[2]

 天羽は川村に確認を取るように言った。

「警備一課の細貝信也ですね?」

「そうです」

「捜査に進展があったかどうか探りを入れたんですね」

「事件そのものを覚えてませんでした。もちろんあの人は惚けたんですが」川村は眉間にしわを寄せた。

「川村さんは思い出させた。細貝は何と言いましたか」

「俺はあの案件から外されたんだと」

 天羽はうなづいた。カルトに潜入させたスパイ2名と接触中に銃撃された。明らかに細貝の失態である。正体を暴露されたスパイは二度と使えない。銃撃された時点で、公安の関心は事件に隠蔽だけになったはずだ。県警捜査一課に追及されてやむなく聴取に応じはしたが、世間に真相がばれていないことが分かれば、後は忘れてしまえばいい事件だ。

「細貝は他には?」

「何か知ったって、お前たちに喋るわけにはいかないだろと」

「細貝に探りを入れたのは、麻布署の山辺と電話で話した直後ですね」

「そうです」

「それから2日後の19日の夜まで、麻布署から銃撃事件の調書請求があったことを、細貝の他に誰かに話しましたか」

「いいえ」

 川村は迷いのない口調で答えた。自分に落ち度がなかったことが確認できたようだ。

 主任の内山から指示を受けた時に、周囲で誰か聞いていなかったかどうかを聞いた。川村はそれも否定した。カウンターにいた女職員がお茶を届けた。継続捜査班主任の内山が部屋に入って来て、署長が紹介した。内山は顔色の悪い40代半ばの男だった。天羽はカップに口をつけた。川村を解放して内山に質問を投げた。

「麻布署の依頼は内山さんが処理したんですか?」

「総務課です」内山は言った。「課から相談は受けました。調書をくれと言われても膨大な量ですから。総務課の人間と一緒に捜査資料を見まして、とりあえず概要が分かればいいんだろうと思い、実況見分調書と供述調書各1通を選んだわけです」

「銃撃事件の調書請求があったことを、川村さん以外に話しましたか?」

「新宿の事件が報道された後で、署内であれこれ噂になって話し合ったりしましたが」

「事件の報道前はどうです?」

「それはないです」

 天羽は念を入れて質問を重ねた。総務課員に相談を受けた際の状況を訊いた。周囲で誰かがその話を聞いていたことはないか。内山はその可能性を否定した。次に調書を送付した総務課員を呼んでもらい、同じ質問をした。総務課員も概ね内山と同じ返答をした。天羽は「今日のところは」と言って課員を帰すと、署長に礼を述べて立ち上がった。

「市内をご案内しますよ。昼飯でもいかがですか」

 天羽はその誘いを丁重に断り、細貝の所在を尋ねる。細貝は県警本部の所属だが、新潟東署に在籍していることを把握していた。

「今日、細貝さんは?」

「非番です」署長が答える。

 署長に重ねて細貝信也の自宅の電話番号を聞いた。住所は新潟市内。一人暮らしだという。いかにも気がすまないといった顔の署長を残して、天羽は署長室を出た。

 天羽は新潟東署を離れた。ゆっくり路地を歩いてみる。事件についてとりたてて考えるネタは見つからなかった。情報はどんなルートで漏洩したのか。

 道すがら、天羽は携帯端末で細貝信也の自宅へ電話を入れる。7回のコールで繋がった。留守番電話だった。メッセージを促す自動音声は既製のもの。新潟東署の誰かがすでに細貝に警告したのだろうか。眼の前でバイクに乗った男がハンドサインを送って来た。羽毛入りの黒いブルゾンを着ている。天羽が確認のサインを送り返し、富川はバイクで走り去った。次の待合場所に先回りをする手はずになっていた。

 天羽は再び歩き出した。不意にどこかに潜んでいる視線を背中に感じる。敵意と脅えの混じった、凍るような不信の眼。

 直感で見られてる。天羽はそう思った。背筋に冷たいものが走る。

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