仮定ばかりの世界の、たったひとつの真実

優木

この世界の真実は、どこにあるのだろう


世界は、いくつもの「仮定」で成り立っている。

 

久しぶりの休日。僕はカーテンを開けながら、そんなことを考える。

太陽の光が部屋に差し込んできて、とても心地よい。


「あー!もうあと1時間で出発だよ!はやく食べちゃって!」


きみが食卓に朝ご飯を並べながら僕に話しかけてくる。


時計を見ながらあわただしく準備をしている。


その時間だって、誰かが決めたものだ。

1日は24時間で、1時間は60分。そして1分は60秒だと。

例えば、明日から1日が30時間になったとして、人間は1時間を48分に計算しなおすだろうか。

いや、しないだろうなと僕は思う。

1時間は60分のまま。1分も60秒のままで、その時を刻むほうの時計を作り直すだろう。


僕たちの生活は誰かが決めた「仮定」の時間の上で成り立っている。

その仮定が1つ変わったとき、僕たちの世界は一変するだろう。

  




僕たちが生きるこの世界は、こんな仮定ばかりだ。


ぼくは左手で椅子をひき、腰を下ろした。


「いただきます。」


きみと一緒に手を合わせ、右手でお茶碗をもち、左手で箸を使ってご飯を食べ始める。


言葉だってそうだ。

この右と、左という言葉だって、誰かが名付けたものだ。

僕がこの箸を持っている手を右手と呼ぶ世界だってあったかもしれない。

西をeast, 東をwestと訳す世界が絶対に存在しないと、誰が断言できるだろう。


僕は向かいに座っている早耶を見る。


きみは味噌汁を一口飲んで、満足そうににんまりと笑った。

きっとうまく味が出たのだろう。

僕がそんなきみを見ていることに気付いて、きみは少し気まずそうに一瞬目を伏せた。

いたずらが見つかった子猫みたいに。


そして開き直ったように僕に聞いてきた。


「ねえ、おいしい?」

あぁ。今日もかわいいな。

そう思いながら答える。

「ああ。」


「本当かしら。あなたはいつも「ああ。」とか「うん。」とかしか言わないもの。信じられないわ。」

きみはそういうけれど、人の考えなんてそんなものだ。


本当のことなんて本人にしかわからないのだから。


僕がいくら「美味しいよ」と言葉にしてきみに伝えたとしても、

きみが僕の言葉を「本当」だと思わないと、それは君の中で「事実」にはならない。




仮定ばかりのこの世界には、誰にでも共通する真実など存在しなくて、

ずっと続く真実なんてものもない。


恋愛なんて言うまでもない。

もしも僕たちがこの先ケンカをして別れたとしたら、その未来の僕は、

今、僕がきみを愛しいと思うこの感情も、嘘だと決めてしまうだろう。


真実なんてものは、過去にも未来にも存在しない。


「真実」が存在するのは、今この瞬間の自分の中だけだと僕は思う。



今、好きな人の手料理を、好きな人と食べる「幸せ」。

この「幸せ」も、この瞬間の、僕だけの真実だ。

そしてこのご飯が何よりも美味しいことも、誰にも変えられない僕だけの事実。


この事を、きみに伝えようか。

いや、きみはきっとまた「わからない」というだろうね。


だから僕は、この「真実」だけをきみに伝えよう。


「今日もきみとごはんが食べられて、ぼくは幸せだよ。」


こうして僕は、今日も誰にも邪魔されることなく、この‘しあわせ’を味わうのだった。



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仮定ばかりの世界の、たったひとつの真実 優木 @miya0930

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