6 隠れ鬼

 翌日の早朝、私達探偵部員はかなり早めに登校し、部室に集合した。

 警察の現場検証はすでに終了しており、侵入禁止の標識テープ――黄色い『KEEP OUT』のアレ――は取り外されていた。

「別にここで殺害や死体切断があったわけでもないし、現場保存の必要もないと判断したらしいわね」

 と、ユイさんが説明する。

 ユイさんによると、警察は生徒達に与える影響を考えて、早急に現場の調査を済ませて撤退したらしい。

「で、鑑識結果だけど――状況が覆るような新発見や不審な点は一つもなし。犯人どころか生首を置いた方法すら謎のままね」

 ユイさんの報告にいっきが鼻息を荒くして言う。

「となるとこれは完全に不可能犯罪だね! 犯人はやっぱり『首盗り鬼』なのかな?」

「いつきち、馬鹿な事言ってんじゃないわよ。そんなもの実在するわけないでしょ」

 ユイさんが呆れ半分、不安半分といった感じで否定する。

「ならタダさんは、普通の人間にこんなことできると思うの? どう考えたって、やっぱ無理でしょ」

「そ、それはそうだけど……でも実際に行われた以上、方法はあるのよ」

 返答に困るユイさんをいっきが追撃する。

「えー? じゃあどんな方法があるの?」

「そんなの知るわけないでしょ! でもたとえ見つからなくたって、真実はそこにあるのよ!」

「おっ、タダさんいいこと言うねー! ならその隠れた真実を見つけるために、みんなで推理大会といこうか!」

 いっきが突然そんなことを言い出し、みんなに口を挟む暇も与えぬまま自らの推理を披露し始めた。

「あたしはねー、犯人はやっぱり瞬間移動できるんだと思うな」

 思いきり私と同じてつを踏むいっき。

 ユイさんはため息を吐いて言った。

「あのね……そんな馬鹿な推理をするのはあんたぐらいよ」

 そんな馬鹿な推理をした一人である私は、決まりが悪くなって話をそらそうとした。

「あはは……ユイさんはどんな人が犯人だと思う?」

「そりゃ、ひねきち……あんたしかいないでしょ」

「えっ、私!?」

 ユイさんは力強く頷いて言う。

「部室を一番最後に出て、しかも事件直前にも一度戻ってきてる。何か細工するのが一番簡単な立場よ」

 そう言われると、確かに疑われても仕方ないんだけど……。

「――ですが、ひねりさんに動機があるとは思えませんが。しかもわざわざ自分に疑いがかかる状況で、自分の部室に首を晒すなんてナンセンスです」

 愛子のフォローをユイさんが一蹴する。

「この場合、犯行の機会こそ重要なのよ。実行可能だったっていう事実が大事なんだから」

「実行可能という話だけでいいのならば、唯さんも有力な容疑者ですが」

 愛子の指摘に動揺するユイさん。

「わ、私は事件前後は部室にいなかったじゃない」

「見慣れた部員のことですから、誰の印象にも残らないように部室に戻るなどたやすい事です」

 涼しい顔で言った愛子を、ユイさんが立ち上がって指差す。

「だったら愛公こそ最有力容疑者でしょ!」

 ああ、スフィーの推理通りみんなが互いに疑心暗鬼に……。

 ……まあ、本気で疑い合ってるわけじゃない事はみんなわかっているはずだ。

「まあまあ、私はみんなを信じてるよ」

 私がそうなだめると、いっきも負けじと胸を張る。

「あたしだってみんなを信じてるよ」

 愛子も静かに微笑んで言う。

「私も唯さん以外は信じています」

「アタシはあんたたちなんか信じてないわよ」

 ――そうは言うが、ユイさんも本当に私達を疑っていたらこんな早朝から来てくれないだろう。

 とりあえず私は内部犯以外にも犯行が可能である事を示すため、生首を事前に部室に隠していた可能性について説明した。

「……なるほど、それなら部員じゃなくても犯行は可能ね。だけど――」

 ユイさんは室内を見回して言葉を続ける。

「見ての通り、かさばる物を隠せる場所なんて部室内にはどこにもないわね。部屋に入った瞬間どうしても目につく所ばかりだし、あの時は人間の首が入るような荷物も一つもなかったわ」

