1.12 報告

「ノワエ様、できました」


髪を解かしてくれていたディースが一歩下がり、頭を下げる。

私は後ろ髪をかきあげる。鏡に映る、自慢の黒髪が扇状に開く。

今日は報告のために姉さんの城へ行く。

姉さんはよく遊びに来てくれるけれども、こちらから出向くのは十年に一回ほどだ。さらに最近姉さんが忙しくて会うのも久しぶりなので、珍しく身だしなみを整えた。っていっても髪をとかして、よそ行きのすり切れていない服を着るだけなんだけど。


「二人とも、準備は良い?」


「はい」


「いつでもオッケーだよ」


私は水晶を使って姉さんを呼び出す。すぐに姉さんの綺麗な顔が映る。


「は~い。イレアナちゃんで~す」


「こんにちは、姉さん。準備できたから、空間を繋げてくれない?」


「はいは~い。すぐにつなげるわね~」


「よろしく」と言う前に、目の前の空間が裂けて姉さんが顔を出す。


「はいどーぞ」


「どうも」


空間を抜けた先は、黒いソファと木目が綺麗な机が置かれているだけの簡素な応接室だ。大きな窓から真夏の太陽が差し込み、部屋を明るく照らす。禍々しい調度品も、派手な置物もない。そんな魔王の城にふさわしくない応接室には、姉さんの腹心、ジャヒーが待っていた。


「ノワエ様、ご無沙汰しております」


ジャヒーが頭を下げる。


「ご無沙汰ジャヒー。さ、座って座って」


私はソファに深く腰掛け、対面のソファを勧める。


「それ、私のセリフだと思うんだけど」


姉さんが座ってからジャヒーが座る。ルルカが私の横に座り、ディースは少し離れた位置で立っている。今日も座る気はないようだ。


「気にしないの。姉さんの城は私の城でもあるんだから」


「あらそんな横暴なことを言うなんて。誰がそんな風に育てたのかしら?」


姉さんが立っているディースを見る。


「畏れ多くもアスデモウス様、ノワエ様の言動の九割以上がアスデモウス様の影響かと……」


「あら、それなら問題ないわ」


ニッコリと笑う姉さん。


「さて、と。ジャヒー、今回の世界の調査結果、って見ればわかるだろうけど、とにかく報告をするわ」


「はい」


神妙な面持ちで頷くジャヒー。

でも結果は言わずもがな、何も得られず。今回もいつも通り、どんな世界だったかを報告するだけ。

こうして何の成果もない報告をしていると、ジャヒーの代わりに異世界を旅するのが目的になっている気がする。異世界を代行旅行するなんて誰もしてないから、上手く仕事にすれば儲かるかもしれない。まぁ面倒くさいからやらないけど。

報告を聞き終えたジャヒーは、表情一つ変えずにお礼を言ってくれるけど、報告の前よりも落胆しているように見える。そんなジャヒーを見て、心なしか姉さんも顔が曇る。

ここにいる全員がわかっているはずだ。もうジャヒーの妹、シアナは見つからないって。でも誰も諦めようとしない。なんだろう。私も諦めたくないんだよね。無理だってわかってればわかってるほどやりたくなる。

制限さえなければずっとシアナを探してあげたい。ジャヒーだって、ノワエ様は暇なんだから、もっと力を入れて捜索してくれればいいのに。って思っているだろう。でもごめん。さすがに協定とかルールとか破ってまで探せるほど偉くないんだ、私。

ジャヒーの親御さんに、どこの世界に飛ばしたのかを聞けば良いんだろうけど、シアナを別世界に送ったお父さんはすでに他界。お父さん以外の親族はどこに飛ばしたのか誰も知らない。

姉さんがジャヒーの家を調べたらしいけれども、それらしい記述があるものは何一つなく、実際に追放が行われた場所にも手がかりはなかったらしい。仮に記述が見つかっても、行き先をランダム生成されてたらどうしようもないけどね。


