1.10 エル・フィリア王国
「思ったよりも魔力が多いところだねぇ」
青空の下、私たちはこの世界を統べるエル・フィリア王国を目指す。腕を組んだまま歩くルルカは上機嫌だ。
「大丈夫、でしょうか……」
ルルカと対照的に、エルンテは不安そうな面持ちで、キョロキョロと辺りを警戒しながら歩く。
私にとって魔力が多い世界というのは、それだけ普段と同じように生活できる上に、使える魔法の幅が広がるなど、メリットが非常に多い。でもエルンテにとっては、住んでいる人間との力の差が埋るだけでメリットは少ない。戦闘経験も乏しいエルンテが不安がるのは仕方がない。
「大丈夫よ。いくらこの世界が魔力に富んでいても、あなたを楽々倒せる人間がいるとは思えないわ」
落ちていた小石を拾って握りしめる。手の中でゴリッという音がする。手を広げると、灰色の粉が地面に落ちる。
エルンテを軽く捻りつぶすとなると今の私くらいの力が必要だ。私の力は、この世界が少しだけ余裕をもって耐えられる値、簡単に言えば「世界最強」にしてある。いくらなんでも、そんな人間がいるとは思えない。
(でもエルンテと同じくらいの強さを持つ人間ならいそうね……)
気を付けておかないと、エルンテを連れて帰れないなんてことになるかもしれない。もしそんなことになったら、向こう百万年は異世界へ行くのを禁止されるだろう。
(チェックしとくか)
どのくらいの魔法が使えるかを試すために、エルンテを宙に浮かせる。「はわわっ」なんて可愛らしい声を出してエルンテがじたばたと水中遊泳を始めるけど、いっこうに前に進まない。ルルカがエルンテの手を取って歩き方のコツを説明する。エルンテは戸惑っていたが、すぐに空中を歩けるようになった。
(協会が測った量よりも多いんじゃないかしら……)
魔力の消費が激しい、空中を浮かせる魔法が使えるとは思っていなかった。これなら緊急事に少しくらいオーバーフローさせても問題ないだろう。
私は自分の右腕にはめた金色の腕輪を撫でる。少し痛いくらいに締め付けていた腕輪が一瞬黄緑色に光り、手が入るほど緩くなる。そのまま腕を抜き、人差し指でぐるぐると回す。エルンテが驚いた顔で私を見ている。
「え、えっとノワエ様、それはいったい……」
「腕輪よ。ルルカにもついてるでしょ?」
「そういうこと聞いてるんじゃないと思うよ」
私にこの腕輪が持つ拘束魔法は全く効かない。外そうと思ったらいつでも外せるし、つけたまま魔力を解放することだって容易にできる。アンスリュームが作った玩具ごときで私を拘束するなんてムリ。アイツと私じゃ魔法使いとしてのレベルが違う。
だからいつも自分で力の制限を行っている。その手の魔法もほぼ全て習得済みだし、天界の連中よりもはるかに高度な腕輪を作ることだってできる。面倒くさいから絶対にやらないけど。
「そ、それ、アンスリューム様は知っているんですか?」
「言ったことはないけれども、気付いてるでしょうよ」
それでも異世界へ行く許可をくれるということは、それなりに信頼してもらっているということだろう。
「……ノワエさんって、色々と規格外なんですね」
「私、なんだかんだ言っても魔王族だからね」
「ニートだけどね」
いらないことを言ったルルカの口を塞ごうとするけど、ルルカは私の魔法を避けた。
「力の差が埋っているとはいえ、よく避けたわね……」
「ノワエ様のパターンはおみとおひぃやぁ!」
ルルカの胸を直接わしづかみする。喧嘩を売っているとしか思えない大きなマシュマロを親の仇のように揉みしだく。
これは予想していなかったのだろう。全く避ける気配がなかった。
「ちょっとノワエ様、くすぐったいってば!」
私の手を払い、胸を押さえながら後ずさるルルカを無視して歩き出す。右人差し指で回していた腕輪を高く飛ばして、左の人差し指でキャッチして、また回す。
