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「先月の中旬でした」
「詳しい日付を」天羽が言った。
山辺はもったいぶった手つきで上着の内ポケットに手を入れる。
「何を出すつもりだ?」貫井が言った。
大河原が山辺を抑えようとして止めた。山辺が取り出したのは古い手帳だった。
「14日です。四谷で呉と一杯飲んだ時に、ある女性信者の旦那が殺しをやってるらしいという話が出ました。呉はまがりなりにも神父でして、信者の懺悔を聞いてます。その女性信者というのが安斎瑤子。瑤子は毎週、金曜日に教会に来ます。そこで、瑤子が英道の秘密を懺悔したわけです」
天羽は黒表紙のファイルを開いた。留めてある書類を外し、テーブルに並べる。
「懺悔があったのはいつです?」
「一杯飲んだ時点から、2週間ほど前です」
「内容は?」
「拳銃で人を撃って死なせた。それだけです。年月日、被害者、動機といった肝心な点は分かりません。場所は呉の推測ですが、日本海側の都市だろうと。そんな話ではどうにもならないので、年月日と殺しのあった地名を聞き出せと呉に言いました。翌週の金曜日、呉が瑤子にそれとなく英道の話に触れると、瑤子は教会に現れなくなりました」
「呉が瑤子に英道の話を聞いたのはいつですか?」
「たしか、23日です」
天羽はコピーされた住民票2通を指でつまんだ。
「呉の言動が瑤子に怪しまれたその日、あなたはアパートの賃貸主の事務所を訪れて、保管されていた安斎夫妻の住民票のコピーを取った。そうですね?」
山辺はしぶしぶ頷いた。
「それで?」
「翌日、新宿区役所で確認したところ、住民票は偽造でした。安斎英道の過去に何かあるなと思い、英道の身辺を探りを入れました。すると、英道が歌舞伎町のあるクラブで開かれる闇カジノの警備員として雇われてることが分かりました。クラブやカジノは何かと麻薬を扱う輩が集まるところですから、英道は何かと興味深い情報を耳にするのではないかと」
「あなたが安斎英道に興味を持った経緯は分かりました。それで、安斎夫妻の身辺調査は進みましたか?」
「いえ、まったく。本名、出身地ともに不明です」
天羽は封筒から安斎瑤子の写真を取り出し、その死に顔に視線を注いだ。西欧風にも見える美しい顔立ちだった。
「安斎瑤子はあの界隈で、飛び切りの美人だったそうですね」
「けっこうセクシィでしたよ」山辺はくだけた口調になった。
「安斎英道にはあまり関心がなかったんじゃないですか」
「思惑がいろいろありまして」
山辺が同意を求める微笑みを投げた。
「あなたのロッカーにあった資料のコピーがここにあります」天羽は指先で黒いファイルを軽く叩いた。「この記事について、説明してください」
「地方紙で拳銃による殺人を検索しました。条件は日本海に面した港町。とりあえず10年前から始めましたが、男が拳銃を撃って人を死なせた案件はそれだけでした」
天羽は3年前の新聞記事に眼を落とした。
日付は平成2×年4月9日。午後8時近く、新潟市中央区古町通のスナックで、飲食中だった3人の男が30歳前後の男に銃撃された。男は2発を発射。2発とも男性1名に命中した。取り押さえようとした男性従業員も撃ち、犯人の男は現場から逃走。撃たれた男性と従業員の2名は救急車で市内の病院に搬送されたが、従業員は翌日に大量出血のために死亡。県警は逃げた男の行方を追っていると記事にある。
「続報は?」天羽が言った。
「ありませんでした」
「この事件について、安斎英道か安斎瑤子と話したことは?」
「一昨日、英道が働いているクラブに初めて行きました。3年前、新潟駅前で起こった銃撃事件について何か知ってるかと聞きましたら、顔色を変えて『何も知らない』と言い張りました。否定しましたが、間違いありません。その事件の犯人は安斎英道と名乗っていた男です」
2日前、山辺がアパートにいる安斎瑤子を訪れたことはすでに分かっている。この男が安斎夫妻に3年前の銃撃事件について殺人容疑を仄めかしたのであれば、昨夜にサブマシンガンで突入した襲撃犯の1人が安斎英道の反撃を受けて殺されたことも理解できる。安斎英道は警戒していたのだ。天羽はそう思った。
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