「ノワエ様、いつもありがとうございます。また、お願いできますか?」


「あらジャヒーちゃん、お願いしなくてもいいわよ。やりなさいって言えば。ノワエちゃんを飼っているのは私なんだから」


「飼ってるって……」


言い返そうとしたけど、父さんからの仕送り額よりも姉さんからの仕送り額の方が圧倒的に多いし、私が従者二人を連れて何不自由なく暮らせているのは全て姉さんのおかげだ。姉さんに仕送りを止められたら、私たちは貧困生活を送らないといけない。


「でもいい加減に別の方法を考えないといけないわね」


「そうね。闇雲に当たっても見つかるとは思えないわ」


「そうは言うけど、じゃあどうするの?」


ルルカの言葉にみんなで頭を悩ませる。でも何も良いアイデアは浮かんでこない。

異世界に行く制限が緩い天魔総括協会の連中にも、何か情報を掴んだら連絡をよこすように言ってあるが音沙汰はない。

いつもどこかの世界へ行っている彼らですら見つけられないのだから、工夫をしなければ私たちに見つけられるはずがない。


「とりあえず、ご飯を食べながら考えましょうか」


姉さんが金色のベルを鳴らすとメイドが二人が入ってくる。

姉さんに仕える魔族はほとんどが淫魔族で、姉さんの趣味なのか淫魔族がそういう服装を好むのかは知らないけど、ここのメイドの大半は下着(淫魔族にとっては正装)にエプロンを着て、頭にカチューシャを付けている。そしてフェロモンをばらまいて歩く。女でもムラムラするくらいだから、男性にとっては天国だ。でもずっと生殺しだから、地獄かもしれない。

私が指示すると、ディースが少し悩んでから、ルルカの横に座る。


「相変わらず、ディースは堅いわねぇ~」


「性分ですので」


「私もその気持ちはわかります。今でこそ慣れてしまいましたけど、主と同席して食事をするのは気が引けますよね」


ディースが「そうよね」と言って微笑む。

ディースとジャヒーは気が合う。こうして色欲領に来ると、二人で話をしている姿をよく見かける。


「イレアナ、いただきます」


主の私なんて気にもしないで、前菜を食べ始めるルルカ。


「こらルルカ、アスデモウス様です」


「え~。イレアナは気にしてないよね?」


「ええ構わないわよ。でもそう呼ぶんだったら、一晩くらい抱かせてほしいわね」


「却下。私は居たって普通の性癖なので」


「大丈夫よ。すぐに女の子でも気持ち良くなれるってわかるから。一晩で病み付きになるわよ」


そう言っていつものように、左手で作った輪っかに右の人差し指を出し入れする姉さん。


「姉さん、いい加減にして」


「あら~。私はルルカちゃんに新しい世界を教えてあげようとしているだけよ?」


「それが余計なことなの。一度でも姉さんとすると、姉さん以外で満足できなくなるんだし」


「いつもやってるからこそ言えるセリフだよね」


「揚げ足取らないの。本当に姉さんに襲ってもらうわよ」


ルルカは「それは勘弁してほしいなぁ……」と言ってから、キュウリをキャベツと一緒に突き刺して、目をつぶって食べる。ルルカはキュウリが苦手だ。でも残さずに食べるから偉いと思う。


「でも確かに、アスデモウス様と一度してしまうと、他の方では満足できなくなりますよね」


「やだジャヒーちゃんまで、ありがとうね」


そう言って姉さんはフォークで突き刺した野菜をジャヒーの口に近づける。

ジャヒーはこちらを見て少し躊躇った後、口を開けて野菜を食べる。ほんのりと顔が赤い。

魔界では異性愛がスタンダードとされているが、同性愛もなかなか多く、町でもそれなりに見かける光景だ。天使や人間と違い、魔族は同性同士でも子供を作れるっていうのも大きいな要因の一つだろうけど、基本的に性に関して緩いのだ。

