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 天羽は新潟市の中央区古町通へ向かった。繁華街が広がる地区だった。県警捜査一課の神田警部補と会う約束を取り付けていた。神田は銃撃事件の際に細貝から聴取を取った刑事である。

 4階建てのくすんだビルの地下1階に降りた。薄暗い階段の先に思いがけず広いフロアが広がっていた。案内板を見ると、金券ショップ、古着屋、喫茶店などが狭い通路に軒を並べている。現場のスナックは通路の一番奥にあった。

「天羽さんか」

 天羽は背後を振り向いた。黒いビジネスコートを着た50歳前後の男が通路に立っていた。

「神田だ」

 男は同じフロアの喫茶店に天羽を案内した。

 安物の白い丸テーブルがいくつか散らばっている店内は女性の客が2人いるだけだった。奥まった席に座り、ウェイトレスにコーヒーを注文した。

「アンタ、雰囲気が違うな。おおよそハムには見えない」

「褒め言葉ですね」

 天羽はスナックへ親指を突き出して話を向けた。

「繁盛してるんですか」

「昔から、汚い店なんだがけっこう続いてる」神田がぞんざいな口調で答えた。

「撃った男、3人の客、遺留品は何も無かったんですか」

「連中はもうビールを飲んでたんだが、グラスの指紋さえ取れなかった」

「どうして3人の客の1人が、細貝だと分かったんですか」

「細貝はあの店を何度か利用してたんで、店員に顔を知られてたこともあるが、身元が判明したのはちょっとした偶然だ。接客した若いウェイトレスが、事件から1か月後ぐらいに、ボーイフレンドの窃盗事件で所轄に呼ばれたときに署内で細貝を見かけた。で、アンタの仲間じゃないのかって俺に連絡をよこした。ウェイトレスに署員の写真を見せて細貝を特定した」

 神田はタバコに火をつけた。薄い金メッキのライターが手から離れてテーブルに置かれる。ガタンと思いがけず重い音を立てた。紫煙のかたまりがゆっくり拡散していき、背後の黒ずんだ壁の方に流れていく。

 天羽は神田の経歴を思い出す。所轄と県警本部の刑事課を行ったり来たりを繰り返している。年齢からすれば警部になってもおかしくはないが、階級はいまだ警部補。現場を優先してきた、叩き上げの刑事。天羽が苦手なタイプに思えた。

「アンタから電話を受けた後、細貝を突いてみた。3年前の銃撃事件について、ホントのことを話せと」

「それで?」天羽は期待を込めて言った。

「細貝はオフレコなら良いというんで白状した。カルトに潜入させた協力者と会ってたというのはウソで、実際に会ってたのは衆議院議員の霜山毅彦と県議会議員の倉下洋輔。どういう理由でその2人と会ってたのかまでは言わなかった」

「それで事件の捜査は進んだんですか?」

「元国会議員に県議会議員、それに公安の捜査員。怪しい連中が揃いもそろって、鑑は範囲が広すぎてどうにもならん」

「細貝がその2人の名前を伏せた理由は?」

「それも言わなかったが霜山と倉下は当時、現職だったからな。その辺りに細貝が気をきかせただけかもしれん」

 ウェイトレスがコーヒーを届けてきた。カップに輪切りのレモンが浮いている。天羽は口をつけた。酸味がほどよくコーヒーに溶けて味は悪くない。神田は砂糖のスティックの端をちぎり、カップに流し込みながら入口へ鋭い視線を投げた。女の2人連れが席を立つところだった。

「新宿で殺害された安斎瑤子が銃撃事件後にスナックを無断で辞めた楊瑞丹か確認できましたか?」

「楊にこだわる理由は?」

「新宿で事件を起こした犯人は安斎瑤子に反応しています。おそらくは教会に通う若い女性。その女性が3年前の銃撃事件について懺悔したことを共通項として、安斎瑤子が楊であることに気付いた。その犯人は継続捜査班の捜査官を騙ったんです」

 天羽は高村紘一の人相風体を伝える。神田は「そんな奴は知らん」と紫煙と一緒に吐き捨て、短くなったタバコを灰皿に押しつぶした。カップに口をつけ、続けた。

「アンタらは裏でつながってるとばかり思ってたんだが」

「は?」

「平気で他人の身分を騙るのは、アンタらの得意分野じゃないのか」

「高村が公安の人間だというんですか?」

「3年前の銃撃事件に公安捜査員が絡んでた。その銃撃事件の犯人が殺された。素直に考えればって話だ」

 神田は口角を微かに緩めた。

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