1.08 幽霊が出るお城

「ねぇねぇノワエ様、幽霊が出るお城って知ってる?」


午後のティータイム。今日は日差しが柔らかいので、久しぶりに外で飲むことにした私は、ルルカが振ってきた話題に首をかしげる。


「知らないわ」


「色欲領と強欲領の境目にある城らしいよ」


「どこよそれ……」


魔界って広いし、そもそもちゃんとした地図がないので、知らない土地や建物がたくさんある。そのうち魔界を歩き回って地図を作るのなんてのもいいかもしれない。

ま、そのうちだけどね。


「どうせ死霊族が根城にしてるとかでしょ?」


魔界にはいろいろな種族がいるんだけど、死霊族っていうのは幽霊だけでなく、ゾンビやグールなどの総称だ。

でも魔界に住む死霊族は外見が人型ではないというだけで、他は普通の魔族と何ら変わらない。普通に町に住んでいるし、恋愛もするし、子供も作る。別にハエが寄ってきたりとか、変な臭いがしたりもしない。

その死霊族と人型の魔族のハーフを死人族っていうんだけど、これはほとんど魔族と言っても差し支えない。ちょっと顔色が死んでる人っぽいとか、一定時間、透明になる能力を持っているとか、そのくらいの特徴しか受け継いでいない。

ちなみに私の兄弟で、姉さんの横の領土を治めているウィル兄さんは死人族だ。


「違う、本物の幽霊」


「本物の幽霊ってなによ」


死霊族に分類される幽霊達だって、死んではいないけれども立派な幽霊だ。


「ルルカ、そこって破壊神が住んでいた城のことかしら?」


ディースがルルカのカップに紅茶を入れながら質問する。


「そうそうそれ」


「破壊神ってあの?」


ディースが頷く。少し前に見せてもらった本に書かれていた、破壊神シュリのことらしい。まさか住んでいた城が色欲領にあるとは思っていなった。


「まだ城が残ってるのね」


「何回も立て直しされているので、さすがにオリジナルの部分はありませんが、構造などは同じだったようです。アスデモウス様はあの城を修繕して、ノワエ様の城にしようとしていたんですよ」


そういえばそんな話を聞いたことがある。父さんとの話し合いの結果、それが実現することはなかったのだけれども。


「長年放置されていたので、今は廃墟となっています。最近、大魔王様の調査部隊が何か調べていたようですが……」


父さんが廃墟を、それも姉さんの領土にある物を調べるなんて珍しい。いらないことを考えてなければいいけれども……。


「破壊神の怨霊だ。ってちょっとした騒ぎになってるらしいよ」


「ふ~ん」


適当な相槌を打ちつつ、私はディースが焼いてくれたクッキーを食べる。いつも通り美味しい。


「あれ。ノワエ様、興味なし?」


「ええ。だって死霊族以外の霊が魔界にいるわけがないでしょ。どうせどっかの死霊族がかまってちゃんしてるのよ」


魔界で死んだ者の魂はすべて地獄に送られる。中には例外もあるんだけれども、強い恨みを残そうが、未練がどれだけあろうが、死ねば全員地獄行きだ。そして強制労働を経て、別の世界へと送られる。


「もしかして怖いの?」


「そんなわけないでしょ」


幽霊ごときで怖がってたら魔界で生きていけない。むしろ私は幽霊を怖がらせる立場の魔王族だ。幽霊だろうが死神だろうが向かってくるなら全て叩き潰す。

私はカップを持って、でも口を付けずにソーサに戻す。瀬戸物が触れ合う音がする。


「行かないわよ」


「あ、やっぱり」


苦笑いをしたルルカがクッキーを三つ取り、そのまま一気に頬張る。


「ノワエ様の引きこもりが復活してきたからさ、外に引っ張り出せたらと思って」


「いやよ面倒くさい」


少し前から町に行くようになった私だけど、五十年もしたら飽きてしまって、最近はまた引きこもり生活をエンジョイしている。とは言っても、前に行った天魔総括協会の総会のように、私には面倒くさい仕事がいくつかあるから全く外出しないってわけでもない。それに毎週カーラの所に遊びに行っているしね。それらを考えると、私って引きこもりとは言えないかもしれない。

