[12]
まずは高村紘一の確認だった。全員が「まさか」とは思いつつ、念のため南麻布の韓国大使館への問い合わせ、今までに入出国した韓国外務省の関係者全員の顔写真を公安部のデータベースと照合した。調査に小一時間かけた結果、高村が大使館と一切関係ないことを確認した。
高村の遺体を大塚の監察医務院に送り、所持品は回収してこっそり目白の屋敷に持ち込んで調べた。財布に入っていた運転免許証の顔写真と名前は、高村と一致した。黒いアタッシェケースを開けると、金融商品のパンフレットと契約書類がいくつか。
天羽は藤岡が渡そうとしたA4サイズの封筒を覗いた。書店名が書かれた濃緑色のビニール袋が入っている。ビニール袋を開いた瞬間、鳥肌が立った。『100を切るゴルフスコアマネジメント』。一緒に所持品を検分していた尾行担当の要員が呟いた。
「藤岡が新宿駅近くの書店で、何か購入してましたなあ・・・」
佐渡が部下の失態を怒鳴りつけた。押収した藤岡のカバンからは、秘文書に該当しない政府の広報誌に基づいたレポートが数点。事件として立件できるかどうか微妙な線だろう。天羽は暗い気持ちで聴取に臨んだ。
藤岡の取調は目白の屋敷で行った。数週間前に山辺を聴取したリビングで、天羽は藤岡と机を挟んで座った。佐渡は藤岡の後ろに立っていた。天羽が口を開いた。
「高村紘一とは、どういう人物なんです?」
「・・・」
「高村紘一には、安斎夫妻の殺害に関与した疑いがあります。高村は新潟県警の警察官を騙って山辺に接触し、安斎夫妻のアパートの住所を聞き出してます。その日の夜、安斎はアパートで銃撃を受けて死亡」
「話はこれだけじゃない」佐渡が藤岡の背後から身を乗り出した。「あんたは山辺が撃たれる1時間前、ホテルを離れてたな?」
「交替で休んでいたので」
「銀座の誠光プロダクションという会社に電話をかけたな?」
「・・・」
「高村の携帯端末の通話記録を調べればすぐに分かることです」天羽は言った。「おそらく高村は誠光プロダクションから山辺がいたホテルの住所を聞き出した。その1時間後、山辺は狙撃されて死亡。もう一度、聞きます。高村紘一とは、どういう人物なんですか?」
長い間を置かれた。藤岡はようやく低い声で話し始めた。
「高村は金融ブローカーです。以前、所属していた外事二課で、私の担当は朝鮮半島情勢を担当しました。朝鮮総連系列の金融企業に勤めてた高村を
「あなたが高村を獲得したんですか?」天羽は言った。
「いえ、私ではありません。二課で作業玉としてすでに登録されていました」
「だが、アンタが高村のコントローラーだったんだろ?」
佐渡が問いただす。藤岡の声は震えていた。
「何回か接触を重ねていくうちに、高村は私の子どもが病気であることをどこかで掴んできました。それで金を渡してきました。最初は断ろうとしましたが・・・いつしか、高村から貰う金が生活費の一部になっていきました」
佐渡は続ける。
「見返りは?」
「公安部内の情報です」
「具体的にはどういう情報を?」天羽は言った。
「総連や関連団体に対する監視、調査報告です」
「山辺の所在を、高村に告げたのはどういう訳だ?」佐渡が言った。
「富久町の事件があった前日、高村から連絡がありました。麻布署の生活安全課にいる山辺拓造警部補の所在を把握しといてくれと」
「あなたはその理由は聞いたんですか?」
「聞きましたが、高村は答えませんでした」
聴取が行われている間、作業班は藤岡の自宅で家宅捜索を行った。自宅に保管されていた公安総務課の内部資料が合計で200点見つかった。その中に「極秘」に指定されている文書が37点あった。いすれの資料も藤岡がコピーを取り、職場から持ち帰ったと証言した。
天羽はスーツの懐で携帯端末が震えていることに気づき、佐渡に断って屋敷を出た。電話をかけてきた相手は富川だった。
「太夫浜の海岸で、細貝の遺体が見つかりました」
「遺体?殺されたのか?」
「いえ、頭から灯油をかぶって焼身自殺したようです。ニュースに出ます。それで細貝の自宅に忍び込んだら、遺書が見つかりまして」
何と手回しのいい奴だ。天羽はそう思った。
「遺書には一言、こう書かれてます。『全ては《ジェラルド》のせいだ』と」
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