第2話 約束
ピピピという電子音が部屋に響き渡り,僕はケータイに手を伸ばしアラームを止める.
鮮明でない意識の中で''思い出す''.
そう僕にとって今日は大事な日だ.今日から僕は高校生なのだ.
周囲の人が君ならもっと良いところに行けるのにもったいないと言われてしまったけれど,僕はこの県立西大垣高校を選んだ.本当に選んだのかというと正直微妙で,実際は考えるのが面倒だったから近場の高校で済ませたのだった.高校でやることなんてどこの高校に通ったて同じだから自分次第だろうと考えていた.
まだ意識がぼんやりしているなか,ふらふらと階段をおり朝食の香りの漂うダイニングに向かう.お母さんが僕に気づき,茶碗にご飯を装う.そして,僕は食卓につき箸を手に取る.
ここまでが決まりきったアニメのオープニングのように代わり映えしない毎朝の流れだった.
目玉焼きにマヨネーズとコショウをたっぷりかけて口に頬張る.
「
お母さんに注意されてしまうが,これも予定調和だった.
「いいじゃん別に.マヨネーズおいしいしさ.」
「マヨラーめ.今度からマヨネーズ大好き王子って呼ぶよ?いい?」
お母さんがいつものしょうもないセリフが終わった瞬間ピンポーンという間の抜けたチャイムの音が室内に響き渡った.
僕は違和感を感じた.だが,その違和感は一瞬にして勘違いだと気づく.たぶん,勘違い.
「絵久!おっはよー!」
元気の良い声……あいつがやってきたのだ.
「おはよう.ネネ.」
ネネ,和泉弥寧々,彼女は僕の幼馴染の女の子だ.幼稚園は違ったし,小学校でも同じクラスになったのは小5と小6のときだけだったけど,近所に住んでいたので,小さい頃から一緒によく遊んだ記憶がある.
「絵久まだパジャマじゃん,てかなにそのマヨネーズ,原型わかんなくない?」
「うるせーよ.僕はマヨネーズ王子なんだよ.試合の合間にマヨチュッチュしてマダムからモテモテなんだよ」
「現実であまりにもモテないからってそういう妄想するようになっちゃったんだね…….なんかかわいそう.」
「かわいそうとか言うなよ!」
お母さんがクスクス笑っていた.ネネがいて,お母さんがいて僕がいて.この3人が揃って初めていつもの日常って感じだったっけなと思う.
「ネネちゃん,その制服すごく似合ってるよ」
お母さんの言葉を受けてネネの姿をまじまじと見る.
肩まで伸びた黒髪が朝日を受けてきらめいて見える.目はくりくりとしていて長い睫毛がさらにその可愛らしさを際立てている.うちの高校のブレザーとチェックのスカートがネネに女子高生としての魅力を犯罪級に高めていた.
「なんか絵久の目線がやらしい気がする……」
ハッとして目をそらす.
「ネネなんかに欲情するわけないじゃん.何言ってんだよ」
「はっ!?何それ,失礼すぎるでしょ!」
頰を膨らませて怒るネネを尻目に,僕は部屋に戻り制服に着替える.
西大垣高校の制服は男子は学ランではなくブレザーで,女子はブレザーとチェック柄のスカートだった.どうもこの高校の制服は女子には人気があったみたいで,女子にとっては憧れの高校という位置付けだった.確か,ネネもこの制服が着たいとかでこの高校を選んだのだったっけ.
お母さんに見送られ,僕とネネは家を後にし県立西垣高校へと向かう.
「ねえ,絵久.覚えてる?小学生のときにした約束?」
「約束?なんかしたっけ?」
僕は真剣に思い出そうとしたけれど,僕の脳は検索件数は0件であることを告げるのみだった.
「したじゃん.卒業するときにタイムカプセル埋めたでしょ.埋めた場所は大人になってから掘り起こすまではだれにも言わないことになってるから言えないけどさ.」
タイムカプセル?卒業した時はタイムカプセルとかそういう文化は今の世代的じゃないよねってことでなしになったはずじゃ.
「そのタイムカプセルを埋めた木の下で,絵久は私に約束してくれたよね.その約束,ちゃんと守ってね」
本当にわからなかった.僕の中に無い記憶について話してくるネネが若干怖く感じられた.
「ごめん.何のことかさっぱりわからない.タイムカプセルなんて埋めてないし,約束もなんのことかわかんないや.それともなんか冗談?だったらノリ悪くてごめん.」
「ううん.いいよ.絵久はわからなくても,絵久は絶対守ってくれるって信じてるから」
ネネはそういったあとまた昨日のテレビのこととか普通の話をしだした.僕も今日の入学式とこれからのことが楽しみで,そのことはもう気にならなくなった.
その頃には今朝感じた違和感,僕に幼馴染なんていただろうかという違和感なんてもう完全に忘れ去ってしまったのだ.
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