姉さんの城に来ると、淫魔達のフェロモンのせいでそうなるのか、それとも姉さんの事を意識してなのかはわからないけど、とにかくそういう話が続く。

ディースはそれを聞いているだけで発言はしないけど、姉さんが認めるくらいの変態だから、興味がないとか不健全だからとかいう感情はない。むしろ私たちが下の話をしているのを聞いて喜んでるだろう。


「うわぁ美味しそう。イレアナ、これ、高いんじゃないの?」


出てきたお肉を見て、ルルカがよだれを垂らす。


「かな~り高いわよ。だから今晩」


「ダメだって言ってるでしょ」


「やんっ。ノワエちゃんこわ~い」


私がフォークを構えると、声をはずまして怖がる姉さん。

姉さんはルルカが私に仕えてからずっと誘っているけれども、嫌がる相手と交わるのは姉さんの美学に反するから、本当にルルカを襲うことはない。

長い食事が終わり、私たち用の客間に案内される。いつもは姉さんの部屋に連れ込まれて、昼間っから盛ることになるんだけど、姉さんはこれから会議に出なければいけない。私は夜ご飯までは自由だ。

女子らしい話が飛び交った食事が終わると、ルルカは一目散に買い物に出かけた。色欲領は可愛い下着が多いらしい。

私とディースはのんびりとお茶を楽しむ。


「これじゃあ家にいるときと変わらないわね」


「そうですね」


自宅で飲むか、姉さんの城で飲むかの差しかない。色欲領は暑いから、マイナスかもしれない。


「でも町に行こうって気にはならないのよね……」


姉さんの町は、まぁ色欲の町っていうだけあってそれ系のお店の客引きがすごい。五分に一人、いや、もっと短い間隔で声をかけられる。みんな生きるためだから仕方ないんだけど、流石に鬱陶しいんだよね。そんなわけで私とディースは、姉さんの城に来ても引き籠っていることが多い。


「そうだディース、久しぶりに戦わない? ここなら闘技場があるから思いっきりやっても大丈夫でしょ」


普段から庭で稽古をしているけれども、私たちが本気でやり合ったら辺りが焦土になる。だから普段は魔力を使わずに、剣技の練習とか立ち回りの練習しかしない。

しかしここの闘技場は分散岩が使われているので、いくら暴れても大丈夫だ。


「そうですね……。わかりました、許可を取ってきます」


「よろしくー」






ディースが腰に携えた剣を抜く。白い鍔に天使の翼が付いている、見る者を魅了する少し細身の剣。その切っ先が私に向く。

ディースと向き合うのは日課だけれども、お互い真剣を使って、かなり高濃度の魔力を纏っているのは本当に久しぶりだ。前にこうして対峙したのは数百年前、いや、千年以上前かもしれない。


「ノワエ様、全力でいきます」


「いいわよ。遠慮なくいらっしゃい」


ディースの体に魔力が集まる。そして大きな、白い翼が背中に生える。久しぶりに見るディースの羽。

魔族も天使も羽には二パターンあって、一つは物理的に生えている羽。もう一つは魔力を供給することで形成する羽。後者は誰にでも出来そうだが、ベースとなる羽がないと形成するのが非常に難しいため、羽がない魔族や天使も多い。私も羽がない魔族だ。

魔界で天使が翼を形成していると、次第にその白さは失われて、灰色になっていく。だからディースは普段、羽を形成しようとしない。強いからわざわざ形成するほどでもないけれども、一番の理由は天界に未練があるからだろう。

ディースは同期の陰謀によって天界を追われたと姉さんから聞いたことがある。本人はあまりその話をしてくれないし、私も問い詰めて聞くようなことはしない。家族にも言えない秘密の一つや二つ、誰でも持っているものだしね。それに聞いて苦しみを分かち合うことはできても、私じゃ解決してあげることはできない。だから私は、ディースの気持ちの整理が付いて、私に話してくれる日まで待っている。


