第5話「取り敢えずの初日」

第5話 「日常の始まり」


「さて……」

宴も終わり、割り当てられた部屋で、一人息をつく。こじんまりとしているが、ベッドに、机、棚などが揃えられた非常に良い部屋だ。


着替えなどないし、今日はこのまま寝るとしよう。


「しかし……」

ベッドに寝そべり、1時を指す時計を眺めながらふと考える。


「軍隊って何時起きなんだろう…」

私の身近に軍人はいなかったし、詳しい生活なんかは聞いたこともない。

早朝から訓練なんかをしているイメージもあるが、実際のところがどうなのかはわからない。でもやはりそんなに遅く起きたりはできないだろうし…


初日から寝坊というのも流石に印象が悪いだろうと考えて、取り敢えず明日は5時半に起きることにした。

さっきヤーデルが言語を追加した時に、幾分脳の具合も変えてくれたのかこの世界の時計やカレンダーも認識できるようになった。

起きられるかは不安だが、まあ命がかかってるんだから本能がなんとかしてくれるだろう。


これからの生活に不安しか感じないが、どうにかなると信じて、取り敢えず眠りにつくことにした……



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「ん…ああ……」

どれぐらいの間眠っていたのだろうか…頭が上手く働かない……

だいぶ眠っていたような…


「しまっ…今何時…?」

急いで飛び起き、時計に目をやると、既に7時を指していた。

これはマズイかもしれない…


身支度を整えて階段を駆け下り、昨夜宴をした居間のようなスペースにまで降りてきたが、誰もいない。


(これは……)

考えられるパターンとしては、みんな既にどこかでトレーニングに励んでいるとかだろうか…


ここにいても始まらないと思い、急いでドアを開けて外へと飛び出す。

しかし...誰もいない。

いや...?


「ふっ...はっ......」

どこからか声が聞こえてくる、これは近いな。

周囲を見渡し、建物の裏手へと回ると、昨日の筋肉紳士ーーー河崎さんがいた。


「ん...?やあ、おはよう、滝山くん。」

「お、おはようございます。」


見ると、本人の身長に匹敵するレベルの巨大なダンベルをもったカワサキさんがいた。

どうやら1人で筋トレをしていたらしい。


「あの、他の皆さんは...」

「ああ、皆ならまだ寝ているよ。

普段は8時頃には起きるんだが、昨日は遅くまで騒いでいたから、10時くらいかな。」

カワサキは筋肉質な肉体に似合わない、爽やかで穏やかな笑顔で告げる。


(遅い......!)

(軍隊なのにそんな起床が遅くて治安は大丈夫なのか!?)


「何か事件があったら僕が行くから、君もまだ寝てていいよ。」

「はい、ありがとうございます...」


なんか釈然としないが、私もあまり勤勉な方ではないし、お言葉に甘えてさっさと部屋に戻ることにした。


「ふぅ......」

先ほどカワサキさんが言った通りだとすると、今から皆が起きてくるまであと3時間近くはある。


「何しようか...」

暇だ、ハッキリ言って非常に暇だ。

ポケットに入れたままだったスマホを取り出す。

当然の如く表示は圏外を示している。

元の世界では、とにかくこいつで時間を潰していたが...


まあオフラインでも写真を見たり、音楽聴いたり、卑猥な画像を眺めたりはできる。


しかしこの世界の技術がどんなものかわからないし、スマホを充電する術があるかもわからない、今はバッテリーを温存しておこう。


「さて...」

特にやることも無いので、部屋にあった本棚でも物色することにする。


古ぼけた本が多いが、なかなか面白そうなのもある。本が好きな性格で良かった、これなら暇つぶしに丁度良い。


「基礎からの魔法入門......萌え絵でわかる基礎科学...大統領交代で社会はどうなる...役に立たない語呂合わせ100選......色々あるな...」

どうせ時間はある、順番に読んでいくことにしよう。


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「はっ......!」

気が付くと、時計は既に10時半を指していていた。つい時間が過ぎるのも忘れていた...!


