[13]
天羽は警視庁の取調室にいた。5坪ほどの狭苦しい部屋。鉄製の机。向かい合わせに置かれた二脚のパイプ椅子。ドア側の椅子に座った警務部の監察官が口を開いた。
「今から深町清純との関係についていくつか尋ねる」
深町は捜査二課の理事官だった。3日前の夜、深町は品川駅で小田原行きの普通電車に飛び込み、即死。天羽は自宅で、貫井から深町の事故の一報を受けた。その瞬間、頭から血の気が退いて、棒立ちになった。そして今朝、警務部から呼び出しを受けた。
監察官が続けて言った。
「これは捜査ではない。あくまでも内輪の問題だと思ってほしい」
あるキャリアの自殺が警察にとって重大な《内輪》の話になるのはなぜか。
天羽は訝った。考えられるのは2点。1点目にマスコミ対策のため。2点目にもしその自殺に警察の体面に関わる部分がある場合、それを抹消するため。監察官は上の命令で、とにかくどちらの任に当たっているのだろう。
「あなたは深町と公私どちらかでも付き合いがあったのか?」
「ありません」
「深町は6年前まで、警察庁外事課第五係にいたことは知っていたか?」
天羽は心臓に楔を打ち込まれたような衝撃で体が強張った。
「いえ、知りませんでした」
声の震えを気づかれていないだろうか。天羽は不安になった。
「深町は当時、朝鮮半島の担当官。同じ時期に、あなたは外事二課で東アジア担当。何かしら接触があったと考えられるが」
「いえ、ありません」
監察官はじっと天羽の表情を観察していた。値踏みするような眼つきをし、机の上の資料を繰りながら言った。
「我々は深町が所有していた携帯端末の通話記録を解析した。その中で気になる点がいくつかある。自殺する3日前、すなわち6日前にあった着信履歴について」
これが本題か。天羽は身構えた。
「深町の携帯に電話をかけたのは、あなたか?」
「はい」
「公私の付き合いがない相手になぜ?」
「・・・」
「深町とは、どんな話を?」
「・・・」
「発信履歴によると、深町はあなたから着信があった数分後、別の番号に電話をかけている。相手の名前は金鉄泰。日本人名は高村紘一とする在日韓国人。この名前に心あたりはあるか?」
「いえ」
「深町は6日前だけではなく、数年前から月に数回の頻度で高村と通話している。高村については、我々は朝鮮総連系列の金融企業に勤めている金融ブローカーということまでは掴んでいる。公安部の行確対象になっていてもおかしくはない人物だとは思うが」
「ぼくは庶務係です。現場は知りません」
「先日、公安総務課の捜査員が機密漏洩していた事件について、捜査員が機密を渡していた相手も高村と名乗る在日韓国人だったという報告を受けているが」
天羽は慄然とした。藤岡の機密漏洩事件はすでに報道されていたが、機密を渡していた相手については金鉄泰、高村紘一どちらの名前も出ず、偽名で渡航した北朝鮮外交官とされていた。貫井が警務部に報告を上げるとは思えない。他にその情報を知っていた者は佐渡と作業班の面々。その中に警務部とのパイプを持つ者がいたということか。天羽は「現場のことは分かりません」と強弁した。
「逆に聞きますが・・・」天羽は言った。「監察室が深町の通話履歴に関心を寄せるのはなぜです?」
「深町は我々の行確対象だった」
監察官は言外に、自分たち公安部が警務部の案件を潰したと言いたいのだろう。天羽はそう思った。天羽は勇気を奮って言い返していた。
「なら、あなた方は深町の自殺を止められなかったことになる」
「その指摘は甘んじて受けよう」
深町が自殺するまでに何が影響したのか。監察室の監視か。自分が掛けた電話か。それらでもない何か。深町の心情は永久に分からない。後悔は何の役にも立たない。死者は生き返らない。天羽はじくじくと考えながら、監察官の質問に応え続けた。
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