「いきます……」


ディースが一気に距離を詰めてきて、大きく剣を振り上げる。私はそれを真正面から受け止める。鈍い金属音が闘技場に響く。

そのまま剣に魔力を込めるディース。どうやらゼロ距離で魔法をぶっ放すみたいだ。そう思った時には、ディースの詠唱は終わっていた。

ディースの剣から光属性の魔法が放たれる。私はそれを防御魔法一つで受け止める。


「流石ですね、ノワエ様」


大きく距離を取るディース。


「まだ本気じゃないでしょ?」


「ええ。慣らしていかないと、体が引きちぎれそうになるので」


「あ、それわかる」


魔力を解放する機会なんて滅多にないから、久しぶりに暴れると体が軋む。だから魔力を徐々に解放していって、体を慣らしてからじゃないと体が壊れる。

ディースと何回も打ち合って、三十分もすればかなり本気になってきた。剣の技術はディースの方が上だから、私の剣では捌ききれない。魔法も使いながらディースの攻撃を捌き続ける。

力が拮抗してたら間違いなく殺されているであろう攻撃が続く。ディースは本気で私を殺しにきている。普段の生活では絶対に見せない顔。ぞくぞくしてくる。

ディースと私じゃ戦闘能力に差がありすぎて、私がちょっと力を出せば、ディースの攻撃はたちまち通らなくなる。ディースもそれをわかっているから、本気で私に打ち込んでくる。


「そろそろ限界?」


本気になってから十分ほどすると、ディースが大きく距離を取る。


「はい。ありがとうございます。ノワエ様」


ディースが息を切らせている。でもその表情は明るい。


「うん、私も久しぶりに楽しかった。ディース、また強くなってない?」


「日課は欠かさないようにしていますので……」


私たちが起きる数時間前に起きて、毎日一時間以上、欠かさずに鍛錬をしている。彼女の強さは、継続した努力の賜物だろう。


「……ディース、ちょっと外に出ておいてくれる? 私もたまには暴れておかないと」


「かしこまりました」


ディースは一礼してから闘技場を後にする。


「ふぅ……」


彼女を外に出した理由は二つ。

一つ目は私の魔法に巻き込まれないようにすること。当然制御できるけど、どういう風に事故が起こって、巻き込まれるかなんてわからない。そんな危ないところに従者を置いておくわけにはいかない。そして本気で暴れるって時に、些細なことを気にしたくない。

もう一つは闘技場の見張りをしておいてもらうこと。一応、立ち入り禁止にはしてあるけど、淫魔族は好奇心旺盛な子が多いから、覗きに来るかもしれない。念には念を入れておいた方が良い。


「さて、やりますか」


先ほどの打ち合いのおかげで体は温まっている。軽く体を伸ばしてから、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。体の奥に眠る魔力を少しずつ解放していく。

長い間使っていなかった魔力が、私に求められて歓喜して、体の中を勢いよく駆け巡る。ポカポカして気持ち良い。

ウォーミングアップが終わっているといっても、私に眠る魔力はまだまだ多い。全部引き出すと体を壊すかもしれないから、ゆっくり、慎重に、魔法を使ってみたり、剣を振るってみたりしながら、十分かけて魔力を最大限まで引き出す。

前よりも魔力が増えているのを感じる。まだ成長期だから放っておいても魔力は増えていく。勝手に増える時期に、さらに増やそうとするのは良くない。成長期は魔力を増やすことよりも、剣技や体術を鍛える方が良い。

