5 生首講義
「捕らえるって言ったって……一体どうするの?」
私がそう尋ねると、スフィーは真剣な表情になって言った。
「もちろんその前に、今回の犯行の方法を明らかにせねばならん。まずそこを推理する――それが始まりだな」
私は首をかしげて言う。
「推理ねえ……推理なんてできるの? 私には犯行自体不可能に見えるけど」
「……少しは自分で考えてみろと、前に言ったではないか。ある程度の情報さえあれば、いかなる不可能状況でも推理は可能だ。――当たっているか否かは別にしてな」
「どう推理すればいいの?」
「仕方ない奴だな。ならとりあえずポイントをしぼって推理しろ。最大の問題は、生首をどうやって置いたか、だ。しかもひねりがいったん部室を去って戻るまでの短い間にな」
私は腕組みして考えたが――。
「まずそれが無理だよね。不審者は目撃されてない、でも目撃されずに置くのは不可能――こんな状況でどうやって運んだのかな……」
うなりながら推理する私を、スフィーはニヤニヤと眺めるばかりだ。
うーん……まさか透明人間とか?
――けど、生首まで透明にはならないよね。なら瞬間移動でもしたとしか考えられないか……。
私がうっかりそんな推理を呟いたため、スフィーは無表情になって言った。
「……実に見事な推理だな」
それがイヤミであることくらいは私にだって推理できる。
「ひねり、誰がそんな『お笑い推理』を披露しろと言った」
スフィーの言葉に私はムッとして言い返す。
「じゃあスフィーの推理はどうなの? 当然『お笑い推理』なんかじゃないんだよね」
「うむ、もちろんだ」
スフィーは自信満々に言い放つ。
……本当にそんな推理あるのだろうか。
「だって私の言った通り、瞬間移動でもできない限り姿を見られずに生首を置いて消えるなんて不可能でしょ?」
「別に姿を見られても構わんではないか」
「え……」
「つまるところ、皆の印象に全く残らねばよいのだ。もし目撃者全員の記憶から消えられたならば、それは姿を消したのと同じ事だからな」
――ああ、前にスフィーから聞いた『心理的透明人間』ってやつか……。
スフィーはさらに続ける。
「ゆえに犯人は学園関係者だろう。校内は現場付近以外にも人が多く、まず途中で誰かと鉢合わせてしまう。そうなっても自然にスルーされる立場の人間でなければそもそも無理だからだ」
――確かに生徒が犯人なら、通行人を装っている限り全く人目は集めないだろう。あの時は廊下に人もとどまっていなかったし、通行人も少なかった。廊下に誰もいない時を見計らえば、部室にも簡単に侵入できる。
だけど最大の問題は――。
「肝心の生首はどうするの? そんなもの抱えたまま校内をうろつけないでしょ」
袋や箱に入れたって、そんな大荷物を持って移動してたら普通印象に残るはずだ。
「それはもっと簡単な方法があるではないか」
スフィーはあっさりそう言う。
「簡単って、どんな?」
私が身を乗り出して尋ねると――。
「――ひねり、部室と資料室の鑑識結果はどうだった?」
いきなり話をはぐらかすスフィー。
「それはまだだって電話でユイさんが言ってた。――何が知りたいの?」
スフィーはニヤリとして言う。
「首を隠した痕跡だ」
……あっ、そうか!