 ユイさんは記憶をたどるように考えこみ、やがて言った。

「もし隠せるとしたら資料室くらいだけど、そこは直前にアタシたち全員でファイルを探して歩き回ったし、首を隠す余地なんてなかったわね」

 そういえばあの時は、聞きこみする人をピックアップするためにみんなで部屋の隅々までうろついたんだった。

 私も改めて思い出してみたが、確かに資料室に隠してあった可能性はないだろう。出入りのたびにきちんと施錠もしていたし。

 頭の中でそう確認した私は、再びユイさんの説明に耳を傾けた。

「盲点になりそうなのは棚の上くらいだけど、当然そこも鑑識が調べたわ。ホコリの積もり具合から見ても最近物が置かれた形跡はないそうよ。――あ、それから天井裏も使うのは無理だったみたいね。警察も真っ先に疑って調べてたけどね」

 ――結局、部室にも資料室にも生首を隠すなんて無理だったって事か。

 となると、やはりスフィーの推理通り隣の部屋にいた人が怪しいことになる。

 私はその推理をみんなに説明した。

「そっか、その手があったか! よっ、ひねり天才!」

 いっきの合いの手になんだか後ろめたくなる。推理したのはスフィーなんだけど……。

 ユイさんも腕組みして、感心しながら言った。

「なるほど、それは盲点だったわ。あの時部室の隣にいたのは、三年三組の『稗田ひえた 真理亜まりあ』ね。廊下に立って部室を向いた状態で左側――つまり資料室を挟んだ向こうの部屋にひとりでいたそうよ。そしてその反対側、部室の右の部屋には――」

 ノートを確認していたユイさんが一瞬絶句する。

「……『布手ぬので いおり』。同じくひとりで部屋にいたみたいね」

「え、布手って――この前来た、あの庵先輩?」

 私の問いに頷くユイさん。

「そうよ。一度庵先輩にはしっかり話を聞かないといけないわね。……ああ、それと一応言っておくと、他に人がいた教室は全て四人以上在室してたわ。出入りした人はいなかったらしいし、そっちはさすがに事件には関係ないでしょうね」

 確かに共犯で生首を置いたり、見て見ぬふりをしたと考えるのはいくらなんでも無理がありすぎる。どんなに親しい仲でも、猟奇殺人となれば許容範囲を超えるだろう。

「よし、それじゃまず庵先輩を問い詰めに行こうか! あたしたちを裏切った罪は重いよ!」

 いっきが力強く立ち上がる。

 ――別に裏切ったと決まったわけじゃないけど……まあ最優先で話を聞かないといけないのは確かだ。

 私達四人は勇んで庵先輩の教室に向かった。

 ――だが教室には庵先輩どころか、猫の子一匹いなかった。

「……そういえばまだかなり時間が早いし、そりゃ登校してないよね……」

 私は拍子抜けして呟く。

 私達はそのまま、もう一人の容疑者である稗田真理亜先輩の教室に向かった。

 だが……案の定そちらにも誰もいなかった。

 私達は仕方なく一度部室に帰還した。

「庵先輩と稗田先輩の聴取はとりあえず後回しね。この二人の目撃情報も含めて、念のためもう一回運動部員への聞きこみをやりましょ。昨日活動してた部はみんな朝練してるはずだから、あの時現場付近にいそうな運動部を全員で分担して当たるってことでいいわね?」