「……ノワエさんってそっち系なんですか」
エルンテの言葉に足を止める。もし天界で私がレズなんて誤った情報が流れたら困る。
「だ、誰か助けて!!」
森の中から子供の声が聞こえる。私は回していた腕輪をポケットに入れて、声がした方へ走り出す。
「あ、ちょっとノワエ様……」
ルルカの声を無視して、いつもよりも遅い足に鞭を打って、森を駆け抜ける。
すぐにしりもちをついた女の子を見つける。その前には大型の蟻の魔物がいる。大きく頭を上げて、鎌のような大きく反った牙を振り下ろそうとしている。頭が戦闘モードに切り替わると、蟻の動きがコマ送りのようになる。
近くに女の子がいる以上、攻撃魔法を使うわけにはいかない。私は防御魔法を唱える。蟻の牙が女の子の頭を貫く瞬間、女の子と蟻の間に黄色い防御壁が現れる。蟻の牙は防御壁に当たり折れ飛ぶ。一瞬遅れて私はその首を跳ね飛ばす。
私の頭よりも大きい蟻の頭が、緑色の体液をまき散らしながらゴロゴロと転がり、止まると同時に霧となって消える。
「大丈夫?」
「え、う、うん……」
目を瞑っていた女の子は、自分がまだ生きていることが信じられないようだ。目をパチクリさせながら、私のことをじっと見つめている。
遅れて到着したルルカとエルンテが残っていた蟻を仕留めている間に、女の子の体を調べる。膝を擦りむいただけで、他に外傷はない。足を触ってみるけれども、骨が折れていることもなさそうだ。私は回復魔法を使って膝の怪我を治す。
「さすがね二人とも」
二人が残っていた蟻を始末してこちらにやってきた。
「まかせんしゃい」
「ありがとうございます」
ピシッと敬礼するルルカと、それに倣って少し恥らいながら敬礼をするエルンテ。髪の毛が手と同じ動きをしているのが可愛い。
エルンテもこの程度の魔物相手なら遅れはとらないようだ。ルルカほど頼りにはならないだろうけど、自分の身くらいは自分で守れるだろう。
一息つくと、今度は甲高い鳥の鳴き声が耳をつんざく。見上げると大型の魔物、グリフォンが突撃してくる。防御魔法を唱えるには少し時間が足りない。私は女の子を抱いて横に飛ぶ。
「ノワエ様、大丈夫?! ってうわぁ!!」
鞭のようにしなる尻尾の一撃をもらったルルカは、少し気の抜けた声を上げて吹き飛ばされる。結構派手な音がしたけれども、たぶん大丈夫だろう。
私は起き上がり埃を払う。空の王者グリフォン。魔界でもたまに見かける超強力な魔物。この世界でもやっぱり強いらしい。蟻と感じるプレッシャーが全然違う。
お互いに睨み合い、隙を伺う。ってまぁ普通にやれば絶対に勝てるんだけど、あまり派手なことをしてこの子に危害が及んだら意味がない。向こうから去ってくれるのがベストだ。
それを感じ取ってくれたのか、それとも私と戦っても負けると判断したのか、もう一度大きな声を上げてから、グリフォンが空へと逃げていく。
私はその気配が完全に消えてから一息つく。
「すごいな、姉ちゃんすごい! グリフォンがバーって逃げて行ったぜ!!」
怯えているかと思ったけど、女の子は鼻息を荒くしながら、熱い目で私を見ている。
「ノワエさまぁ~」
おでこを押さえながらルルカがやってくる。けっこう派手に切れていて、血が頬を伝って地面に赤い染みを作っていた。
「はいはい。回復ね」
いつも通りのゴリ押し回復魔法でささっと傷を塞ぐ。それにしても今のグリフォン、ルルカが怪我をするほど攻撃力があるのか。そんな強力な魔物がいるとは思っていなかった。
ルルカの傷口が塞がったのを確認してから、私は膝を曲げて、女の子と目線を合わせる。
「あなた、一人で森に来たの?」
「違うよ。みんなと来てたんだけど、はぐれたんだ」
「いつはぐれたの?」
「お昼ご飯の前」
ってことは一時間以上は一人だったってことか。
「あなたはエル・フィリア王国に住んでるの?