ちなみにあの時に買ってもらったお高い服は今でもちょくちょく着ている。とは言っても厚手の服が必要な場所に行くなんて滅多にないから、家で着て楽しむくらいだけど。

私を連れだすことが無理だと悟ったルルカは、手紙で頻繁にやり取りをしているエルンテの話を始めた。






夜。

虫のさえずりとそよ風に揺られた葉がこすれ合う音だけが聞こえる静寂の中、私は例の城にやって来た。

真っ暗な中に佇む城は長年放置されていたせいで、各所が崩壊しているものの、残っている部分の荘厳さは褪せておらず、それが不気味さを際立たせている。

城の周りはボロ洋館と同じで深い森になっている。どうやらここの城に住んでいた魔王たちに王としての役割はなかったようだ。

魔王族の数が多いと、私のように王として生きない魔王が出てくる。そういう魔王たちは適当な城を持って、他の魔王を助けて稼ぎ自由気ままに暮らす。私のように何十年かに一回働けば不自由なく暮らせる。とまではいかないだろうが、一年に二、三回働けば十分暮せたただろう。


「いくわよ」


ルルカを連れて城の中に入る。予想通り瓦礫の山で、天井がほとんど崩落していて吹き抜けのようになっている。その天井から差し込む月明かりが、歩くたびに舞い上がる埃を照らし、無数の蛍が飛んでいるように見せる。

姉さん、こんな城を直して私に使わすつもりだったのか。ここまで壊れているなら、新しく建てた方が安上がりな気がするけど。


「ノワエ様、なんだかんだ言って楽しそうだね」


「そんなことないわよ」


色欲領にあるって聞いた段階で予想はしていたけど、姉さんから幽霊の調査依頼があったのだ。

いつもならこんなくだらない依頼はしてこないけれども、今回の噂はあまりにも得体が知れない。なにせ魔界に存在するはずのない幽霊の噂だ。父さんが関与しているだろうこともあって、何が出てきてもおかしくない。

後継者問題でややこしいことになっている今、色欲領の少ない戦力を失いたくない姉さんは、何が出てきても大丈夫な私に依頼をしてきた。当然、私に断る権利はない。


「またまた。昨日は楽しみで寝られなかったくせに。素直じゃないんだから」


「べつにそんなことないわよ。昨日はぐっすりだったわよ」


「声、聞こえてたよ」


「うそ……」


昨夜は姉さんが来ていないからそれほど大きな声は上げていないし、シーツを噛んでできるだけ声を抑えてたつもりなのに。

どう返そうかと悩んでいるとルルカが吹き出す。


「カマかけただけだよ。ノワエ様ってからかいがいがあるなぁ……」


またやられた。

私にとってその手の声を聴かれるというのは、たとえ身内であっても、たとえ毎日聞かれていたとしても、とても恥ずかしいことなのだ。


「ちょっと怒らないでって。まってまって」


私の気にしているところをあえて突いてくるルルカを放って、私は一人城の中へと足を進める。


「幽霊さん、いらっしゃいますか~」


壁を殴って大きな音を出す。本当は罠のことも考えて慎重に動くつもりだったけど、なんかどうでもよくなった。


「ノワエ様、そんなことしてたら、出てくるもんも出てこなくなるよ」


「このくらいやっといたほうが良いわよ。舐められたら終わりよ」


今度は目の前にあった大きな石柱を殴る。軽くやったつもりだけど、もろくなった石柱に大きなひびが入る。


「ちょっと、それ柱だよ。倒れてきたらどうすんのさ」


「倒れてくるくらいなら大丈夫でしょ」


「ノワエ様は大丈夫でも私は大丈夫じゃないの」


「あらそう」


「ちょっと、さっきのこと根に持ちすぎ。いつも声漏れてんだから、今更恥ずかしがらなくてもいいじゃん」


「それが恥ずかしいって言ってんのよ」


姉さんに小さい頃から色々仕込まれたせいで、寝られない日は自然とお盛んになってしまうのだ。それに姉さん、来る度にベッドにお土産を置いていくしね。それも市場に出回ってないような、物凄く気持ちよくて一瞬で飛んでいっちゃうやつ。……まぁ、役に立ってるんだけど。