本をしまう暇もなく、急いで階下へと駆け下りる。


「おはよう〜」「おっと...おはよう。」

降りると、ミリーが朝ごはんを食べているところだった。

食パンっぽいもので、野菜らしきものやらを挟んだものを食べている。


「おはよう...」「おはよう!良い朝だな!」

「おはようございます」

そしてヤーデルとハイユもいた。

ヤーデルはローブを抜いでいて髪がボサボサだが、ハイユはある程度身だしなみを整えている。朝の様子には人柄が出る。



「滝山くんの分もあるぞ、食べるといい」

カワサキが同じパンの乗った皿と、コップを持ってきてくれた。


「ありがとうございます、いただきます。」

見たところ、突拍子もないものは入ってない。昨日考えず色々食べたし、異世界の食べ物でもまあおそらく大丈夫だろう。


ミリーの隣の空いていた椅子に座り、おそるおそる口に入れる。

「美味しい...!」

食べたことのない味、しかし物凄く美味しい。


「そう言ってもらえるととても嬉しいよ、作ったかいがある。」

カワサキはまたいつもの爽やかな顔で微笑む。具を切ってパンで挟んだだけとはいえ、おそらく彼は料理が上手いだろう。



「美味しいよね〜」「ああ、うん...」

ミリーが満面の笑みで話しかけてくる。

とても可愛い。


ヤーデルが謎の黒い液体(ココアかコーヒーみたいなものだろうか)を飲みながら口を開く。

「食べたままで聞いてくれ。さて、お前の仕事だが...」


(仕事か......)

『怠惰』がモットーの私としては、働くのは大嫌いだが、こんな状況に追い込まれてはやらざるを得まい。

しかしハード過ぎると困る...


祈るようにしながら、次の言葉を待つ。


「...お前は昨日三等兵に任命された訳だが、これは本来軍の規定にはない階級、つまり非正規雇用だ。」


(やっぱり...)

私の記憶が正しければ、元の世界でも階級は二等兵まで。

昨日ヤーデルに常識が少し変えられたとしたら、ここでも同じなのだろう。


「つまり、今のところお前に戦闘等の任務は出せない。できるのは、非戦闘員としてのパトロールか、雑用係くらいだ。」


(良かった...)

内心安堵する。私は喧嘩は滅法弱いし、肉体労働にも向いてない、雑用なら大歓迎だ。


「取り敢えず、今日は俺と町の方をパトロールだ。」

「わかりました。」

町は昨日の買い物の時に見たが、なにせまだ情報が少ない。良い機会だ。


「何時頃に出発ですか?」

「そうだな...12時くらいかな」


チラッと壁にかけられていた時計を見ると、11時だった。

まだ1時間はある。それまではまたさっきの本でも読むとするか...


私はパンを頬張りながら、そんなことを考えていた。


ーーーーーーー

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「よし...そろそろ行くか!」

今は11時50分、本も棚に仕舞り終えたし、少し早いが居間の方で待っていよう。


居間に降りるが、誰もいない。

他の人はどんな1日を過ごしているんだろうか。


「おや...どうした、滝山。」

私が階段を降りると同時に、ヤーデルがキッチンの方からやって来た。

さっき会った時と同じラフな姿のままだ。


「そろそろ時間かなと思いまして...」

「なん…だと…」

そんなおかしい事は言ってないはずだが、すっごい驚いた顔をされた。


「あの...何か......」

「いや......てっきり12時10分くらいになると思ってたからな...支度してくる。」

「あっ、お構いなく...」


私の言葉も気にせず、ヤーデルは急いで何処かへと行ってしまった。


まあ、時間感覚は国でも違うし、ましてや今回は世界が違うのだから、こういうこともあるだろう。




「待たせたな...」

10分程すると、ヤーデルが昨日と同じ服装で、髪やらなにやらを整えて戻って来た。


「では行くか...」「はい。」

どんなことになるかと内心ワクワクしながら、出発することになった。



ーーーーーー

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「そこのお兄さーん!ちょっと見てかなーい?」「今日の野菜はとびきり美味しいよー!」


ワイワイガヤガヤと、多くの人で賑わう町中をヤーデルの後ろについて歩く。

道が混んでいる訳では無いので、そんなに苦ではない。


「はぁ......」

思わず感嘆の声が漏れる。

どの店にも見たことがない商品が並び、好奇心を掻き立てる。この世界は新鮮なことばかりだ。


「少し、この国について説明しておこう」

前方を行くヤーデルが歩きながら話し出す。

「知っておいて損はないからな。」


無愛想な見た目をしているが、多分優しい人だろう。


「この国は、3人の代表によって治められている。」

「3人もいるんですね」

「ああ、将軍閣下、国王陛下、そして大統領の3人だ。この3人の権力は範囲は違えどほぼ同等だ。」


(大統領もいるのか...)