 ユイさんのその提案に従い、私達は各自聞きこみに向かった。

 自分の分担をメモし終えた私は、一番最後に席を立った。

 部室から出ると、まずは向かう先である廊下の左側に視線を送る。

 廊下の突き当たりには外へと続く扉があった。そちら側が私の分担であり、体育館、柔剣道場、運動部の部室などが集まっている方面だ。

 一方、反対側となる右の廊下の突き当たりは校庭に続いているため、ここは運動部員の通り道になっていた。

「えーっと……じゃあとりあえず女子剣道部からかな」

 左の突き当たりから外に出た私は、まず剣道場に向かった。

 入口が開け放してあったので、私はおそるおそる剣道場の中を窺う。

 ――中では女子剣道部員が激しい稽古をしている最中だった。女子は声が高い人が多いので、空気を切り裂くような甲高いかけ声で耳が痛くなる。

「練習の邪魔しちゃ悪いかなあ……でも聞きこみはしなきゃ」

 私はかけ声にかき消されて誰にも届かぬ挨拶をすると、そっと上がらせてもらった。

 そして近くに同級生の部員がいるのを見つけ、聞きこみをしても大丈夫かこっそりと尋ねた。

「うーん、部長の許可がないと無理かなあ。――ほら、あそこにいる人だよ」

 その部長は、髪を短く刈った精悍な顔つきの女子生徒だった。左手に竹刀を持ったまま、厳しい目つきで部員達の練習を見つめている。

 ――と、その部長が突然、つばぜり合いから尻餅をついてしまった部員を怒鳴りつけた。

「こらそこ! そんなザマだから敵地で恥をさらすのよ! とっとと立ちなさい!」

 私はその迫力にひるんで思わず呟いた。

「な、なんか怖い人みたい……あの人に許可をとるの?」

「まあいつもは優しいんだけどね。ただ昨日練習試合に行って、私達ボロクソに負けちゃったから」

「なるほど、それで機嫌が悪いんだ」

 私は嫌がる同級生を拝み倒して、何とか部長をこちらに呼んでもらった。

 ゆっくりと歩み寄ってきた部長に圧倒されながらも、私は改めて彼女を観察する。

 ――身長は160センチくらい。袴姿がスレンダーな体によく似合っていた。美人だが男らしい――と言っては失礼か――とにかく凛々しい女の人だった。

 目の前まで来た部長は、私に向けて開口一番――。

「あなた何? 今は稽古中よ」

 私はびくびくしながら自己紹介を済ませた。

「――そう。私は三年三組の大暮おおぐれ 璃子りこ。女子剣道部の部長をやってるわ。それで日根野さん、何の用なの?」

 私はここで聞きこみをしてもいいかどうか、おそるおそる切り出した。

「――いいわ。ただし稽古の邪魔をしないようにね。休憩してる子になら話を聞いても構わないから」

 部長は意外にも簡単に許可を出し、あっさりときびすを返した。

 私はお言葉に甘えて、まずさっきの同級生から聞きこみを始めた。

「私は何も見てないわ。――というか、そもそも昨日は近くの中学校で練習試合をしたから、事件の少し前にはもう剣道部員はみんな学園を出てたと思うんだけど」

「あ、そうなの?」

「うん、見学もさせてもらうためにかなり早めに出発したの。校内に残って活動してた部員は誰もいないよ。だからこの中に何か目撃した人なんて一人もいないと思うけど」

 じゃあここで聞きこみしても無駄か……。

 私は諦めて次の場所に向かおうと、同級生にお礼を言って立ち去りかけた。

 ――だがその途中、入口から学ランを着た男子生徒がのしのしと入ってきた。さっきの部長と身長のさほど変わらない、男子にしては背が低い人だ。

 しかしその貧弱な体とは裏腹に、髪を金色に染めて肩まで伸ばし、歩くのにさえ威嚇的な動作をしている。少し童顔な小顔ながら常に表情を凄ませた、一目でわかる不良だった。

 私はあわてて道を空けたが、その人は進路を変えて私の前に立ちはだかった。