「うん」
「じゃあとりあえず町に戻りましょうか」
「おう!」
走り出そうとした女の子の首根っこを掴む。
「あんたは私の背中」
そう言って女の子を掴み上げ負んぶする。キョトンとした顔をしていた女の子は、次の瞬間にはキャッキャ言いながら私の背中で遊ぶ。
(ルルカ以上に緊張感のない子ね……)
ため息をまた一つ。
歩き出そうとすると、正面から何かが走ってくる音が聞こえる。この軽さとスピードはおそらく人間だ。
だが、味方とは限らない。ルルカが武器を構えて私の前に出る。
やってきたのは女神のような、ほっそりとした女性だった。
胸元が大きく開いた白いノースリーブのドレスに金属でできたコルセットを巻いている。両腕には水色の腕輪、首には金色の首輪をはめており、それらの中心には赤い大きな魔力石がはめ込まれている。おそらく魔道具の一種で、あの中に魔力を溜めておくことができるのだろう。
青いサラサラのロングヘアーはどこぞの村娘大天使を思い起こさせるが、彼女の方が大天使に相応しいエロスを持っている。
「あ、オフィーリア」
女の子が私の背中から降りて、女性の足に抱き着く。その時、彼女の胸がゆさりと動いたのを私は見逃さなかった。くそ、こいつもかよ。
「サメルさん! 探しましたよ!」
「怒るなよ~」
「怒ります! 勝手なことをして。この方たちが助けてくれなかったらどうするつもりだったんですか?」
「……ヤバかったかも」
「ヤバかったではすみません! オネスト家の跡取りなんですから、もう少し注意して……」
「ごめんごめん。悪かったよ。そんなことより早く帰ろう」
「はぁ、サメルさんは本当に……」
反省の色が全くない女の子。そしてため息を吐く女性。その光景が幼いころの私とディースとかぶり、ついついにやけてしまう。
「ありがとうございます。おかげでサメルさんが助かりました」
「ええ。とりあえず無事に救出できてよかったわ」
「あの、大変失礼なんですが……」
女性の身長よりもさらに高い、錫杖のような杖がこちらに向けられる。その先端の水晶が青く光る。
「あなたたち、何者ですか?」
宝石のような水色の瞳が私たちを睨みつける。
さすが魔力が濃い世界。私たちがこの世界の人間ではないのを感じ取ったようだ。そもそも人間ですらないけどね。
「異世界人よ」
私があっさりと告白したことにエルンテが驚く。こんなに堂々と異世界から来たと言うのは、おそらく私だけだろう。
協会の規則では、「その世界に大きな影響を及ぼさなければ、その世界の生物と交流をしてもいい」と定められているだけで、「異世界から来たと言ってはいけない」とは書いていない。だから変に隠して疑われるくらいなら、素直に言ってしまった方が良い。
「……何をしに来たのですか?」
「人を探しに来たの。とりあえずその物騒な物、下ろしてくれないかしら?」
「こちらに危害を加える気は?」
「一切ないわ。そんなものがあったら、その子を素直に渡してないわよ」
女性はしばらく考えてから杖を下ろす。そして頭を下げた。
「……失礼しました」
「かまわないわよ。というか、異世界人って言っても驚かないのね?」
異世界人なんて言ったら警戒されるものだが、この女性は逆に安心したようにも見える。
「ええ。この世界はたまに異世界から物が来ることがあります。人がやってきたのは、歴史上でも数えるほどですが……」
そういえば資料に「この世界で管理者が一人誕生した」と書いてあった。その人間も確か、別世界からこの世界にやって来人間だったはずだ。もしかしたら魔界と同じで、他の世界に繋がりやすい世界なのかもしれない。
「あなた、城下町までの行き方はわかるかしら?」
「はい。サメルさんの件もありますので、ご案内させていただきます」
「ええよろしく」
「道中でお話を聞かせてもらえますか?」
「もちろん。面白い話? それとも怖い話の方がいいかしら?」
「前向きな話がいいですね」