私のなかの異世界ファンタジーのイメージ (いや偏見と呼ぶべきか)がどんどん変わっていく。


「まずは王国の『軍備』を担う、ジェラルミン将軍閣下だ。

この人は軍の頂点に立ち、国防、治安維持、災害対策などを担う。」

「我々第13支部も彼の配下だ。」



「次は、ルクサンドラ女王陛下だ。

女王は将軍とは異なり、国の文化、商業、経済、医療や科学、魔法分野を総括的に治める。」

「ありとあらゆる、国の活動に携わる重要な機関の頂点に立つお方だ。」


「女王ということは、王家なんかがあるということですか?」

気になったので聞いてみた、私のいた国には王はいなかったので少し気になる。


「いや...少し違う。」

ヤーデルの返答は意外なものだった。

「我々の国の王は、優秀な人間がなるもので、家や血筋は関係がない。

数百年前は王家が存在し、その家のものが王になっていたらしいが...」


そこでヤーデルは口を閉じた。

「王家になにかあったんですか…?」

王家の血が途絶えた理由、とても気になる。


「いや、ただ単に当時誰も王になりたくなかったらしい。」

気の抜けた、呑気な答えだ。


「それ以来、王になるのは実力のあるものだ。ルクサンドラ女王は決して裕福な家の出ではなかったが、努力で女王になった方だ、頼れる人だぞ。」


それは王なのかと思うが、たまたまその家に生まれたという理由で祭り上げられるよりは、健康なのかもしれないな...


「ええと...そして3人目がディーゼル大統領だ。」

「彼は国の『政治』を専門にしている。予算や法律の整備、他国との条約の締結や税金の管理など、仕事は多岐にわたる。裁判所も彼の管理下にある。」


「へぇ...凄い人たちに治められているんですね......」


「まあな、ちなみにミリーは...おっと目的地に着いたぞ。」


ヤーデルが足を止めたのは、古ぼけたビルの前だった。一見コンクリート製のように見えるが、草が生えたりしてるしよく分からない。


「ここに何かあるんですか?」

「ああ、ここでマフィアがテロを計画しているらしい。壊滅させるぞ」


「えぇ!?」

そんな!あまりにもいきなり過ぎる!

マフィアの拘束なんか出来るわけがない!


私の動揺など気にもとめず、ヤーデルは勢いよくドアを開き、どんどん進んで行く。


「ま、待ってくださいー!」

マズい、マズい、凄くマズい。

いきなり撃たれたらどうするつもりなんだ!


慌てて私も後を追う。

体に穴があかないよう祈りながらーーー


「へ......?」

中には、様々な容貌の人たちがいた。

強面のスキンヘッドから、元の世界にいそうなサラリーマン風の男とか。


しかし彼らは私たちの突然の訪問にも全く反応する素振りを見せないまま、虚ろな目つきでぼーっとしていた。


「こ、これはいったい...」

事態を飲み込めない私がつぶやく。


「ああ、ここに着く前に催眠をかけておいたからな、危険は全く無い。」

「先に言っておいてくださいよ!」


すっかり拍子抜けだが、ほっと胸をなで下ろす。そんな事まで出来るのかこの人は...


「ヤーデルさんの能力の範囲ってどれくらいなんですか...?」

「ふむ...まあ程度にもよるな。

人格や記憶の変更ではあまり遠い相手は無理だが、

テレパシーなら王国の至るところに届く。

まあ気分に左右されるが」


なんて凶悪な能力なんだ。

いや、だとすると...


「もしかして、ここでマフィアがテロを計画しているってのも...」

「ああ、テレパシーで知った。危険思想のみを抽出することも出来る。」


本当にこの人はチートだ。



ーーーーーーー

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ヤーデルの能力のお陰で、実にスムーズに進んだ。

他の支部に連絡し、催眠状態のマフィアたちを連れて行ってもらった。全く便利な能力だ。


帰り道、ヤーデルが優しげに話しかける。

「どうだった、初めての仕事は...」


仕事も何も、私は今日一日この人の隣でリアクションしてるだけで終わったのたが...


「そう、ですね、国を守る仕事をしているという実感が湧きました。」

嘘ではない。特に何もしてないが。


「ふふ...そうか、それは良かった......」

ヤーデルは静かに笑う。後輩に良いところを見せたかったのかもしれない。


「あと、そうだ...一つ頼みがある。」

「 何でしょうか?」


「俺のことは...先輩と呼んでくれないか?

そういう呼び方に少し憧れていてな...

