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天羽は新潟県警から送られてきた実況見分調書と殺害された2名の死体検案書、供述調書に眼を通した。犯人像を示唆するような文面は皆無だった。
「4日前、あなたは新潟県警に調書を請求。その後、新潟県警から問い合わせは無かったんですか?」
「ありました。その日の夜です」山辺はまた手帳を開いた。「自宅に午後8時半ごろ、継続捜査班の川村という男から電話が。調書の請求理由について聞きたいと」
「あなたは何と?」
「麻薬所持の容疑で捜索中の住所不詳、安斎英道が事件に関与していると」
「実際に麻薬所持容疑があったんですか?」
「いいえ。私が麻薬担当ですから、そう言えば説得力があると思いまして」
「住所不詳にしたのは?」
「簡単に手柄を奪われたくはないので」
「あなたの回答は?」
「今までお話ししたのと同様です。神父が安斎瑤子という信者の懺悔を受けて、夫の安斎英道が拳銃で人を殺した。場所は日本海に面した港町。それだけです」
天羽はテーブルの上の供述調書を示した。
「供述調書はこれだけですか?」
「川村に確認しました。まともなやつはその1通だけだそうで。その事件に関しては、公安の秘密主義に県警捜査一課が嫌気を差したとでも言いますか」
天羽は調書をざっと読み直した。供述日は事件から1か月以上も経過した5月26日。聴取を記録したのは、県警捜査一課の神田祥市警部補。供述者は細貝信也、県警警備一課巡査部長。地方警察の公安部門は警備一課が担当していることが多い。
細貝はスナック《アルデバラン》の個室で飲食中に何者かに銃撃された3人の男性客の1人だった。細貝はこう述べている。
『事件当日、私はカルト宗教団体である万里教団に潜入させた2名の協力者と古町通の《アルデバラン》で接触中に銃撃を受けました。最初はホステスも同席しましたが、私が席を外すよう頼みました。3人で何を話したかは職務上、話せません。2名の協力者の氏名は村瀬義彦、34歳、教団職員。および荒谷隆弘、31歳、自営業。カルトの信者が警察の協力者である村瀬か荒谷のどちらかを殺傷する目的で、拳銃を発砲したものと思われます。村瀬と荒谷は今も逃走中で連絡が取れません―』
天羽は調書から顔を上げて聞いた。
「安斎英道、瑤子のどちらかがカルトに関係していたという情報は?」
「私は調べた限りでは、そんな情報は見つかりませんでした」
「呉からはどうです?」
「何も聞いてません」
刹那、藤岡がリビングに戻ってきた。藤岡が貫井の耳元に何かささやいた後、貫井が山辺に言った。
「あなたはしばらく家に帰らないように」
「どうしてです?」山辺が言った。
「あなたの情報源である呉神父に関して、百人町の天主教会から新宿署に失踪人届が出されてる。あなたの身に危険が及ぶ可能性が考えられる」
山辺は呆然として椅子に座ったまま固まった。
「あなたの身柄は私たちが預かるのでそのまま待つように。天羽君、ちょっと来てくれ」
貫井は天羽を玄関に誘った。
「山辺をどうするんですか?」天羽は言った。
「上野にビジネスホテルを経営する知り合いがいる。そこに泊まってもらう。半ば軟禁するしかあるまい。君は?」
「何です?」
「捜査の方針だ。すでに何か考えるだろう?」
「まずは3年前の銃撃事件について、新潟県警に問い合わせます。それから本庁の事件指導班に。安斎のファイルがあるかもしれません。ひとつ教えてくれませんか?」
「何だね?」
「一課の管理官から問い合わせがあったという話の流れは嘘でしょう。現場から山辺の名刺が見つかった時点で、一課は山辺に対する内偵捜査を始めた。その過程でファイルがコピーされた。管理官はファイルから3年前の銃撃事件に関する新聞記事を見つけて、あなたに連絡する。なぜなら、あなたがその事件に興味を持ってることを知ってたから」
貫井が不敵な笑みを浮かべた。
「やはり君に庶務の仕事なんかさせてるのは、我々の損失だったようだな」
天羽は口元に苦笑を浮かべる。今の自分は参事官の術中に乗せられているとしか思えなかった。
「使える人や物は何でも使うといい。君が現場に復帰したと聞いただけで泣いて喜ぶ者が何人もいるだろうから」
自分にそんな人徳があるとは思えない。天羽は胸中でそんなことを呟いた。
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