいる男達を次々と木刀で倒していった。
――と、私を押さえつけていた寺枝さんが、逃げるか否か迷ったらしく、手をゆるめて体を起こした。
その隙を突いて、私は思いきり顔面に肘打ちを入れて寺枝さんをはねのけた。
「――みんな早く逃げて!」
リコ先輩の言葉に、拘束を解かれた私達三人は全速力で路地から逃げ出した。
やや遅れて、庵先輩とリコ先輩も男達を牽制しながら撤退してくる。
――だが結局、男達は追ってくる気配を見せなかった。
私達は安全な場所まで逃げ切ると、そこでやっと立ち止まって呼吸を整えた。
「みんな、助けてくれてありがとう――ひとりで暴走してごめんなさい」
私はそう言って深々と頭を下げる。
「うんうん、そうだね。暴走はしちゃダメだよ」
いっきが頷きながら優しく私をたしなめる。と、愛子も苦笑して言った。
「そうですね。暴走はいっきの専売特許ですものね」
――その時、遠くの方からユイさんが駆け寄ってくるのが見えた。
「――ちょっと、あんたたち! アタシを置いて逃げるんじゃないわよ!」
ユイさんは息を切らしながら抗議する。
「……唯さん、あの場にいたということは、まさか高みの見物ですか?」
愛子が冷ややかに言う。
「バカ言わないでちょうだい! いざとなったら警察に通報する役が必要でしょ!」
私も頷いてユイさんをフォローする。
「うん、そうだよ。それにユイさんがみんなを集めてくれたおかげで助かったんだから」
「……そうですね。それについては感謝します」
愛子がそう言って少しだけ頭を下げると、ユイさんは勢いよく鼻息を出して言った。
「――ふん。で、ひねきち……単独捜査の成果はあったわけ?」
私は頷いて、例の強盗事件についてみんなに説明した。
私の話が終わると、ユイさんが腕組みして言う。
「なるほど……まあこれからちょっと調べてみるけど、とにかく今は帰りましょ。もう遅いし」
庵先輩がすぐにそれに賛成した。
「ああ、俺も暴れまくったら疲れちまった。その件の捜査は明日だな」
私達はそのままひとかたまりになって帰途についた。
――こうやって無事に家に帰れるのが、こんなにもありがたい事だったとは。
私は途中で一人一人と別れる際に、改めてお礼を言わずにはいられなかった。
……そうして帰宅した私は、さらにスフィーにさんざん叱られたが――なんだかそれすらもありがたく感じてしまった。
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