「了解」
私の背中が気に入ったのか、サメルと呼ばれた女の子を負んぶしながら森の中を歩く。二分ほどで道に出た。
サメルは私の背中で、オフィーリアと呼ばれた女性に、私が蟻の魔物を倒し、グリフォンを追い払ったことを楽しそうに話す。しかし疲れていたのだろう、少し経つとぐっすりと眠ってしまった。その愛らしい頬をルルカが突くけど起きる気配はない。ようやくやってきた大人の時間。森を抜けるまでに、私はここに来た理由を説明する。
元の世界に腹違いの姉がおり、その腹心が妹を探していること。そしてその妹が別世界にいること。私はその妹を探しに来たこと。ついでに特徴も伝えてみたが、オフィーリアは「見たことがない」と言った。
基本的に隠すとか嘘は好きじゃないけれども、私たちが魔族という部分は伏せておいた。魔族ってどこの世界でも、あまり良い印象を持たれていない。魔族であることを話した時点で、敵認定されることだってある。それで一度、ルルカが怪我をしたことがある。
私の話が終わると、今度はサメルのことを話してくれた。
サメルが継ぐオネスト家は、この国の流通に大きな影響力を持っている、最も大きな貴族らしい。自由奔放な性格でたびたび問題を起こすらしいが、根は真面目で良い子とのこと。根が真面目かはわからないけど、なんとなく私と似ているところがあるな。と思う。
オフィーリアはサメルの従者ではなく、この国の騎士団員だが、とある事件でサメルに好かれてしまい、それ以降近辺警備も任されるようになったのだとか。そのせいで休みが無くなったと愚痴っているが、顔を見る限りまんざらでもなさそうだ。たぶんサメルのことが好きなんだろうな。
森の中を五分ほど歩くと大きな草原に出る。遠くに、高い城壁とそれよりもさらに高い塔、そして魔王城にも匹敵する大きな城が見える。
「へぇ。思ってたよりも立派な国ね」
遠目からでもあの国が発展し、裕福で平和なことが伺える。
「ところで、どうしてこの子ははぐれたの?」
夢でも見ているのだろう、むにゃむにゃと何かを呟いているサメル。
「お恥ずかしい話なんですが……」
オフィーリアと数名の兵士は、子供たちを連れてキノコ狩りに来ていたらしい。
あまり乗り気ではなかったサメルが逃げることを想定して、ずっと監視をしていたのだが、嬉々としてキノコ狩りに励んでいたサメルを見て気が緩んだらしい。一瞬目を離した隙に逃げられてしまったとのことだ。
「あんたを撒くなんて相当ね」
先ほど対峙した時、エルンテと同レベルの魔力を感じた。それに数々の修羅場を越えた、戦いに慣れた目をしていた。そんな彼女の隙を見つけて逃げるこの子は大したものだ。
「この子、もう外に出さない方が良いんじゃないの?」
「そうしたいんですけれども、サメルさん、一度言い出したら絶対に人の言うことを聞きませんから……」
「なんか、そういう子供の話、ディースから聞いたことがあるなぁ」
そう言ってニヤニヤしながら私を見るルルカ。
「当時から自覚はあったわよ」
そんな似た立場のオフィーリアとディースの決定的な違いは、手を出すか出さないかだと思う。
ディースは私が悪いことをすれば手を出したし、食事を抜かれたり、会話をしてくれないことだってあった。そういう時は姉さんに連絡して迎えに来てもらって……いや、やめよう。思い出したくもない。
でもいくら怒られても。私は間欠泉のように湧き上がる好奇心を抑えることが出来なくて、ディースに怒られるのを覚悟でいろいろなことをしていた。ディースがある程度それを放任していたのは、私がそれなりに強かったからだと思う。実際、サメルくらいの頃にはその辺の魔物じゃ相手にならかったしね。
サメルのことやこの世界のことを話しているうちに、城門までやって来た。普段なら入国許可書がないと入れないとのことだったが、オフィーリアが門兵と話をすると、すんなりと入ることができた。
「本当に大きな町ね……」
