第七話 首無し

 宇陀川うだがわたち不良連中は、相葉あいば遠慮えんりょしてケータイをない。

(どうやら困ってやがるみたいだな。いい気味きみだ)

 と、俺は高見たかみ見物みものを決め込んでいた。

 だが、ふとおもう。

(あいつらに貸しを作るチャンスかな……。ここは一芝居打ってみるか)

 俺はポケットのケータイを素早すばやく出して画面がめんを見ると、おどろいたようにった。

「あ、親からだ!そろそろかえらないと」

 それを聞いてこっちを見た宇陀川と目が合った。ヤツは嬉しそうに笑って言う。

「あ!あー!僕たちも親から連絡れんらくかなぁ!?すみません、僕たち門限もんげんがあるもんですから!相葉さん失礼しつれいします!」

 相葉は苦笑くしょうして言う。

「クク、おまえらみたいなもんが、何が門限だよ。しょうがねぇな。今日きょうのところは勘弁かんべんしてやるよ。じゃあな!」

「ウッス!失礼します!」

 宇陀川、蛭田ひるた毒島ぶすじまは相葉に深々ふかぶかと礼をする。こちらを無表情むひょうじょうに見ている相葉の後ろで、廃工場に張られたブルーシートが風に揺れている。


 河川敷沿いの土手どてに着くと、すでに夕方ゆうがたになっていた。A川の水門すいもん、空のうろこ雲も夕日ゆうひを受けて美しく茜色あかねいろに染まっている。

「何が『肝試きもだめし』よ。 宇陀川たちは、あの警察けいさつの人にビビりまくってて怖そうだったけど、私は全然怖くなかったわ」

 小笠原おがさわらが言うと、宇陀川が珍しく真顔まがおで言った。

「お前らには分からねぇだろうけど、相葉さんは相当そうとう厄介やっかいな人でな。ヤバい人なんだよ」

 蛭田、毒島が「まったくだ」とうなずく。

「何がそんなに怖いのよ?」と小笠原。

「そもそもあの人、この辺の出身しゅっしんでな。地元じもと不良ふりょうたちとも繋がりあるけど、あの人は自分じぶん手柄てがらが大好きだからな。油断ゆだんして下手へたなこと言うと、すぐ引っ張られちまう」と宇陀川が言う。

「ふーん、そうなの」

 小笠原は、あまり興味きょうみさそうな返事へんじをした。

「しかし、松波まつなみ。お前なかなか機転効くな。帰るきっかけ作ってくれて助かったぜ」

 珍しく宇陀川が俺に笑かけた。

「ハハ、困ってるみたいだったし、ケータイもいいタイミングで鳴ったからね」と俺。

「ありがとよ。また頼むぜ、ハハ」

 どうやら、宇陀川の中で俺の株が上がったようだ。ムカつく奴だが悪い気はしない。まぁ貸しを作ろうとしてたわけだから、狙い通りではあるが。

「しかしよぉ、お前らケータイ何で鳴った?≪ギルドラ≫の通知つうちか?」

 宇陀川は皆を見て言った。

「そうだね」

 俺もケータイの画面を表示ひょうじする。ケータイの通知一覧に

【シークレットモンスター≪首無し[SSR+]≫を発見はっけん挑戦ちょうせんできるぞ!】

 とある。

「え、何これ?≪首無し[SSR+]≫って……。≪ギルドラ≫にこんなモンスターいるの?」

 浅野あさのは気味悪そうに俺に聞く。

「へぇ、浅野も≪ギルドラ≫やってるんだ?」と俺。

「宇陀川たちもハマってて話合わないし仕方しかたなくね。で、どうなのよ?」

 俺はフリック入力にゅうりょくでケータイに文言ぶんげんを入れるとネットを検索けんさくする。引っかかった、いくつかのサイトを見ると言った。

「うーん、攻略こうりゃくサイトにもこんなシークレットモンスターの情報無いな。確かに≪ギルドラ≫のモンスター名からすると違和感いわかんはあるけど……。なんだろ?さっきの廃工場はいこうじょうで見つけたかくしキャラだろうけど」

 ≪ギルドラ≫はケータイの位置情報いちじょうほうによって、アイテムや隠しステージ、隠しキャラ(シークレットモンスターと言われる)が見つかることがある。おそらくその一つだろう。しかし、ギルドラは正統派せいとうはファンタジー路線ろせんのゲームだ。モンスター名と言えば≪ケルベロス[R+]≫、≪レッド・ドラゴン[SR]≫、≪ハイ・エルフ[SR]≫、≪ユニコーン[N+]≫という感じだ。≪首無し[SSR+]≫というモンスターのネーミングは、かなり違和感がある。