自分の剣に魔力を伝えると剣が赤く光る。ちょっと光波でも出してみるか。そう思い、剣を左手に持ち替えて、実践じゃ使えないほど大振りで、剣を水平に薙ぐ。

五メートルくらいの赤い光の刃が飛んでいき、壁に当たって消える。うん、分散岩も大丈夫っぽい。私は楽しくなってきて、そこらじゅうに光波を飛ばす。

生まれつき血の気が多い魔族。その王である魔王族の私は、いくら否定しても、やっぱりこうして暴れている時が一番楽しい。だから父さんの統治方法がどうのこうのとか言えないんだよね。私もなんだかんだ似たようなものだし。

腕に炎をまとわして思いっきり壁を殴る。でも壁は傷一つない。この分散岩に傷をつけられた魔族は歴史上いない。ヴァルハルトでも、アンスリュームでも無理だ。

氷属性、風属性、闇属性……。全部の属性の魔法を使って、それらを剣にまとわせて光波ぶっ放したり、壁を殴ってみたり、ダッシュしてみたり、怪我もしてないのに回復魔法を使ってみたり、辺り一面を爆破してみたり。色々な事をやって、感覚が鈍ってないか、使えない魔法がないかを確認する。でもどうやら大丈夫そう。一通りのことはできる。

最後に一番得意な炎と闇の合成魔法を部屋全体に放って終わる。

額の汗を拭うけど、また垂れてきて目に入る。うん、いい運動が出来た。私はディースを呼びに行く。

ディースは壁にもたれて座っていた。片足を曲げて、その膝の上に腕を乗せて、剣を自分の体に寄り添わして、ぼーっと壁を見ている。その姿は主を無くした騎士のようだった。


「ノワエ様、お疲れ様です」


そんな姿を見られたのは一瞬だけ、ディースはすぐに立ち上がった。家族なんだから、そんなに畏まらなくてもいいのに。といつも思う。


「ディース、もう一回やる?」


「時間があるのなら、お願いしたいのですが……」


「あと一本くらいなら大丈夫でしょ」


「ノワエ様は大丈夫ですか?」


「もちろん。魔王なめんじゃないわよ。ほら、行くわよ」


昔は強くて厳しくて、とても怖かったディースも、今じゃ取るに足りない相手だ。もう一度全開で戦えって言われたらちょっとしんどいけど、ディースの相手するくらいならどうってことはない。

あれだけ強かったディースが、遊び相手にしかならないくらい弱いってことがちょっと寂しいんだよね。でもまぁ剣技と体術じゃまだ勝てないし、天界流の太刀はどれだけ勉強しても飽きない。それに魔界で使っている魔族がいないってことも優越感があっていい。そしてディースにはまだ奥の手がある。だからディースにはまだまだ教えてもらわないといけない。


「参ります……」


ディースがまた大きな羽を形成して、私に突っ込んでくる。

こうやってディースの攻撃を捌いているだけでも学べることはたくさんある。強くなってからはよりそう思う。

どうやって私を崩そうとするのか、どうやったら最善手を紡げるのか、どう動けば反撃を食らわないのか。


「甘い!!」


そんなことを考えていると、ディースの剣が頬をかすめる。今のは結構やばかった。これだけ力差があるのに、攻撃が通るのか。

頬の血を拭い取って笑みを浮かべる。本当にディースが従者でよかった。ありがとう、ディース。あなたのおかげで、私はまだまだ強くなれそうです。






一本目よりも長く、激しく打ち合ってから休憩を取って、結局もう一本やった。

流石に疲れた私たちは闘技場で一休みしてから部屋に戻る。


「ちょっと急いだ方が良いかもね」


「そうですね。申し訳ありません、長々と付き合っていただいて」


「良いのよ。私も久しぶりに楽しかった。ほら、行きましょ」


本当なら夕飯の一時間前に終わらせて、お風呂に入ってさっぱりして、一服してから夕飯の予定だった。でも食事をするのは姉さんと私とルルカだけだから、汗臭いことを気にする必要もない。そう思って、私はお風呂を早々に諦めて、ディースとの打ち合いを楽しんでいた。