思わず声が漏れる。人間の世界でこれほど大きな国を見るのは二回目だ。
「行きましょうか」
オフィーリアに連れられて城下町を歩く。
道は白い煉瓦で舗装されており、脇には赤いペンキで塗られた街灯がいくつも立っている。
町は碁盤の目のようになっているようで、大通りと交差する道もまっすぐと伸びている。所狭しと並んだ家々は道にはみ出さないように建てられており、家の前に物を置くことが禁止されているのか、観葉植物や水を貯めておく壺などが一切ない。いかに美観を重視して作られたのかがわかる街だ。
騎士団員というだけで名誉なことらしく、人々が道を開けてくれる。中には頭を下げる人もいた。
十分ほど歩くとまた門が現れる。その門をくぐると景色は一変する。戦争時代の名残なのか、大通りこそあるものの、そこから外れるとくねくねと道が曲がり、いくつもの分かれ道がある。その道を迷うことなく歩くオフィーリア。
更に五分歩くと、オフィーリアが足を止める。
「へぇ~。この子、こんな大きな家に住んでいるの」
私が住んでいるボロ洋館なんて目じゃない、立派な三階建ての洋館。門には兵士が一人立っていた。
「オフィーリアさん、お帰りなさいませ。お嬢様は……」
「ここにいるわ」
「うん……」
私は背中に乗ったサメルを見せる。眠気眼をこすっているサメル。どうやら起きたらしい。
「おおっ! お入りください」
オフィーリアに続いて門をくぐると、メイドたちが待機していた。ざっと十人。この子、魔王である私よりも従者が多いのか。ってまぁ、ニートしてる魔王に仕えたいなんて誰も思わないわよね。そう考えると、ルルカはよっぽどの変態だ。
ルルカの方を見ると、「失礼なこと考えてるでしょ」と目だけで伝えてきた。さすがルルカ、意思疎通もばっちりだ。
「おうみんな、ただいま」
目が覚めたサメルは私の背中から降りて、挨拶をしながらメイドたちが作った道を歩く。そしてメイドたちの真ん中で振り返る。うん。私より様になっている。
「姉ちゃん、これから俺と遊ばないか?」
「こらサメル様。淑女は自分の事を俺なんて言いませんよ」
「俺、淑女じゃないもん。幼女だもん」
「……はぁ。どこでそんな言葉覚えてくるのかしら」
そのやり取りに覚えがあってクスクスと笑う。
姉さんから教えてもらった度を超えた下ネタに、ディースがよく同じ台詞を言っていた。
「なぁ、姉ちゃん、遊ぼうよ」
「ダメですよサメルさん、ノワエさんはこれから私とお城に行って、王様に挨拶をするんですから」
「あら、便宜をはかってくれるの?」
「ええ。サメルさんを救ってくれた私の友人として紹介します。あと、他の町も自由に見て回れるように、特別な入国書を発行してもらいます」
心の中でガッツポーズ。今回は幸先が良い。
「みなさん、サメルさんをお願い致します」
「かしこまりました」
メイドたちが一斉に頭を下げる。
「な、姉ちゃん、また後で遊びに来てくれるか?」
「ええ。構わないわよ」
なんだったら宿とお金も提供してほしい。
いつもみたいにルルカを酒場で働かせて稼ぐのもいいけれども、お金が簡単に工面できるのならそれに越したことはない。
「やりぃ! オフィーリア、後でちゃんと連れてきてくれよな」
「わかりました」
「よっしゃ、何して遊ぼうかなぁ……」
メイドを従えて、上機嫌で家に入っていくサメル。
「私たちも行きましょう」
「ええ」
オフィーリアに連れられて、私たちは屋敷を後にした。
次の日。
朝から情報収集もかねて、三人で城下町を歩く。
歩けば歩くほど、この国が好きになる。
確かに細い道はくねくねとしていて迷いやすいが、大通りは行き当たるまでまっすぐに伸びており、その大通りにほとんどの物があるから、小道に行く必要はないし、仮に小道で迷ったとしても、白壁の塔と呼ばれる城壁よりも高い見張り塔があり、それを目標に歩けば必ず大通りに出るようになっている。
(私、こっちに住もうかな?)