ミリーは呼び捨てだし...」


今日わかったが、この人は思っていたより可愛いところがある。素直に従おう。


「わかりました、ヤーデル先輩。」


「ふふ...先輩......良い響きだ......!」


男なのは知ってるが、やっぱり可愛い。


「それにしても、先輩の能力って本当に凄いですね!少し羨ましいです。」

この調子で、もっと仲良くなりたいと思い、話題を探す。


「そうか...?照れるな...」

「実は元の世界にいたころ、催眠術を使う(卑猥な)マンガとかたまに読んでしまたし。」


「そうか...ちょっと見てもいいか?」

「え、えぇ、でも少し卑猥なものですが...」

先輩は前を歩きながら、こちらに魔力っぽいものを向けてくる。


「どれどれ......」


すると突然、先輩が歩くのを辞め、俯き始めた。


「せ、先輩...?」


「グホァ!!!!」

なんということだろう、いきなり先輩が血を吐きだした!!!


「先輩!?先輩!どうしたんですか!?」

いきなりの出来事に驚きながら、背中をさする。いったいどうしたというのだろう?


「いや...そういえば言ってなかったな...」

先輩が口元の血を拭いながら絞り出すように声を吐き出す。


「俺は...メンタルが弱くてな......」


「さ、催眠術氏なのに!?」


「催眠術氏なのに、だ。」

「それで、お前の読んだ本の中になかなか精神的にキツいものが混じっていたからな...それを読んでしまって...」


「NTRとかですか?」


「ゴバハァ!!」

また血を吐いた!そう何度も目の前で血を吐かれると怖い。


「す、すいません先輩...そうとは知らず...それらは私も読んで後悔した作品で...」


「いや、いい。故意ではないしな...グフッ。」

最強に思える先輩に、こんな弱点があったとは...


「そんなわけだからな、俺はこの魔力を使ってあまり非道なことは出来ない。」


「さ、催眠術氏なのに!?」


「催眠術氏なのに、だ。」


催眠系の能力者なんかは、マンガとか(卑猥な奴でなくても)では結構卑怯なことや外道なことをしているイメージがあるが、みんなそうではないらしい。


「相手がクズだったりしたらわりと大丈夫なんだがな...胃が痛い...」


「すいません、肩をお貸しましょうか?」


「いや、大丈夫だ。さあ帰ろう。」


基地への帰り道で、先輩はずっと足を引きずっていた。凄く申し訳ない。



「ただいま戻りました!」

「かえっ...た......ぞ......グゥ......」

ヤーデルが倒れ込むようにソファーに寝そべる。余程キツかったようだ。


「おかえり〜!どうだった?」

入ると同時に、ミリーが出迎えてくれた。


「ええと...ヤーデル先輩が吐いちゃったんだけど......」


「ああ、それなら大丈夫!寝てれば治るから!」

「そ、そうなんだ...」

ぜんぜん心配されてないな...少し気の毒になる。


「今ね、カワサキさんが夕ご飯作ってるから!楽しみにしててね!」

実に良い笑顔で話しかけてくれる。

好きになってしまいそうだ。


それにしても、もう夕ご飯か。

時間はもう6時を過ぎる頃だった。朝食べるのが遅かったとはいえ、お腹も空いた。

「私も手伝うよ。」


特に料理が出来るわけではないが、ある程度の仕事をしとかないと追い出されかねないしな...


「でも、疲れてるでしょ?休んでていいよ。」

「いや、大丈夫。まだまだ働けるからね。」


仕事なんて、今日したことといえば先輩について歩いただけだ。

これでご飯をいただくのは申し訳なさすぎる。


「じゃあ、僕もいっしょに手伝うね!」

「う、うん!」


優しい良い子だ。一緒にいて実に気が楽だ。

彼女の後に続き、キッチンへと進んだ。



ーーーーー

ーーーー

ーーー

ーー



「ふう......」

食事も終え、風呂にも入り、与えられた着替えを着た。

今日はもう寝るとしよう。

照明を消して、ベッドに潜り込む。


軍隊での初日だが、特に問題もなく穏やかに終わってよかった。


戻り方がわからない以上、私はここでの生き方を探す必要がある。

異世界で、見知らぬ組織で生き残るためには、もっと賢く立ち回らなきゃ駄目だな...


明日は...選択や掃除、料理なんかの手伝いを申し出てみよう...


多分...そっちの方が......


性に合うだろう...し...



良い夢が...見られると......

いい...が......





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