「ノワエ様、おかえり」


「ただいま。町はどうだった?」


「相変わらずだね。客引きの多いこと多いこと。でも可愛い服いっぱいあったから満足だね」


部屋の隅に紙袋が三つ並んでいる。いつも思うけど、どこからお金を捻出してるんだろう。

もしかして援助交際とかしてないよね。もう成人してるから別に悪いとは思わないけど、従者が援助交際しないとやっていけない賃金だなんて、何もしてないとはいえ主として恥ずかしい。


「またそんなに買い込んで……」


「ちゃんと古いのは売ったりしてるから」


「あなたのお金だから何も言わないけど、あまり無遣いはしないように」


「はーい」


言い終わるとディースが紅茶を入れてくれる。お湯を被る時間くらいはあるけれども、騒がしいのは性に合わないので、一服を優先する。

姉さんの領土は常夏で暑いけれども、たまに冷える夜がある。

今日がまさにその日で、まだ夜も浅いというのに二十度を下回っている。さっきまで運動していて熱かった分、今はちょっと寒い。

紅茶を飲みながら姉さんの町を見下ろす。きちんと整備された城下町。父さんの町よりもずっと綺麗だ。

父さんは「そんなところに金をかけるのなら軍事費に回せ」と言うだろうが、城下町がちゃんとしてないとお金は入らないわけで、そうなると軍事費も捻出できないと思うけどな。

まぁそれでも父さんの城下町は栄えていると思う。良くも悪くも一貫性はあるから、狂信的な魔族が父さんを支えているし、父さんは強いからあまり攻め込まれることもない。

他の兄姉の所にはずっと昔に行ったっきりでほとんど記憶にないけれども、強欲領のクラウシュ兄さんの所がすごく発展していたのは覚えている。他はあまり記憶にないけれども、傲慢領のウィル兄さんの所に言った時に、毒入りのスープを出されたのだけは覚えている。

お茶を飲み終わると姉さんから通信が入る。夕飯だ。


「さ、二人とも行きましょうか」


私は二人を連れて、応接室へ向かった。






小鳥の騒がしい囀りと、大きな窓から差し込む、柔らかい朝日で目が覚める。うっすらと目を開けると、豪華なシャンデリアがぶら下がっている。はっきりしない意識の中、ここはどこかを考える。しばらくしてから思い出す。昨日は姉さんの城に来たんだった。そしてここは姉さんの部屋。私はベッドの上。横には私の腕を枕にして、満足そうな顔で寝ている姉さん。

またやってしまった。そう思うが姉さんからは逃れられない。いや、まぁ逃れようと思えば逃れられるんだけど、その、ね……。


「ん……」


私のすぐ傍で無防備に寝ている姉さん。横顔を見ているだけで昂ぶってくる色欲の魔王。生暖かい寝息が腋に当たってくすぐったい。いけないことを扇動する肉厚で柔らかい唇は、息をするために少しだけ開いている。ちょうど私の舌が差し込めるくらいだ。