「おい、てめえが探偵部の奴だな?」

「え、その……」

 私が否定しないのを見て、その人はいきなり声を荒げた。

「コラ、てめえがムツを殺したんだろ!?」

「ち、違います!」

 突然の因縁に動揺し、私はぶんぶんと首を振る。

「とぼけるな! ムツの首がてめえの部室にあったそうじゃねえか!」

「そうですけど――私が殺したわけじゃありません……」

「だとしても何か知ってんだろ!? 無関係なのに部室に首が置かれるわけねえだろうが!」

 私がそれに答えるより早く、駆け寄ってきた部長が金髪の男を怒鳴りつけた。

「いきなり入ってきて何をわめいてるの!? とっとと出ていきなさい!」

「うるせえ! てめえには関係ねえ!」

「ここは道場なんだから関係あるわ! 土足でずかずか踏みこんできて勝手な真似は許さないわよ!」

 怒りの形相で、持っていた竹刀を金髪の男の喉元に向ける。

 そのまま今にも打ちかからんとする構えを見せ、じりじりと間合いをはかった。

「くっ……このままじゃ済まさねえぞ!」

 その迫力に気圧され、金髪の男はあわてて外に逃げ出した。

 私は安堵のため息とともに部長に尋ねる。

「ありがとうございます。あの人は一体誰なんですか?」

「三年の阿武戸あぶと 輩由ともよしよ。ムツの腰ぎんちゃくだったの。でもあいつ自身は虚勢を張ってるだけの、単なる小心者だわ」

 阿武戸先輩か……いくら臆病とはいえ、嫌な人に目をつけられたものだ。

 私はもう一度部長にお礼を言って道場から立ち去ると、また阿武戸先輩が来ないか気をつけながら聞きこみを続けた。

 さいわいその後は何事もなく聞きこみを終え、私は再び部室に戻って結果を報告しあった。

 ……と言っても、誰も成果はなかったのだが。

「そういえば、先程稗田先輩が登校してくるのを見かけましたよ」

 愛子のその報告に、いっきが色めき立った。

「よし、いよいよ犯人を追い詰める時がきたね!」

 早まったいっきは、みんなの同意も取らずそのまま部室を飛び出した。私達も急いでそれを追う。

「いたいた、獲物がいたよ」

 狩人と化したいっきが、稗田先輩の教室を覗いて私達に呟いた。

 私も中を覗くと、そこには写真で確認した稗田先輩の姿があった。写真で見た通り、長い黒髪を後ろで束ねた、痩せていかにも儚げな人だ。

 稗田先輩は席についたまま、傍に立つ男子生徒と話をしている所だった。教室にはその二人以外まだ人はいない。

 いっきでは何を言い出すかわからないので、みんなで相談の上私が代表で話を聞くことになった。

「――先輩方、失礼します」

 私はそう挨拶して、先頭を切って教室に入った。

「あの、お話中すみません。ちょっと聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

 稗田先輩が了承したので私達はまず自己紹介を済ませ、それから質問を始めようとした。

「あの、稗田先輩――」

 私がそう切り出すと、先輩は少し眉をひそめた。

「その名字は嫌いなの。真理亜と呼んでちょうだい」

「わかりました。では真理亜先輩――昨日の事件当時、部室の隣にいた理由をお聞かせ願えますか?」

「ちょっと待ってくれ。まさか君達、例の探偵部ってやつかい?」

 その時、真理亜先輩の隣にいた男子生徒が口を挟んだ。いかにも真面目そうな、落ち着いた感じの人だ。

「いえ、新聞部ですが……」

「同じことじゃないか。――ああ、僕は栗栖くりす 文定ふみさだ。このクラスの委員長で、彼女の恋人だ」

 栗栖先輩は真理亜先輩を守るように私との間に体を入れ、さらに続けた。

「非合法部の質問に答える必要はない。悪いが帰ってくれ」

 警戒感を隠そうともしない栗栖先輩を、真理亜先輩が後ろからなだめた。