「はぁ~やくでってこぉ~い」


「ノワエ様、舐めすぎじゃない?」


「大丈夫よ。私、強いから」


幽霊じゃ相手にならないから、本当に死神とか出てきてくれると楽しいんだけどな。

そう思いながら一通り城を見て回ったけど、瓦礫が転がっているだけで、お化けどころかネズミの死体すらなかった。


「なんか拍子抜けだったね」


いかにもという風貌に少し期待をしたのだが、所詮噂は噂だったようだ。


「そうね。溶かす?」


久しぶりに獄炎の魔法を使いたくなってきた。私は右手に、自分の身丈ほどある火柱を躍らせる。


「やめといた方がいいよ、大事件になるから」


「冗談よ」


息を吹きかけると、周囲を溶かす勢いで燃えていた火柱はあっさりと消える。

仮に獄炎の魔法を使うとするなら姉さんの闘技場を借りる。あそこなら誰にもばれずに思いっきり暴れられるからね。


「帰るわよ」


これ以上ここにいる必要はない。そう思い帰路に就く。

私とルルカが城を出る寸前で背中に悪寒が走る。何かいると思って振り返ると、瓦礫の中から青白い子供が這い出てきた。その青白い体は透き通っている。

瓦礫から次々と、ゾンビのように這い出てくる子供たち。その数は三十くらいだろうか。


「ノワエ様、あれって……」


子供たちはしっかりとした足取りでこちらに向かってくる。彼らの周りには淀んだ魔力が漂っている。

それを見てルルカが一歩下がり武器を構える。私も剣を抜けるように準備しておく。


「本物の怨霊ね。どうしてこんなにいるのかしら……」


魔界で死んだ者は地獄に行き、その魂は地獄が管理する。魔界は地獄に近い分、例外は少ないんだけど、それでもたまに死んだ魂が魔界をうろついていることがある。

死んでなお現世に留まる方法はいくつかあって、その中でも強い恨みを残して死ぬ怨霊っていうのはトップクラスの厄介者だ。その多くは長い年月を過ごすうちに強大な力を持つようになる。

幸い彼らからは魔力をあまり感じないから、放置しても今すぐに問題が起こることはないだろうけど、怨霊はいるだけで辺りの魔力の流れを悪くする。だからいくら弱いとは言っても、怨霊を放置するわけにはいかない。


「お姉ちゃんたち、何しに来たの?」


先頭にいるほかの子供よりも一回り年上に見える男の子。長い前髪に隠れた赤い瞳がこちらを見つめている。


「先に私の質問に答えてくれるかしら?」


男の子が頷く。

子供たちから淀んだ魔力は感じるけれども、敵意は感じられない。どうやらこちらに危害を加えるつもりはないようだ。


「あなたたち、どうして死んだか覚えている?」


「覚えてないよ」


「僕たちみんな、兵隊に連れていかれたんだ」


「で、気が付いたらこうなってたよ」


口々に話す子供たちの恰好を見るに、この子たちはおそらく孤児だ。孤児を連れて行き眠らせて、怨霊を生み出す実験でもしたのだろう。

知り合いの天才魔女の地下室で、そういうことが書かれた本を読んだことがある。


(あのクソジジイ……)


怨霊を生み出すことが出来るようになれば、強力な兵器として使えるかもしれない。

例えば敵の領土で怨霊を生み出し、長期間潜伏させることができれば、怨霊自体も強くなるし、あたりの魔力は乱れに乱れて使い物にならなくなるだろう。

地味で狡い作戦だけれども、そのアドバンテージは決して小さくない。しかも必要なのは強い魔族じゃない、弱い魔族だ。怨霊が出来上がれば、あとは放置しておけばいいだけだ。コストもそれほどかからないから、理にかなった賢い作戦だとは思う。


「どうするの、ノワエ様」


他の世界にいる怨霊は天馬総括協会が始末しているんだけど、協会もわざわざ魔界に来てまで怨霊を処分しないだろうし、そもそもこんなにたくさんの怨霊が魔界にいるなんて思ってもみないだろう。

