[13]
山辺はうなだれたまま、話し始めた。
「事件の2日前、電話がありました」
「誰からです?」
「新潟県警から。男の声で夜の11時すぎに自宅に電話がありました。男は銃撃事件の継続捜査班に所属する主任で、安斎瑤子の情報の詳細を聞きたいと言いました。私はお宅の川村に全部話したし、あれ以上のことは知らないと答えました」
「相手は納得したんですか?」
「住所不詳とは、どういう意味かと食い下がりまして。結局、神父のタレ込みから洗いざらい喋らされました。しぶとくて、強引な奴なんですよ。明日にでも上京するから、その神父を紹介しろと」
首の後ろがふいに熱くなる。天羽は何という事だと胸の内で呻いた。
「その主任と会ったんですか?」
山辺は力ない様子でうなづいた。
「翌日、つまり昨日の昼に」
「相手は1人?」
「ええ。自腹で出張してきたと言ってました」
「いつ、どこで会いました?」
自分の声が熱を帯びている。天羽はそう思った。
「昨日の午前11時半、宝町のセンターホテルのラウンジです」
「話した内容は?」
「会う約束をした段階で、私の腹は決まってました。相手がわざわざ新潟から出張してくるんではね。そこでまぁ、お互い警官ですから。午前中に情報源をいろいろ当たって突き止めたということにして、安斎瑤子が富久町のアパートに住んでると教えてやりました」
「別れた時刻は?」
「12時ちょっと前だったと思います。会ったのは10分程度です。私が約束より15分ほど遅れたので」
「相手の人相と特徴を」
天羽は質問しつつメモを取った。年齢は45歳から50歳。175センチぐらい。中肉。短い髪。脂っ気なし。刈り上げではない。特徴のない顔。黒っぽいビジネスコートにスーツ。ネクタイは地味。全体の印象は平凡な事務職ふう。若干の訛りがあるが、声は耳当たりがいい。おしゃべりという感じはない。ホテルのラウンジで注文したのは、アールグレイ。
「その主任の名前は?」
「高村紘一。巡査部・・・」
窓ガラスが砕け散る。山辺の頭部が唐突に弾け飛んだ。四肢を投げ出した身体がベッドから床に倒れて動かなくなった。天羽は一瞬、その場に立ち尽くした。
夜窓の深淵に赤黒い銃火がきらめいた。天羽は弾かれたようにベッドの脇に飛び込む。刹那、耳元に轟音が通り過ぎる。普段よりも不気味に鮮明な意識の中で、自分の心音がはっきりと聞こえた。どこかに激しく頭を打った。ガシャンと何かが鳴り、大河原がドアを開けて入ってきた。
「どうしました?いったい何が・・・」
「あぶない!」
再び轟音が響いた。次の瞬間、大河原の額から鮮血が噴き出した。正体をなくしたその身体が、床に崩れ落ちた。天羽は床に横たわる山辺の遺体に眼を向ける。側頭部の下からじわじわと血だまりを広げている。天羽は廊下へ無様な格好で這っていった。
離れたところから、靴音が聞こえる。何か怒鳴っている声も聞こえる。
廊下の壁によりかかり、天羽は震える手で上着から携帯端末を取り出した。桜田門に入庁してから初めて110番の3つの数字ボタンを押した。刹那、流れるように単調な女の声が答える。
「はい、110番」
「公安総務課の天羽です。上野で撃たれた」
「どうしましたか」
通話に誰かが割り込んだ。おそらく指揮台だろう。
「撃たれたと聞こえましたが」
「自分は現場にいます。関係各部署への連絡、よろしく頼みます」
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