リストラリアはかなり理想に近い世界だ。本当に永住したいと思う。
「でもノワエ様って不思議だよね。魔界じゃ町に行くの渋るのに、別世界に来たら私を連れ回すんだから」
「ほらあれよ、新鮮さが違うじゃない。それに私、魔界ってあんまり好きじゃないしね」
「……それ、魔王族が言ったらダメなセリフだよね」
ルルカがため息を吐き、エルンテがくすくすと笑う。でも安心してルルカ、ダメな魔王族の自覚はあるから。
「逆にルルカは別世界に来るとあんまり行きたがらないわよね」
普段のルルカは買い物好きで、休みを貰ってはしょっちゅう買い物に行っている。
それとは別に食料の買い出しも行っているから、月の半分以上は町に行っているはずだ。でもこうして別世界に来るとあまり乗り気ではない。
「なんでだろうね~。やっぱこう、空気とか違うからかな。エルンテはどう?」
「私はあまり変わらないかな。もともと、ルルカほど買い物には行かないけど……」
エルンテもどちらかというとインドア派らしい。まぁ彼女は私と違ってちゃんと働いているけれども。
色々な物を見て回って観光を楽しみつつ、適当に捕まえた人にシアナの容姿を伝え、見たことがあるか、もしくはそういった伝説があるかを聞く。見たことがある人はいなかったが、ソードと呼ばれる、かつて存在していた戦闘種族の伝承を中心に、不老不死の人間の噂や、一風変わった祭りの話などを聞くことが出来た。
そもそもこの世界に飛ばされた可能性なんてあってないようなものだし、仮に飛ばされていたとしても生きている確率は低く、会える確率はもっと低い。
それに容姿も変わっているだろうし、唯一の特徴である深い緑色の髪の毛と、真っ赤な瞳をした人間はいくらでもいる。淫魔の中でもずば抜けてグラマラスなボディだけが頼りだが、それだって見る人によるし、あまり当てにはならない。
ぶっちゃけた話、シアナを見つけるのは、砂漠にばらまいた星の砂を探すくらい無理な話だ。
「お、あんたらがサメルを助けた三人組かい」
声をかけたおばさんは私たちに握手を求めてきた。
昨日、国王と謁見することができ、その際にこの世界に来た事情を軽く話した。すると国王は私たちのために便宜を図ってくれただけでなく、兵士を情報収集に当ててくれた。
それにオフィーリアが言っていた、どんな街にでも出入りができる特別入国書ももらった。これでこの世界のどこに行っても苦労することはないらしい。
「ええ。サメルって、この町では有名なのね」
「そうねぇ~。接点はないけれども、いたずらっ子って話はよく聞くわ」
シアナの代わりにサメルの話をよく聞く。私が助けたサメルは、やっぱり問題児のようだが、どうやら家の中で納まる範囲のいたずらしかしないらしい。
むしろ町の人たちからは、「引きこもりがちだった娘と一緒に遊んでくれた」とか「いじめっ子を撃退した」などのお姉さん的一面が強い話をよく聞く。ちょっと意外だった。
そんなこんなで時間はあっという間に経ち、お昼になる。私たちは飲食店が並ぶ通りで、雰囲気が良かった喫茶店に入り昼食を済ませる。
作戦会議もかねて長居しようと思ったけれども、引っ切り無しに若い子が入ってくる。外には席が空くのを待つ人もたくさんいる。これはさっさとはけた方が良さそうだ。
「あ、これ美味しい」
「え、ちょっとよこしなさい」
ルルカが食べていたパンケーキを器ごといただく。ふわっとした触感の後にバターの甘みが広がり、最後に少しだけ香るオレンジの酸っぱさが絶妙なハーモニーを生み出している。強奪した妖精のケアが作ったものとまではいかないけれども、ディースやルルカが作るパンケーキよりも数段美味しい。
「あ、じゃあこっち貰うもんね」