だから魔界の誰かが始末しないといけない。そしてそれは、ここに来た私の仕事だと思う。


(この子たちを始末するのか……)


小さい子っていうのが不憫で仕方がない。魔族の赤ちゃんは九割以上が死んでしまい、その後もちょっとしたことで死んでしまう。せっかくここまで大きくなったのに、わけのわからないうちに実験台にされて命を落として、怨霊になって始末されるなんて……。


「……よし、あんたたち、今から遊ぶわよ!」


「え、遊んでくれるのお姉ちゃん!」


パッと子供たちの顔が明るくなる。

私が思いつく罪滅ぼしはこのくらいしかなかった。


「ただし、遊び終わったらあんたら全員あの世に送るからね」


「……うん」


この子たちをまとめている最年長の子供が、寂しそうに頷いた。






遊ぶとなれば生きてるも死んでるも関係ないし、まして場所も年も関係ない。子供なんてそんなもんだ。

私の周りに集まった子供たちは、一斉に私を四方八方へ引っ張る。


「はいはい落ち着きなさい。体は一つしかないから、何をやるか決めてから遊ぶわよ」


すると我先にと遊びたいことを言っていく。順番なんてない。声が声にかき消されてすぐに聞き取れなくなってしまった。中には喧嘩を始める者もいる。


「はい静かに!」


子供たちの上で小さな爆発を起こして騒ぎを止める。

驚いて一斉にこちらを見る子供たち。


「す、すげぇ姉ちゃん!! 魔法使えるの?!」


「勝負だぁ~」


「え、あ、ちょっと!」


喧嘩が好きそうな子供たちがポカポカと叩いてくる。大胆な者は私に飛びついてきた。油断していたから倒れそうになったけど何とか踏ん張れた。


(はぁ、子供ってすぐこうなんだから……)


小さくため息を吐いてから、とりあえず飛びついてきた子たちを引きはがす。

初めの遊びは決まった。


「よし、私を倒してみなさい」


「みんな! 勇者狩りだ!!」


「おー!!」


勇者じゃなくて魔王だけどね。なんて無粋なことは言わない。彼らは私が魔王族なんて夢にも思わないだろう。

魔界っていう世界は結構つながりやすい世界なので、百年に一度くらいの頻度で他の世界から人がやってきたりする。その中には勇者と呼ばれる、魔王を倒すために魔界に来た戦士もいる。それを倒すっていうのは一般魔族にとって憧れなのだ。だから子供の頃、勇者狩りと称してちょっと強い大人と戦う。

魔族の子供は性格や性別関係なくとにかく戦いが好きだ。

大人になるにつれて、絶対的な力の差がわかるようになると鳴りを潜めるが、子供時分はとにかく戦いたがる。子猫の取っ組み合いみたいなものだ。……それが原因で命を落としてしまう子も多いんだけど。

ルルカの方を見ると、おとなしそうな子とまだ小さくて力の弱いくてこちらに混ざれない子がルルカにアタックしていた。私よりもルルカの方が弱いと判断したらしい。

目配せでルルカに「手加減しなさいよ」というと、「わかってるよ」と返ってきた。






「こら、待ちなさい!」


先ほどの戦いで子供たちを完膚なきまでに叩き潰した私は、今度は鬼ごっこの鬼をする。

ルルカはサービスで負けてあげてたけど、私は絶対に負けてあげない。「姉ちゃんケチだな」とか言われたけど無視。魔界では強いやつが正義なのだ。


「待てって言われて待つ奴がいるかよ~」


鬼よりも恐ろしい、魔王から逃げる遊び。私とルルカが鬼となり子供たちを追いかける。

それにしても本当にすばしっこい。そりゃ本気を出せば捕まえられるんだけれども、ほら、そこは大人だから子供に合わせてあげないといけないじゃない。だからなかなか捕まえられないのだ。でも、絶対に負けないけどね。