「私はかまわないわ。――昨日部室の隣にひとりでいたのはね、この人と待ち合わせしてたからなの」

「どうして同じクラスなのに、あんな場所で?」

 ぶしつけな質問かとも思ったが、聞いておかなきゃいけない。

「この教室だと、残ってる同級生達に冷やかされるから。彼の委員会の用事が終わるまで待ってたの」

 真理亜先輩は気分を害した様子もなく、物憂げに答えた。

「待っている間、何か目撃したりおかしな事があったりしませんでしたか?」

「――ないわ」

 にべもなく答える。

 そこへ栗栖先輩が口を出した。

「さあ、もういいだろう。僕等は君達に疑われるいわれはない。むしろ君達の方がよっぽど怪しいんだから」

 私達は栗栖先輩に追い立てられるように教室を出た。仕方なくそのまま部室に帰還する。

「あれ……庵先輩?」

 部室の前に立ち尽くす人影を見て、私は呟いた。

「よう、待ってたぜ」

 庵先輩が私達を見てにこやかに言う。

「えーっ? 庵先輩、まさか自首?」

 いっきがいきなり失礼な事を言う。

「ひでえな、俺は容疑者扱いか……。自分じゃ探偵のつもりなんだけどな」

 私はとにかく庵先輩を部室に招き入れ、話を聞くことにした。

 部室に入ると、私達は庵先輩とテーブルを挟んで向かい合った。

「庵先輩、昨日の事件当時、どうしてここの隣にいたんですか?」

 私が取り調べを開始すると、庵先輩はテーブルに両肘をついて身を乗り出し、打ち明け話でもするような口調で話し始めた。

「へへ、俺の捜査のおかげで重要なネタを握ったからさ。昨日はそれをおまえ達に教えてやろうと思って待ってたんだ」

「重要なネタ?」

 私が食いつくと、先輩は得意そうに言う。

「ああ。ムツの舎弟しゃていに阿武戸って奴がいるのは知ってるよな? あいつが怪しいぜ」

 ――阿武戸って、さっき私に因縁をつけてきた人か――。

「どうしてそう思うんですか?」

 私が訊ねると、庵先輩は――。

「昨日の朝、探偵部の助っ人を断られただろ? あのあと俺は、登校してきた阿武戸が下駄箱に入ってた手紙を読んでるのを見かけたんだ。で、もちろん俺はこっそり背後から近寄って覗いたよ。差出人までは見えなかったけど、どうも今日の放課後にあいつを呼び出す手紙らしかった。阿武戸の奴、すぐ俺に気付いて手紙を握りつぶしたから、待ち合わせ場所はわからなかったけどな」

 阿武戸先輩を呼び出す手紙か――。

 私が考えこんでいると、いっきがいたずらっぽく口を挟む。

「でもそれってもしかして、ラブレターじゃないかな。それか果たし状か」

 ――まあ確かに手紙が事件に関係あるかどうかは断言できない。

 だが庵先輩はいっきの言葉に反論した。

「だけど、俺に手紙を覗かれたと気付いた阿武戸の奴、明らかに不自然な態度――怒るどころか、脅えたような態度だったんだよな。『まさかてめえが……』とか言いかけて逃げ出しちまうし」

 ……そう言われれば私の時も、阿武戸先輩は怒鳴りながらもどこか脅えたような、追い詰められているような感じがした。

「それで俺、おかしいと思って昨日の休み時間はずっと隠れて阿武戸を観察してたんだ。その結果、あいつやっぱり何かにやたら脅えてるんだよ。神経過敏っていうか……明らかに挙動不審だったぜ」

 ――なるほど。阿武戸先輩はムツ先輩ともかなり親しいし、事件に関係している可能性は高いかもしれない。しかも事件後の態度がおかしいとなれば、調べてみないわけにはいかないだろう。

「――というわけで、俺はこの情報を伝えようと思って昨日の放課後ここに来たのさ。けど俺が部室を覗いた時にはもう誰もいなくて……部員不在時は立入禁止だって言ってたから、隣の部屋で待ってたんだ。でも時間つぶしで探偵小説を読んでる間に、すぐ隣で生首が置かれるなんてとんでもない事件が起きてて、ほんと驚いちまったぜ」

