第八話 交換

「いや……あの!別に深い意味いみがあるわけじゃいけど!そ……そのさ、すぐに聞けたほうが、その……便利べんりだろ?詰まってまた次の日に学校がっこうで俺に聞くってうのも、効率悪いしさ。ゲームもはやく先に進んでくれたほうが一緒いっしょにやれることの幅も広がるし、それに、その……」

 なんだか小笠原おがさわら沈黙ちんもく視線しせんに耐えられず、俺は慌てて色々いろいろなことを言ってしまった。ついに俺が言葉ことばに詰まった。

 キョトンと俺をていた小笠原が、表情を変えずに言った。

「いいよ、交換こうかんしよ」

「あ……うん……しよう!うん」

 自分じぶんで言っておきながら、慌ててケータイをり出す。ケータイを振るとLINEのIDが交換された。

「何かあったら聞くね。送ってくれて、ありがと」

 小笠原は軽く手を振ると、門の中にえていった。

「いや……こちらこそ……」

 その後ろ姿を見送みおくりながら、俺はつぶやく。小笠原の家の門に背を向けて、なんとなく自転車じてんしゃを押して歩き出した。

(小笠原のLINE、教えてもらっちゃったな……)

 俺はだれにもわからない程度ていどに、小さくガッツポーズした。今日きょうは色々なことがこる日だ。自転車にまたがると、家へと漕ぎ出した。


 俺の家は、小笠原の家から五分ごふんほど行ったところにある。うちの爺さんが建てた二階建ての一軒家だ。小笠原家のお屋敷やしきとは比べ物にならないが、まぁ普通ふつうの家だ。すでに建ててから三十年は経っているので、若干じゃっかんボロではあるが、うちの家族かぞくの綺麗好きのせいか状態は悪くない。

「ただいま」

 家に入ると、母親ははおやと妹が台所だいどころ夕飯ゆうはんの支度をしている。テーブルには買い物袋に入った野菜やさいが並んでいる。買い物からかえってきたところなのだろう。うちの母親が料理りょうりの手を止めずに言う。

「あら、おかえり」

 中二の妹、美夏子みかこがショートの黒髪くろかみらして振り返る。俺の顔を見ると、待ってましたとばかりに口を開いた。

「あ!お兄ちゃん、小笠原さんと帰って来てたでしょ!?あたし見かけたよ。あの人、綺麗きれいだから凄い目立つよね?」

「え!?あぁ、まぁ……」

 ヤバイ。近所きんじょの人に見られてたら恥ずかしいとはおもっていたが、よりによって妹に見られていたとは……。

「小笠原さんって有華ちゃんのこと?」と母。

「そうそう、小笠原有華おがさわらゆかさん。中学ちゅうがくの頃から美人びじん有名ゆうめいよ。お兄ちゃん、さっき一緒に帰って来てたの!」

「あら久しぶりに聞くわねぇ、有華ちゃん。幼稚園ようちえんの頃は、あんたたち仲良かったわよねぇ」

「それにしても有華さんとお兄ちゃんじゃ、全然釣り合いとれないよねぇ!ねぇ、どうやって誘ったの?なにがあったの?ねぇ、どういうこと?」

 美夏子は興味津々、芸能げいのうレポーターのように俺に迫ってくる。

「いや!別に何でも無いから!ほら、帰り道に変死体へんしたいが見つかった現場げんばがあるだろ?だから先生せんせい一人ひとりで帰るなって言われて。方角ほうがくが一緒の小笠原と帰って来ただけだよ」

「ふーん、そうなんだ?でも、ラッキーじゃん。嬉しかったでしょ?ニヤけてるよ」

 そうか?と思い、俺が顔に手をやると、プッっと美夏子が吹き出した。完全かんぜんに、からかわれてる。

「うるさいな。とにかく、そういう事なんだよ。美夏子、余計よけいなこと外で言うなよな」

「はいはい。そうする。小笠原さんって男子だんしの人気凄いもんね。お兄ちゃんの不利ふりになるような事は言わないようにしてあげるわ。貸しよ、フフ」

「いや、だからそういうんじゃ無いってば!」

 俺と妹のやりとりを聞いているのかいないのか、料理をつづけている母親が、口を開いた。

「あんた、そう言えば今日遅かったね?小笠原さんちにお邪魔じゃまして来たのかい?ご挨拶あいさつに行かなきゃいけないかね?」

「え!?いや、小笠原の家に寄って来たわけじゃ無いし!そんなこと俺言ってないだろ!もう、余計なことしないでくれよな!」

「あら、そうかい」と母親。

 もう高校生こうこうせいなんだから、そういうのやめて欲しいよなぁ。俺は二階にかい自室じしつへと階段かいだんを上がりながら言った。

「まぁいいや。飯できたらんで」

「はいはい」と美夏子がジャガイモを向きながら言った。


 俺は自室の床に学校のバックを置くと、制服せいふくのままベッドに仰向けに寝転んだ。なんだか今日は色々なことがあって疲れた。宇陀川うだがわにゲーム内カードを取り上げられたり、小笠原と帰ったり、変死体が見つかった現場を見に行ったり、怖い刑事けいじが出てきたり……。

 そして、小笠原のLINE教えてもらったり。


 俺はポケットからケータイを取り出すと、小笠原になにかメッセージを送ろうかとLINEのアプリを開いた。トークボタンを押して考える。

「いや、ちょっと今じゃないかな?そんな速攻そっこうでメッセージ送るのもな。なんかガツガツしてる感じするよな。好きだと勘違いされても困るしな。うん、ちょっと今はやめとくか」

 と、完全な独り言をブツブツ言うと、ケータイを枕元に置いた。

(そういえば、宇陀川は小笠原も口説こうとしてたみたいだけど、アイツはどうなんだ?小笠原のLINE知ってるんだろうか……?)

 宇陀川が今こうしている間にも小笠原にケータイで、ちょっかい出しているかも知れないと思うと、居ても立ってもいられない気分きぶんになってきた——

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