「ほらほらこっちこっちー」


私を囲むようにして子供たちが煽ってくる。私たちが来るまでみんなで遊んでいたからだろうか、連携が上手く取れていて、なかなか捕まえることができない。


「くっそちょこまかと……」


一人に絞って追いかけるけれども、逃げている途中に別の子供とクロスしたり、後ろからついてきて気を散らしたりと、多彩な戦術で私たちを苦しめる。


「ノワエ様、どうよ?」


「さっぱりね」


どうやらルルカも上手く捕まえられないようで、参ったような顔をして私の横にやってきた。


「というか壁すり抜けるとか反則じゃない?」


「……そうね」


一番私たちを苦しめているのは、壁際に追い込んでも向こう側に逃げられることだ。

彼らは死霊族と違って体がないから、透けて壁を通り抜けることができる。地面に潜るのは禁止してくれたけど、壁を壊して城を崩壊させるわけにもいかないから、壁を抜けられると私たちは回り込むしかない。その間にまた壁を抜けられる。こうなるとなす術がない。


「……ルルカ」


「うん」


久しぶりに協力する時が来たようだ。私とルルカが協力すれば、子供なんてすぐに捕まえられる。


「さて、覚悟なさい」






全員捕まえた私たちは、今度は隠れん坊の鬼となって子供たちを探す。

みんなが気を利かせて、私たちを鬼から外してくれたのだけれども、ルルカは隠れるのが上手すぎて私が手伝わないと見つからず、私は隠れるのが下手すぎていつも序盤で見つかってしまう。私は隠密とか偵察とかとは無縁の魔族なんで、身を隠すっていうのに慣れていないのだ。

なので結局、私とルルカが鬼をすることになったんだけど……。


「ノワエ様~。最後の子も見つけたよ~」


「ちぇっ。姉ちゃん強すぎだよ」


私は探すのも隠れるのも苦手だけれども、ルルカは探すのも隠れるのも大得意で、そういう能力を持っているんじゃないかってくらい、信じられない速さと正確さでみんなを見つける。


「これじゃ勝負にならないわね」


「そうだそうだ! 姉ちゃんたち手加減してくれよ!」


「う~ん。とは言ってもねぇ~。隠れん坊に手加減なんてないしねぇ~」


何かハンデはないかと、子供たちと一緒になって考えるけど、答えは出てこない。


「ところでルルカ。なんで隠れてる場所がわかるの?」


「ん? 勘だよ、勘」


変な質問しないでよ。と言いたそうなルルカの顔。いや、私の質問よりも、あんたのその回答の方がおかしいけど。

でもそれが不思議じゃないほど、ルルカの勘ってすごくよく当たるんだよね。まさかこんなところで役に立つとは思っていなかったけれども。






「おお! 姉ちゃんすげぇ!!」


今度は私が色々な魔法を見せてあげる。今は水の魔法と光の魔法を組み合わせて、小さな虹を作っている。


「こんな魔法初めて見た!」


水魔法は一般的だけれども、光魔法を使える魔族は極少数だ。私も光属性が自由に使える魔族の知り合いなんていない。まぁ基礎くらいなら使えるやつはいるけれども、それだって片手で足りるくらいだ。


「お姉ちゃんって、魔法得意なの?」


「どちらかと言えば得意ね」


「なんかすごい魔法を見せてよ」


「ん~……」


危ない魔法や目立つ魔法は使いたくない。地味だけど子供たちでも凄さがわかり、あっと驚く魔法。


「じゃあ、あんたたちが一生かかって見られないような、とっておきの魔法を見せてあげるわ」


そう言って右手に聖属性の魔力を集める。いつもと違う魔力に、子供たちが二、三歩後ずさる。

魔界に聖属性の魔力ってほとんどないから、光属性と雷属性の魔力を集めて変換する必要がある。

魔力の変換は上級魔法を超える難度の高い技術だ。これだけでも、この子たちは一生見る機会がないだろう。

顔くらいの大きさになった聖属性の球を自分の胸の中に沈める。聖属性の魔力が体を駆け巡る、温かいけど私たち魔族にとっては嫌な感じ。一通り体を駆け巡った魔力は背中に集まり、ゆっくりと外に出て固まっていく。


