第六話 廃工場

「もう、気味きみが悪いわ」

 宇陀川うだがわのチャリの後ろから浅野あさのう。

 廃工場はいこうじょうの前の通りに数人すうにん警察官けいさつかんが立っていてロープが張られている。

「このロープから入らないで」

 若い警官けいかんが、わらわらと現れた俺たちをると言った。

 ブルーシートが川からの風を受けてバサバサとれている。廃工場前の道には警察けいさつの車両が5台ほど止まっている。

「ふーん、ここか」

 宇陀川が言う。蛭田ひるた毒島ぶすじまもあたりを眺めている。

「死体が見つかったって、どんな死に方だったのかしら?」

 小笠原おがさわらが俺の後ろから言った。

「どうなんだろう。ニュースサイトには細かいことは書いてなかったけど」と俺。

 普段ふだんは見慣れた工業地帯こうぎょうちたいだが、ブルーシートの青が異様いよう雰囲気ふんいきを醸し出している。

 数分ほど、俺たちはその現場げんばを眺めていた。

 宇陀川が苦笑くしょうして言う。

「しかしまぁ、あれだな。近寄れもしねぇし、『肝試きもだめし』としては企画失敗だな、ハハハ」

 宇陀川としてはちょっと面白おもしろいことを言おうとしたのだろうが、現場の非日常ひにちじょうのムードに上滑りして聞こえる。

 出入でいりする警察関係者の雰囲気を見るに、すでに現場検証げんばけんしょうわろうとしているのか、警察の車両数台に荷物にもつを詰め込んだりとかえり支度をしている様子ようすだ。やじうまも、数人が立ち止まっては通り過ぎていく程度ていど。もともと人通りのおお場所ばしょではない。

「なんだか、不気味ぶきみではあるけど……何がきるってわけでもないわね……」

 小笠原がポツリと言う。宇陀川、浅野、蛭田、毒島、そして俺、皆が同意見とばかりにうなずいた。しばらくそので様子を伺っていたが、次第しだいに飽きてきた。

「ふぁーあ!っと。こんなもんかぁ。おもったほど面白くなかったな。仕方しかたねぇ、帰るか」

 宇陀川がアクビ混じりに言ったその時——

 ブルーシートの向こう側から、くたびれた黒いスーツの男が出て来た。歳の頃、三十くらいか。鋭い目つきに浅黒あさぐろい肌。ヒゲの剃り跡が青々としている。猪首で背は低く筋肉質きんにくしつで、耳がカリフラワーのように湧いている。おそらく柔道じゅうどうかレスリングの経験者けいけんしゃだろう。スポーツマンと言うような爽やかな感じではく、どこか暴力ぼうりょくの臭いを感じさせる。

「あ、やべ!あの人、刑事けいじになったのか!帰るぞ!」

 宇陀川が慌てて帰ろうとすると、その男がすかさずこえを上げた。

「おい、宇陀川。何やってんだ?」

 宇陀川の表情ひょうじょうが曇った。

「あ……相葉あいばさんじゃないですか……チワッす」

 宇陀川は普段学校で見せたことの無い、たじろいだ様子で言った。

「相葉さん、チワっす!」

 蛭田と毒島もつづいて挨拶あいさつする。

だれ?ヤクザ?」

 小声こごえで小笠原が言うと、

「ちょっと!聞こえるわよ!こんな警察ばっかりの場所にヤクザがいるわけないでしょ?ほんと、あんたはおじょうね。警察の人よ。最近さいきんまで少年課にいたんだけど、今は刑事課に移ったらしいわ」

 浅野が答える。

「へぇ、警察。だから宇陀川たち、いつになくかしこまってるのね」と小笠原。

「何も知らないお嬢様じょうさま説明せつめいしてあげるわ。あの人は特別とくべつよ。自分じぶん手柄てがらのためなら、強引ごういん補導ほどうでも逮捕たいほでもなんでもやるの。だからこの辺の不良連中に恐れられてるのよ。それで稼いだ点数てんすう異例いれいのスピード出世しゅっせよ」と浅野。

 

 相葉は宇陀川に言う。

「で、何こんなとこチョロチョロしてんだ?」

「いやぁ……偶然通りかかったって感じですかね……。たまたま警察の皆さんがお仕事しごとされてるのが目にとまりまして、何されてるのかな?と思った程度のことで……」

 宇陀川が歯切れ悪く答える。

「ふーん、そうなのか?」

 相葉が眉間みけんに皺を寄せ、怪訝けげんな様子で宇陀川を見る。

「相葉さん、ほんとたまたま通りかかっただけなんで……」

 宇陀川がバツが悪そうに言う。

 すると警察の鑑識かんしきとおぼしき青い制服せいふくを着た男たちが、ブルーシートの向こう側から次々つぎつぎと出てきた。ひとしごと終わった様子である。

「ところで何があったんすか?」

 話題わだいを変えようと、その男たちを見て宇陀川が言った。相葉が言う。

「ん?死体が見つかったってことだな。ひでぇもんだったぜ、ありゃぁ……まぁ、今のところは細かいことは言えんがな。……ところで宇陀川よぉ?」

「なん……すか?」

本当ほんとうに、たまたま通りかかっただけか?」

 相葉は威圧いあつするように宇陀川を見上げる。

「相葉さん、なんか俺のことうたがってるんですか?本当ですよ……」

 宇陀川が額に汗を浮かべ、つとめて感情かんじょうを声に出さないように言った。

「……」

 無言むごんで相葉は、宇陀川に鋭い視線しせんを送りつづけている。

 その時、宇陀川、浅野、俺、蛭田、毒島のケータイがほぼ同時どうじに鳴った——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る