「でもよ、攻略wikiにも情報無いってことは、まだだれもゲットして無いってことだろ?こりゃチャンスじゃねぇか?一番最初にゲットすると色々いろいろいいもん出るんだろ?」と、宇陀川。

 俺は頷き言う。

「あぁ、ファーストゲットね。そうだね、プレミアガチャのチケットとか色々レアアイテム出るよね。しかし≪首無し≫はレア度[SSR+]か……かなり強いよ。キツイな」

「なぁに、こんなこともあろうかと俺は最強さいきょうカードを手に入れてあんだぜ。知ってるかぁ、松波?≪シン・バハムート[SSR+]≫をよぉ?」

「まぁ……知ってるけど……」

 俺は唖然あぜんとして言った。

「それ、松波からうばったカードじゃん……」

 蛭田があきれ顔で言う。

「あ、そうだったな!わりぃな!」

「宇陀川、忘れすぎ」

 普段無口な毒島が、ぼそっと突っ込む。

「ほら、宇陀川も謝ってるし許してあげなよ、松波!」

 小笠原が俺に言う。自分がわけもわからず宇陀川にカードを渡してしまったことに少しは引け目を感じているようだ。

「わかった。もういいよ。もっと強いのゲットするから」

「そう、それでいいわ!男は上を目指めざすものよ!」と小笠原。

 もうなんだかアホらしくなって来て「もう、なんだこりゃ。アハハハ!」と俺は笑ってしまった。すると吊られて皆笑い出した。

「ハハ!よーし、≪シン・バハムート[SSR+]≫を超える最強のカードを手に入れるぞ!見てろよぉ!」

「いいぞ!その意気いきだ!そうしろ!」

 宇陀川が言う。なんだかコイツに言われるのは納得なっとくいかない気がするが、もうこの際どうでもよくなって来た。

「この≪首無し[SSR+]≫倒せばよ、いいのれるだろ?これを俺らでクリアしようぜ!なぁ、松波」

「そうだね。この難易度なんいどなら結構けっこういいの出るだろうし、この≪首無し≫もゲットできればかなり強そうだ。そうしよう」

「よし、決まりだ!後でネットでな!」

「じゃ」

 俺たちは解散かいさんし、それぞれの家に向かった。


 俺は小笠原をチャリの後ろに乗せて、家へと向かう。小笠原が言う。

「なんだか宇陀川たちとも打ち解けたみたいでかったじゃない?」

「まぁね。良かったんだか、悪かったんだか……」

「良かったわよ。ところで、そんなに面白おもしろいの?≪ギルドラ≫って。男子だんしはほとんどやってるよね?」

「そうだね、最近さいきんのケータイゲームの中では圧倒的あっとうてきに面白いよね」

「そうなんだ?私もちょっとやってみようかな?松波、教えてくれる?」

 小笠原にそう言われると悪い気はしない。

「あぁ、いいよ。とりあえずアプリをインストールしてチュートリアルやってみなよ。最初さいしょのうちは一人ひとりで進めるから。レベル5からネットでプレイできるから一緒いっしょにやってみよう」

「うん。あんまりゲームやったことないけど、やってみるね」

 空はよるの色を濃くして行く。俺と小笠原の乗るチャリは、次第しだいに小笠原の家に近づいていった。背中せなかに感じる小笠原の感触かんしょくも、あと少しでお別れかと思うと名残なごりり惜しい。

(少しだけ遠回りしてみよるかな?)

 と思い、曲がるべき角を直進ちょくしんしようとすると、

「ここ曲がって」

 と、すぐに小笠原が言ってきた。

「ごめんごめん、間違った」

 俺は、なんだか考えを見透かされている気がして慌てた。何事なにごともなかったかのように小笠原は黙っている。振り返ると、彼女かのじょは空を見るともなしに眺めている。この角を曲がって、数分進めば小笠原の家だ。俺の家もこの辺りだ。

近所きんじょの人に見られたら恥ずかしいな)

 と俺は思う。小笠原をチャリの後ろに乗せているのは誇らしいようでもあるが、恥ずかしくもある。

「やっぱり自転車じてんしゃは楽ね!私も自転車にしようかな」

 小笠原が上機嫌じょうきげんに言うと鼻歌を歌っている。すぐに彼女の家についた。立派りっぱな門の日本家屋だ。小笠原家は古くから、このあたりの地主じぬし名家めいかなのだ。

「ありがとう。ちょっとお尻が痛いけど楽だったわ」

 言うと小笠原は、俺のチャリの荷台にだいからヒラリと降りる。

「あぁ、うん。全然ぜんぜん

 なんと言って良いかわからず俺は曖昧あいまいな返事をする。

「ギルドラやってみるね。わかんないとこあったら教えて」

「うん……それじゃLINEの……ID交換こうかんする?」

「ん?」

 小笠原が小首を傾げた——

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