「す、すげぇ……」


背中を確認すると、そこには純白の羽が生えている。天使たちに生えている鳥の羽じゃなくて、魔族に生えている蝙蝠の羽だけれども、聖属性で作られた天使たちと同じ羽だ。


「え、これ……本物?」


「ええ本物よ。触ってみなさい」


恐る恐る子供たちが私の羽を触る。人にもよるけど私は羽を触られるとちょっとくすぐったい。


「すごい……」


代わる代わる私の羽を触る子供たち。その顔は未知なる物に出会った恐怖と興奮が入り混じっている。どさくさに紛れてルルカも触っている。そういえばルルカにこの羽を見せたことはなかったかもしれない。

魔族も天使も羽が生えていない者が圧倒的に多い。生えていてもこぶし大くらいの大きさしかない者が多く、空を飛べる大きさの者なんて極少数だ。

羽が生えていることを羨ましがる者も多いけど、空を飛ぶ魔法や道具があったり、こうして魔力で自由自在に羽を作ることもできるから、大きな羽が生えていても生活の邪魔になることの方が多いようだ。

ちなみに姉さんは自分の身長の二倍ほどある、魔界で一、二を争うほど大きな羽が生えている。淫魔たちの得意技である、体を変化させる能力で普段は隠しているけど、広げた姿は今見ても息を飲むほど格好いい。

ちなみに羽の付け根の部分は姉さんの性感帯である。ってまぁ姉さんは、全身性感帯って言っても差し支えないけど。


「お姉ちゃん、僕もこのくらい、魔法が使えるようになれるかな?」


「……来世になるとは思うけど、練習すればあんたでも使えるようになるわよ」


ニカッと笑って拳と拳を当てる。この子は魔法の素質があるから、ちゃんと魔法を教えてあげれば強くなったと思う。

せっかくなので他にも色々と魔法を見せていく。使い手があまりいない魔法や古代魔法などの珍しいものを中心に、それ以外にも先ほどのように虹をかけたり、蜃気楼を作ったりして遊ぶ。

せっかくなので羽を付けてあげたり、空を歩く魔法なんてマニアックな魔法も体験させてあげた。


(………………………)


慣れない羽で空を飛びまわる子供たちを見て、時が止まっていればいいのにと思う。

約束の時が近づいているのは、背中にある聖なる羽が教えてくれていた。






昇り始めた太陽が辺りをぼんやりと照らし、約束の時が来たことを伝えてくれる。

なんだかんだと夜通し遊んだ。寝不足でちょっと頭が痛いけど、走り回っていたせいで眠気はない。

いや、眠気がないのは、やって来た別れのせいかもしれない。


「じゃあ、あんたたち順番に並びなさい」


「……うん」


私の言うことを聞いて素直に並ぶ子供たち。本当に素直でいい子ばかりだと思う。

ここにいるみんなは自分たちが怨霊であること、このまま魔界にいれば辺りに悪影響を及ぼすことを感じ取っていたようだ。

ここに来たときは夜だったから気が付かなかったけれども、城の中には怨霊の影響で腐食してどろどろになった瓦礫や、まるで墨をかけたような黒一色の枯れ花があった。

彼らは純粋無垢な子供の分、無意識に放つ悪影響も大きい。このまま放っておけば、ここを中心にどんどん腐食していくだろう。


「来世で良い生活が送れるように祈っているわ」


私は自分の剣を抜く。刀身が朝日に照らされて鈍く光る。その光が血のように見えて、私は血振りを行う。

目の前には、片目が見えない竜神族の男の子が、ギュッと目を瞑って立っている。鬼ごっこの時、そのハンデを感じさせない逃げっぷりに私は正直びっくりした。

私はその子のお腹に剣を突き付ける。ここにいる全員が固唾を飲んで見守っている。

それを肌で感じながら、何か感情が起こる前に剣を突き刺し、魔力を込めて爆散させる。子供は一瞬目を見開いた後、霧となって跡形もなく消えた。

すでに死んでいるから痛みは感じないだろうけど、剣が突き刺さる感覚と、自分の体が中から飛び散る感覚は感じただろう。


「次」


自分でもびっくりするほど心のこもっていない、機械音声のような声で次の子を呼ぶ。

次の子はルルカに懐いていた女の子だ。何をするにもルルカの傍にいて、私はちょっと嫉妬していた。

私の前に立った彼女は、前の子と同じように固く目を瞑る。

私はその子のお腹に剣を突き刺し、魔力を込めて爆散させる。跡形もなく砕け散り、霧となって辺りに溶けていく女の子。

朝日のせいでそれが血のように見えて、私は目を伏せる。


「次」


次の子が前に立ったのを感じてから、目を開けて、相手と目を合わせて、また子供を殺す。歯並びが悪るくて滑舌も悪かった男の子。でも遊んでいるうちに聞き取れるようになってきて、意外と面白いことを話してくれた男の子。彼も霧になり消えていく。