私は誘われるように、少し赤く染まった、柔らかい頬を優しく突く。


「ううん……」


眉をひそめるけれども、私の腕枕が気持ちいいのか、起きることなく規則正しい呼吸を続ける姉さん。

もう一度突く。まだ起きない。もう一度。珍しく熟睡している。もう一度、もう一度、もう一度……。

ああ今日はダメな日だ。魅了の魔法も埋め込みの魔方陣も使っていない姉さんにはどうしても勝てない。私はゆっくりと腕を引き抜く。


「ぅん?」


私の腕枕がなくなったことで目が覚める姉さん。


「ノワエちゃん、おはよ……」


上半身を起こし、目をこすりながら欠伸をする姉さん。片腕を上げて大きく伸びをすると、二つの果実がゆさりと動く。ダメだ、可愛すぎる。

私は顔を近づけて、無防備に開いた口に自分の舌を挿し込む。


「んぐっ……。ちゅる……ぷはっ。ちょっとどうしたの?」


「今日、ダメな日っぽいです」


「うそ……。んぁあん!!」


姉さんは今日、予定がないと言っていた。だから気が済むまで蹂躙しても問題はない。

頭の片隅でそんなことを考えながら姉さんを押し倒し、覆い被さる。

いつもやられているわけだし、たまには私の吐け口になってもらわないとフェアじゃない。


「ノワエちゃん、ちょっと落ち着いて、私まだ寝起きで……」


「大丈夫ですよ。姉さんは色欲の魔王なんですから」


「ちょっとそれ理由になってなひぅっ!!」


姉さんの甘酸っぱい匂いが鼻を満たす。ああダメだ。頭がくらくらする。私は欲望のままに、姉さんの口内を堪能する。

たまにこうして箍が外れちゃうんだよね。箍が外れると、ディースやルルカに当たってしまうから、そういう日は一日中部屋に籠っている。

でも今日は姉さんが目の前にいるから止められないし、止めるつもりもない。別に姉さんを傷つけるわけでもないし、姉さんだって「たまにはこういうのも悪くない」って言ってたし。

甘い香りに誘われる虫のように、私は姉さんの汁を貪り続けた。






「じゃあ帰るわね」


夕方。

満足するまですることをした私は、ルルカと一緒に謁見の間に来ていた。

ディースは事情を察して、ルルカを残して先に帰った。もう美味しい夜ご飯が準備されているだろう。

姉さんは少し寂しそうな顔でこちらを見る。


「することだけして帰っちゃうなんて、ノワエちゃんのプレイボーイ」


「私は女よ。それに姉さんにだけは言われたくないわ」


「あら~。私は好きな子としかしないわよ?」


「その好きな子が多すぎるのよ」


私やジャヒーを筆頭に、ルサールカやアクア、クラリッサとセイクリルも餌食になっているだろう。


「そりゃ私に仕える魔族はみんな可愛いんだから仕方ないじゃない」


そう言って横に立っているジャヒーに抱きつく姉さん。


「あら、ムッとしちゃって。妬いてるのかしら?」


「そんなことないわよ」


「あら~。ノワエちゃんわかりやす~い」


そう言ってジャヒーをさらにきつく抱きしめる姉さん。ジャヒーはこちらに「すいません」と口を動かして伝えてくる。でもその顔はちょっと誇らしげで、私を挑発してるようにも見える。

そういえば私とジャヒーって、一応恋敵になるのかな。


「ほら、さっさと空間を裂いて」


「はいは~い」


ジャヒーの頬にキスをしてから、空間を裂いてくれる姉さん。裂け目の向こうには、愛しのボロ洋館が私の帰宅を待ちわびている。


「じゃあね、ジャヒー、今度までに何か良い案を考えておくわ」


「はい。お願いします」


ニコニコと微笑む姉さんと、頭を下げたジャヒーに手を振って、空間の裂け目を越えて我が家に戻る。

すぐに空間の裂け目が閉じる。しばらく裂く予定はないけど、さらっと修復をしておく。


「それにしてもノワエ様、今回はえらくお盛んだったね」


「……そうね」


「あれ、否定しないの?」


「ちょっとやり過ぎたわ、正直」


ジャヒーよりはソフトだけど、私の方が姉さんより強いから、その痛さはジャヒーの何倍にもなったはずだ。

でもそれすら受け入れて、気持ちよさそうに喘ぎ悶え続けた姉さん。本当に懐が深い。


「あら、良い匂いね」


大きな音を立ててお腹が鳴る。私だけだと思ったら、ルルカも同じタイミングでお腹を鳴らした。私たちは顔を見合わせて笑う。


「ほら、さっさと戻って食べよう」


「ええ」


扉を開けて中に入ると、急に焦げ臭いが漂ってくる。

ルルカと顔を見合わせてまた笑う。ディースが久しぶりに料理を失敗した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る