ルルカは私が食べていたムースケーキを取り食べ、とても幸せそうな顔をする。感想は聞くまでもないようだ。
「ノワエ様、このワッフルも美味しいですよ」
エルンテがワッフルを差し出してくれる。カリッとした触感の後に、食べ応えのある厚い、でもふわっとして口に負担がかからない生地、そして少し控えめなカラメルの甘さが口の中に広がる。これも絶品だ。
(あ~。本当に申請しようかしら……)
このエル・フィリア王国はお菓子の国としても有名なようで、「お菓子ストリート」と呼ばれる、お菓子専門店だけが並ぶ大きな道もあるらしい。そこに行くのはシアナの情報収集が終わってからと決めている。じゃないと情報収集が終わらない。
そんなこんなで昼食を済ませた私たちは、もう一度町を探索する。
私たちの事はほとんどの人が知っていて、何人かは情報をくれるんだけど、「これだ!」と思うものは一つもなかった。地方から来たって人もたくさんいたけれども、その人たちの回答も似たり寄ったりだ。
「う~ん。厳しいなぁ~」
いつも通りの回答に、いつも通り頭を悩ます。
私たちは空いていた別の喫茶店に入り、エルンテが取ってくれたメモを見ながらどうするかを考える。
だ有力そうな情報は四つ。旧ゼクシール領、アスカティアの町を蘇らせたソードがまだ生きているという話。この大陸の真ん中にある、極寒のクヴェル領の最果て、ゼノハの村の跡地からさらに山を越えたところに、千年以上住むといわれる山姥。はるか南、かつては楽園と言われたノスティライナを守る女神。かつて帝国だったガランティアを守る軍神の話。
この中で一番可能性があるのはゼノハの山姥だが、これに関してはまず間違いなく作り話だと思う。
というのもこのゼノハという村の跡地に行くのに、暴風雪が吹き荒れる雪原を一週間以上かけて越えないといけないらしい。さらにその先は岩山になっており、滑落すれば即死、そもそも人が行ける場所ではないとのことだ。
そんな極寒の地に、弱小魔族であったシアナがいるとは思えない。もしかしたらその岩山を超えた先に楽園のような場所があるのかもしれないが、門から出てきたはずのシアナが、そんな雪山を越えて辿り着くなんてことはできないはずだ。一応細かく調べるつもりだが、実際に現地に赴くことはないと思う。
そのあと、夕方まで粘って情報収集をしたが、それ以外の有力な情報は得られず、私たちはサメルの家に帰ることにした。
今日、サメルは外食をしているらしく家にいなかった。ご飯をいただいてから部屋に戻り、湯あみを済ませてベッドにもぐる。
「ノワエ様、明日からどうするの?」
暗闇の中、隣のベッドから声がかかる。
「もう有力な情報はなさそうね……」
一日しか情報収集していないけれども、すでに頭打ち感がある。
「ということはまずアスカティアですか?」
エルンテもまだ起きていたようだ。
次の町に行くとなれば、すぐ近くにあり、伝承も残っているアスカティアを調べるのが得策だろう。
この豪華な館を拠点にできないのは残念だけれども、私たちは慰安旅行に来たわけじゃない。あくまでもジャヒーの妹、シアナを探しに来たのだ。
「そうね。もう一日ここで情報収集をして、城の報告を聞いて、せっかくだから一日観光してからアスカティアに行きましょう」
ルルカは大きな欠伸と共に、エルンテは小さく笑いながら返事をする。
「さ、明日も早いからさっさと寝ましょうか。おやすみ、二人とも」
「おやすみさない」
二人の声がかぶって、また笑う。
ひとしきり笑ってから私はゆっくりと目を閉じ、明日からのことを考える。
しかし久しぶりの人ごみに疲れていたのか、すぐに深い眠りへ落ちていった。
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