 私は一応納得し、さらに訊ねる。

「それで事件当時、何かおかしな事はありませんでしたか? 誰か廊下を通るのを見たとか……」

「うーん、読んでた小説に完全にハマっちまってたからなあ……多分ナマハゲが包丁と生首持って通ったって気付かなかったと思うぜ」

 ――と、その弁明の途中、部室の扉がノックされた。

「どうぞ」

 愛子の招き声に応じて入ってきたのは女子剣道部の部長、大暮璃子先輩だった。

 大暮先輩は庵先輩の姿を見るなり、驚いた顔で言った。

「あれ、庵。あんた弓道部の朝練はどうしたの?」

「ちっ、リコかよ。今はそれどころじゃないだろ?」

 どうやら二人は知り合いらしく、とても親しげな様子だった。

「――ああ、こいつは俺の幼なじみなんだよ」

 庵先輩が私の物問いたげな視線に答えた。

 大暮先輩はその言葉に頷くと、私に向かって言った。

「あれから阿武戸の奴がまた因縁をつけに来てないか心配で見にきたの。大丈夫だった?」

「はい、大丈夫です。気をつかっていただいてありがとうございます、大暮先輩」

「ああ、リコでいいわよ。下級生部員もみんなそう呼んでるし」

 その時、庵先輩がじれったそうに口を挟んだ。

「なあ、それで今日の放課後、当然阿武戸の奴を尾行するんだろ?」

「え、なにそれ?」

 リコ先輩が興味をひかれたらしく、ずいと身を乗り出す。

 私はリコ先輩に、阿武戸先輩が放課後何者かと待ち合わせをしている件について説明した。

「ふーん……もしそれが事件に関係する事なら、さすがにあいつを締め上げたって白状するわけないでしょうね」

 リコ先輩はそう呟いて、考えるそぶりを見せた。

「それでだな――」

 庵先輩は目を輝かせ、イキイキとした顔で切り出した。

「俺も阿武戸の追跡に協力したいんだよ。あいつを見失わないためにも、人手は多いほうがいいだろ?」

 この機に乗じて、再び協力を申し出てくる庵先輩。

「俺が容疑者だなんてぬれぎぬを晴らすためにも頼むよ。な?」

 手を合わせる庵先輩を横目に、私達探偵部員一同は互いに顔を見合わせた。

 ――みんなの表情を見る限り、特に反対意見はないようだ。愛子も『仕方ないですね』と言う顔をしている。

「――わかりました。ただ……まだ『仲間として』とはいきませんよ?」

 私のその返事を聞いて、庵先輩はさらに顔を輝かせた。

「ああ、わかってる。あくまで部外者として手伝わせてもらうぜ」

 そのさまを面白そうに眺めていたリコ先輩が、腕組みして言った。

「あんた捜査を手伝う気なんだ、ふーん……。まったく探偵かぶれにも程があるわね」

「うるせえな、おまえには関係ねえだろ」

 そう突っぱねられたリコ先輩は、少し考えて言った。

「――なら私も協力するわ。あの事件のおかげで放課後の部活動は自粛だし、人手が必要なら私も手を貸すから」

「おいおい、なんでおまえまで――」

 庵先輩が異論を唱えたのをきっかけに、二人は言い争いを始めた。

 ……なんだかんだ言って、二人とも仲がいいようだ。

 ――ともあれ、あの恐い阿武戸先輩と対する事になる以上、上級生がいた方が心強い。

 愛子、いっき、ユイさんと協議の末、リコ先輩も協力してくれるというならしてもらおうという事で話はまとまった。

 まずは阿武戸先輩の待ち合わせ場所を突き止めて密会現場を押さえようと、私達は授業が終わりしだい集合する約束を交わした。

「あれ、もうこんな時間だよ!」

 いっきの叫びで時計を見ると、いつの間にやら今にも予鈴が鳴る時刻だった。

 しかし愛子は慌てた様子もなく呟く。

「そういえば今朝はあの事件のせいで、体育館で臨時集会でしたね」

 その言葉を解散の合図に、私達は急いで部室を出た。

 だがそれと同時にチャイムが鳴り響く。

 私達は予鈴の音に追いかけられるように、全速力で体育館へと走った。

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