「人間の首などという運搬に窮する物は、わざわざ持ち運ばずとも事前に部室に隠しておけばよい」
その推理で私の疑問は一気に晴れた。首だけ前日の夜にでも部室に隠しておけば、当日は何も持たずに校内を移動できるのだ。
「もし鑑識によって首を隠した痕跡が見つかったなら、話は簡単だ」
スフィーのその言葉の意味を察し、私は勢いこんで言った。
「犯行方法がはっきりするよね。犯人が目立つ物を持たずに、一生徒として廊下を通り抜けるだけなら印象になんて残らないし」
スフィーは頷き、後を続けた。
「その通りだ。他の通行人がいない隙に手ぶらで廊下に入り、人目がないのを確認して部室に忍びこむ。あとは隠し場所から生首を引っ張り出せば終わりだ」
――確かにこれなら短時間でできる。
「問題は痕跡がなかった場合――つまり部室に隠さなかったケースだな」
スフィーが意外な仮説を持ち出したので、私は驚いて尋ねた。
「『生首を事前に隠してなかったケース』なんてありえないでしょ? 人の多い校内で、見つからずに生首を持ちこむなんてやっぱり無理だよね」
だからこそスフィーはあの推理をしたのだ。
「無理とは限らん。『決めつけ』は推理には厳禁だぞ」
言ってる事がコロコロ変わるスフィーに私は反論する。
「だって堂々と生首を持ち歩く方法なんてないんじゃ――」
「なら持ち歩かねばよいではないか」
「……部室には隠さず、自分は手ぶら、って――それじゃテーブルに置くべき生首がないでしょ?」
「隠すだけなら、他の部屋でも構わんだろう?」
あ……。
「例えば、両隣のどちらかの部屋とかな」
……そう言われれば、それくらいの距離なら運ぶのは簡単だ。
「明日、部室に近い教室にいた者を念入りに調べろ。首を隠し持っていた可能性がある」
スフィーは私にそう指示する。
――確かユイさんの情報によると、事件当時ほとんどの教室に人がいたそうだ。空いていたのは、部室から最も遠い二部屋だけだったらしい。
「うん、わかった。これで捜査の方向性が決まったね。……ところでスフィーはどっちの方法をとったと思うの? 部室に隠したのか、近くの教室に隠したのか――」
「あるいはどちらの方法もとっておらぬかもしれんぞ。今の推理は、最も犯行が容易と思えるやり方の一例を挙げたにすぎん」
「……それって、いい加減な思いつきを言ってただけって事じゃ……」
スフィーはムッとした顔で反論する。
「いい加減ではない、思考が柔軟なのだ。しかもひねりごときに『思いつき』呼ばわりされるとは心外だ。わらわのはおぬしの『お笑い推理』と違って、合理性や論理性に基づいた『推理』なのだ」
……まあ確かに瞬間移動しか思いつかなかった私が言えた義理ではないが……正直スフィーだって、のらりくらりと仮定を弄んでいるようにしか見えない。
が、あまりヘソを曲げられても困るので一応謝っておいた。
「――それにしても、こんな事をする犯人って一体誰なのかな……」
ふと口をついて出たひとりごとに、スフィーがけろりとした顔で答えた。
「いかなる方法をとったかはともかく、まず最有力容疑者はひねりだな」
「……そうじゃなくて、実際にどんな人が怪しいかってこと」
「怪しいのは部員全員に決まっておろう」
「――って、みんなはそんな事しないに決まってるでしょ!」
私は少しきつくそう言ったが、スフィーは無頓着な様子で――。
「しないと決まってなどおらん。犯人は誰でもありうるのだ」
「探偵部のみんなは信用できるよ。こんな状況でも唯一信頼できる味方なんだから」
私がそうかばっても、スフィーはなおもぶつぶつと疑い続けた。
「……スフィー、さすがに怒るよ?」
軽く睨むと、スフィーは真剣な顔で私を見返してきた。
「ひねり、これは真面目な話だ。それが一番簡単なのが解らぬか? 自分の部室に向かう部員など、見かけても誰も気には留めぬだろう。しかも鍵を持っておるゆえ、前日の夜に部室に忍びこんで首を隠すのもたやすい」
その推理にも、私は自信を持って首を振る。
「ううん、私はみんなを信じるよ」
「本来なら善良な者であっても、呪いにかかれば本人の意志はねじ曲げられ、道を誤るのだ。誰であれ、例外はない」
「それでも私はみんなを信じる」
力強く断言する。
「ひねり……物を考える時はもう少し柔軟にだな――」
「信じる」
根負けしたらしいスフィーがため息を吐いた。
「……仕方がない。ではおぬしには他の推理を展開してやるとしよう」
「うん、もうみんなが犯人だなんて言わないでね」
心から納得したわけではないだろうが、スフィーはそれ以上部員への疑いは口にしなかった。
私も本気のケンカなんてしたくないので、そこで話を変える。
「ねえ、そもそも犯人はどうして首なんて切ったりしたのかな?」
「ああ、そうか。それでは一応、一般的に考えられる首切りの理由も挙げておくとしようか」
そう言ってスフィーは首切りの理由を列挙し始めた。
それをまとめると――。
1、身元を不明に、あるいは錯誤させる。
2、隠蔽や運搬等、必要に迫られて。
3、切断した部位を使用する為。
4、警告や脅迫や示威等、誰かへのアピール。
5、怨恨。
6、犯人の精神的歪み――快楽、思想信念、強迫観念、被害妄想等。
「まあざっとこんなところか」
語り終わったスフィーに、私は質問を投げる。
「で、今回の事件はどれが理由なの?」
「現時点で解るはずがなかろう。それにわらわはともかく、今おぬしが首切りの理由や動機にまで頭を回す余裕はないはずだ。どうしても推理したければ自分で考えろ」
そう言われて私はほんの少しだけ考えてみたが――。
……まあ、今の段階で答えの出ない問題を考えたって仕方がない。
私はすっぱりと無駄な努力を放棄し、いさぎよく明日の捜査に専念することにした。
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