8 ミッシング・リンク
警察署での長い取り調べが終わってようやく帰宅した私は、早速事件のあらましをスフィーに報告した。
話を聞き終えたスフィーが最初に発した言葉は――。
「現時点で一番考える余地があるのは、学ランに関してだな」
――あの後、焼却炉からはズボンも出てきたが、それらはやはりバドミントン部から盗まれたものだと判明した。
「学ラン? 阿武戸先輩殺しや逃げた犯人と比べたら、私には重要性が低いことのように思えるけど……」
私の言葉に、スフィーは意外にも同意した。
「そうかもしれん。だがわらわが言ったのは、今回の事件において現時点では学ランが最も推理の余地が多いという事だ」
「つまりスフィーはそこが一番怪しいと思ってるの?」
「そうだ。栗栖が落としたという呼び出しの手紙も怪しいが、それ以上に学ラン関係では不自然で怪しい点が多すぎる。それは即ち、それだけ犯人による偽装やトリックの余地が多いという意味でもある」
スフィーにそう言われ、私は学ランを使ったトリックについて考えてみた。
長い間必死に考え続ける私を、スフィーは面白い動物でも見るかのように鑑賞する。
そんな嫌がらせにも負けず、やがて私は一つの推理を導き出した。
「――例えば変装に使ったとか? つまり現場から逃げたあの人影は、女の人が男装してたんじゃ……」
あの時見えたのは背中だけだったし、犯人は目撃者が来るのを待ち構えて、わざと後ろ姿だけを見せたとも考えられる。
「うむ、よい推理だ。その可能性もあるな」
そう言いながら、スフィーはその可能性などさほど信じていないように見える。
「スフィーはこの変装説は違うと思うの?」
「そうは言っておらん。ただ疑問視しておるのは確かだな。後ろ姿だけ見せて逃走するのがこのトリックの要件である以上、男装したままの状態で逃げる事は避けられん。だがそれは余りにもリスクが高すぎる」
……よく考えてみたらそうだ。窓から逃げ出して以降、万が一にも誰かと鉢合わせる事は許されないのだ。
私が意味をのみこんだのを確認し、スフィーは続ける。
「とはいえ、すぐ近くの身を隠せる場所で素早く学ランを脱ぎ捨てれば実行は可能だな。わらわが変装説を疑問視する理由は、他にもう一つ不自然な点があるからだ」
「不自然な点って?」
「上履きだ」
私が意味をのみこめていないのを見て、スフィーは詳しく解説を始めた。
「真理亜の上履きが一緒に焼却炉に捨てられていた点が不自然なのだ。上履きに血痕はなかったのだろう?」
「うん。別に異常はなかったよ」
「ならそのまま履き続ければよいではないか。上履きと学ランが一緒に捨てられていた以上、当然真理亜が男装に使ったものと疑われるだろう。だが、自分の名前入りの上履きを必要もないのにわざわざ捨てるか?」
そう言われれば、栗栖先輩の手紙の署名にも真理亜先輩の名前が堂々と書かれていた。
「じゃあ、真理亜先輩はなすりつけられただけで犯人じゃないってこと?」
私の問いにスフィーは首を振る。
「それはわからん。まだ判明しておらぬ理由があって捨てたのかもしれんしな。まだこの段階では何に関してであれ決めつけはできん。変装説とて、上手いやり方が見つかれば一気に有力な犯行方法となるからな」
――結局、あの人影が男なのか女なのかすら分からないままということか――。
少し間を置いて、スフィーがぽつりと言う。
「つまるところ、今回の事件における最大の疑問は二つだ。一つ目が『逃走した人影の正体』――そして次が『第一殺人と第二殺人の繋がり』だ」
「繋がりって? 犯人は同じ『首盗り鬼』でしょ?」
今回は切り落とす暇がなかったためか、首は残ってたけど。
「繋がりとは『犯人』という意味ではない。『動機』や『関係』のつながりだ」
スフィーの言葉に私は首をかしげる。
「うーん……もう少し具体的に説明して欲しいんだけど……」
「例えばムツと阿武戸には『不良仲間』という繋がりがある。むろん、これも殺害動機に関わっている可能性が高いが……どうもまだ判明していない『隠れた変数』があるように思えてな」
スフィーが全然具体的に聞こえない言葉まで持ち出して説明を続ける。
「これほどの殺人を行い続けるとなると、明確かつ強力に動機に直結する『本当の
「……要するに、ムツ先輩と阿武戸先輩が恨まれた理由ってこと?」
「限定的すぎる言い方だがまあそうだ。その二人の間にある、事件が起きるきっかけとなった繋がりだな」
連続殺人の直接的原因になるような『
「わらわがなぜそれを知りたいかと言うと、その『
「あ、そうか――現場に残されてた『あと一人』ってメモの事だね」
「そうだ。あのメモがある以上、無差別とは思えん。『あと一人』というのが誰なのか――それさえわかれば、次の殺人を未然に防いだり、犯人の正体が見えやすくなるからな」
第一にムツ先輩――第二に阿武戸先輩――そして第三に、『首盗り鬼』から『あと一人』と指名された最後の人物――。
それは一体誰なのだろう?
その第三の人物も殺されてしまうのだろうか?
「いやいや――」
私は小さく呟き、大きく首を振って不吉な考えを打ち消す。
ムツ先輩と阿武戸先輩に繋がりのある人物なのはわかっているのだ。探偵部のみんなで探し出せばいい。
――もう誰も死なせたりしない。絶対に殺人なんて防いでみせる。
私は心の中で、そう強く誓った。
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