現世に残ってしまった魂は粉々に砕かないと、体の一部しかない怨霊になってしまう。例えば腕だけになり、身動きもほとんど取れず、また周りに与える悪影響も極端に少なくなるため、誰にも気付かれずに半永久的に存在することになる。

はるか昔はこれが極刑に使われていたこともあるほど残虐な仕打ちだ。だから私はためらわずに、子供たちを魂ごと木端微塵にしていく。


「次」


次の子がやってくる。この子は鬼ごっこの時にみんなに指示を出していた男の子だ。この子を捕まえてからはとんとん拍子で捕まえていくことができた。

男の子は私としっかりと目を合わせてくれる。だから軽く微笑んでから剣を突き立てる。最期まで笑顔だった。


「次」


私にやたらと飛びついてきた男の子。よく見ればこの子が一番幼い。何をされるのかもはっきりとわかっていないようだ。でも躊躇わずに剣を突き立てて、また殺す。

……いや、殺すなんて生易しいことじゃない。魂が粉々になってしまった場合、魂は別の魂と混ざり合って転生する。だから彼らは彼らとして転生することはできない。もう彼らの魂は無くなったも同然なのだ。


「次」


私と同じ、黒い長髪の女の子。その長い髪を揺らしながら走る姿は、小さい頃の私を見ているようだった。私も姉さんに助けてもらっていなかったら、この子たちのような悲しい最期だったのかもしれない。


「次」


すばしっこくて、ルルカと協力してもなかなか捕まえられなかった男の子。何回も脇をすり抜けられた。防御壁を作って止めてやろうと思ったら、あっさりと飛び越えられてビックリした。その時の得意げな顔が今でも浮かぶ。


「次」


将来はメイドになりたいと言っていた女の子。ルルカに礼儀作法や料理の作り方、家事炊事など、メイド業務に必要なことを伝授されていた。来世では私に仕えるメイドになると言ってくれた時は嬉しかった。


「次」


運動神経が悪くてすぐに捕まるけど、誰よりも一生懸命に逃げていた女の子。でも空を歩く魔法は誰よりも早くコツをつかんで、一人だけ走り回って遊んでいた。私が一番速いと喜んでいた。


「次」


一本角の生えた鬼人族の男の子。力勝負だけは負けないと私に何度も挑んできた。すべて返り討ちにしてやったら、来世で絶対に倒すって意気込んでいた。その気持ちを忘れなければ、きっと強くなれるよ。


「次」


誰よりも大きくて、誰よりも力持ちな男の子。鬼人族の子と、どちらが私を倒せるかを競っていた。二人は仲が悪かったようだけど、私を倒すという目標ができて、最後は二人で私に戦いを挑んできた。


「次」


意地悪だけど根はとても優しい、素直になれない男の子。私がいろいろな魔法を見せていた時に、みんなに隠れて運動音痴の子に告白していた。恋の行方がどうなったのか聞いていないけど、戻ってきた二人は素敵な笑顔を向けてくれた。


「次」


初級魔法が使える男の子。この子は魔法の才能があっただろうから、もっと早く知り合って魔法を教えてあげれていれば、兵隊たちを退けることくらいは出来たかもしれない。そうなれば彼らの運命は大きく変わっていただろう。


「お姉ちゃん」


私が「次」という前に、みんなをまとめていた最年長の男の子が声をかけてくる。この子、みんなで遊んでてもちょっと離れたところから見守っていることが多かった。この子が見ていてくれたから、私たちは全力で遊べたのだ。


