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 天羽は目白の屋敷に独り残った。山辺は大河原と藤岡に連れられて、上野のビジネスホテルに向かった。貫井は「こんな事件にいつまでもかかずらっていられない」といった態度で本庁に戻って行った。まさか盗聴されているとは思えないが、天羽は念のために備え付けのテレビを付けた。

 まずは3年前の銃撃事件で事件の調書を作成した神田に詳細を聞くために、新潟県警本部に電話をかけた。いくつか部署をたらい回しにされた後、ようやく神田が受話器に出た頃には5分近く経っていた。銃撃事件は未解決のまま捜査一課の手を離れ、今は少人数の継続捜査班が捜査に従事しているという。神田はすでに継続捜査班からも外れ、今は新潟市内の所轄署にいるという。

「お宅、本当に警視庁の公安ハムなの?」神田は言った。「そう名乗って警官を騙るブンヤも多いからさ」

 相手の口調は天羽の言葉を一言たりとも信じていないと言外に告げていた。胡散臭いと思われても仕方がない。天羽はそう思った。未解決とはいえ、刑事部の人間ならば自分が関わった事件を後になって突き回されるのはたまったものではない。ましてやその相手が公安であるのなら、なおさらだろう。

 天羽が公安部参事官の電話番号を告げて確認を取ってくれと言うと、神田はひとまず納得したようだった。手元にある調書を確認しながら、天羽は内容を確認する。

「この事件は公安の捜査員がカルト宗教団体に潜入させた協力者との会食中に襲撃に遭ったということですが、ウラは取れてるんでしょうか?」

「ちょっと待ってくれ。場所を移動する」

 電話がいったん切れる。数秒後、神田が再び電話口に出る。背後に風切り音が聞こえる。室内から外に出たのだろうか。

「こいつは署内で出来る話でも無いからな」

「すみません」

「3年前の銃撃事件だか、調書のウラは取れなかった。細貝は最初、現場のスナックに一度も行ったことがないととぼけてた。それなのに何日か経ってから、こっちの聴取に応じる気になった。たぶん上司と相談したんだろう」

「細貝から供述を取った後は?」

「カルト宗教団体に対する内偵は完全にアンタら公安の管轄だろ?こっちは捜査のしようもなかった。その調書は細貝が言いたい放題言ってるだけだ」

 天羽は話題を変えた。

「では、銃撃事件の前後で、何か気になったことはありませんでしたか?」

「事件当日にスナックで、中国人のホステスが霜山たちの接客をしてたんだが、事件後に姿を消してる。オーナーに無断でだ」

「そのホステスは、いつからその店で?」

 神田の話はこうだった。ホステスが事件現場の《アルデバラン》に雇われたのは事件の2か月前。中国のパスポートを所持していた。名前は楊瑞丹ヤン・ルイタン。オーナーの話では、日本語は問題なかったという。

「ホステスには何か、特徴はありませんでしたか?身体の特徴、癖とか」

「カトリックだという話があった。金曜日に必ず教会に通ってたそうだ」

 安斎瑤子に符合する点はある。そう判断した矢先、天羽の眼はテレビのニュース映像に釘付けになった。新宿の富久町で銃撃事件が発生。被害者の氏名は安斎英道・安斎瑤子。2人の顔写真が画面に出ていた。神田にある依頼をする。

「ある男女の写真をこの後、そちらに送ります。女性の方はホステスの楊かどうか確認を。それと、ニュースは見てますか?」

「まだだが」

「今朝、新宿で事件が起きました。その際、殺害された男は3年前の銃撃事件の犯人だった可能性があります。犯人に関する目撃情報がありましたら、男の顔写真と照合してみてください」

「おい、何だって・・・」

 天羽は電話を切る。耳奥で神田の絶句が聞こえたように思えた。無理もない。未解決事件の犯人が新潟から遠く離れた東京に潜伏し、潜伏先で何者かに射殺されたのだ。

 天羽は眼を閉じて眼頭を抑える。それにしても、ニュースは早すぎる。住民票は偽造。被害者2名の氏名が偽名である疑いが強い。捜査本部はまだ情報収集に走り回っている段階のはずで、メディアの質問にも答えられまい。

 地下の駐車場に通じるコンクリートの階段から靴音が響いた。喉の渇きを覚えた。人の気配をドアに感じる。天羽は視線をぼんやりと向ける。ノックは聞こえなかった。廊下の明かりを背に男の影が立っている。

「寝ているんですか」

 富川博已が訝る口調で言った。富川は以前、天羽と同じ部署にいた後輩の部下だった。

「いや」

「久しぶりです。先輩が復帰したと聞いてきたんで駆けつけてきました!」

「それはどうも」

 天羽は力なく答える。脳裏に貫井の意地悪い顔が浮かんでくるようだった。

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