「どうしたの?」


私は出来るだけ感情を抑えて、笑顔で答える。


「どこか具合悪いの?」


おさげの女の子が私の心配をしてくれる。今から自分たちはもっと酷い目に遭うというのに、私のことを心配してくれる。


「すごく顔色悪いよ」


一所懸命に伸ばした手が眉間に触れ、「熱はないみたい」と言ってくれる。この子はお医者さんになりたいと言っていた男の子だ。


「手が震えてるよ」


性別が違う双子が私の両手を握ってくれる。そこでやっと気が付いた。私の手は誰が見てもはっきりとわかるほど震えていた。

怨霊と言えども、私は小さな子供相手に何をしているのだろう。地獄の使者でも天使でもない私がこんなことをしても良いのか。最期だから満足するようにと、遊ぶだけ遊んで殺すなんて非道が許されるのか。


「僕たちなら大丈夫だから。きっと、また会えるから」


最年長の男の子が笑う。この子は多分、私がしていることの意味を理解している。でもその顔はとても明るくて、次の人生が幸せであることを信じて疑わない顔だった。


(私が暗い顔してたら、覚悟した彼らに失礼よね)


泣くのは後でもできるんだから、彼らの最期は笑顔で見届けないと。


「ごめんね。ちょっと考え事してた」


私がニコッと笑うとみんなもニコッと笑い返してくれる。

大きく深呼吸してから、先ほどの双子のお腹に両手を当てて、魔力を体に送り込んで同時に霧に変える。双子は最後までお互いの手をぎゅっと握りしめていた。

おさげの子は泣きながら、消えるその瞬間まで手を振っていてくれた。

お医者さんになりたいと言っていた子供は、最期まで私のことを心配してくれていた。

仮に目を潰されるようなことがあっても、見ていたら死ぬとしても、目は絶対に瞑らない。彼らの最期を目に焼き付ける。


「お姉ちゃん、僕で最後だよ」


幾人もの子供たちを霧にして、ついに最年長の男の子だけになった。

彼も目を瞑らずに、みんなの死をじっと見届けていた。

長い前髪の奥から優しい瞳が私をじっと見ている。

彼は朝日に照らされて、ほとんど見えなくなっていた。


「みんなを代表して言わせて、ありがとう」


頭を下げる男の子。でも、頭を下げる相手は私じゃない。


「……お礼なんていいわ。私はあなたたちを殺した。恨まれることはあっても、お礼を言われる義理はないわ」


「ううん。お姉ちゃんでよかった。本当にありがとう」


微笑む彼の目尻から涙が零れ落ちる。私もとうとう我慢できなかった。


「お姉ちゃん、最期にお願いしてもいいかな?」


「なに?」


「手、握って」


そう言って右手を差し出す男の子。しっかりと握ったその手は、私よりも大きくてごつごつしていた。

一呼吸おいてから男の子が合図をくれる。私は手を引いて、彼を抱き寄せる形で剣を突き立てる。

一瞬で霧になった彼を抱くことはできず、最期の言葉も聞けなかった。


「………………………」


全て終わった。

剣を握っている右手を眺める。

無数の命を転生できないように奪い取った、目に見えない血で染まった忌まわしい手。

いや、今までだって無数の魔物を切り刻んできた血染めの手だ。今更何を嘆く必要があるのだろう。

自分が情けなくて、許せなくて、やるせなくて、自然と手に力が入る。壊れないように作ったはずの愛剣がミシミシと音を立てる。


「ノワエ様、大丈夫?」


「……流石にちょっとキツイわね」


酷い吐き気に襲われて、体が重くてまともに歩けない。心が悲鳴を上げているのがわかる。


「私はさ、その……。みんなを救ったと思うよ」


「……そう、ね」


理屈ではそうかもしれない。彼らを消滅させなければこの辺りはどんどん腐食していっていただろうし、他の魔族に始末されていたら、上手く粉砕されずに体の一部だけが残った怨霊になっていたかもしれない。

でもねルルカ。私が自分のエゴで子供を殺した。それは変わらない。だから私はこの罪をずっと背負っていかなければいけない。

でも、これでよかったと思う自分もいる。そうやって自分を許そうとする自分が一番許せない。


「帰りましょう。ちょっと横になりたいわ」


「うん」


ルルカはそれだけ言って、私の後をついてくる。

去り際に「ありがとう、お姉ちゃん」と聞こえた気がした。

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