第四話 エンカウント

「おぅ!松波まつなみ結構けっこうなご身分みぶんだな。小笠原おがさわらとおかえりとはなぁ?」

 ドスの効いたこえが響く。

「アハ!もうっ、可哀想かわいそうじゃん?」

 と、女の明るい声もする。なくてもわかるが、俺は振り返る。ガニ股でチャリに乗った宇陀川うだがわと、その後ろに乗っている肩までの茶髪ちゃぱつに丈の短いスカートの少女しょうじょ。さっき話にでた浅野愛あさのあいだ。浅野あさのも小笠原とは方向性は違うが、かなりの美少女びしょうじょだ。学校がっこうの男どもには、かなり人気にんきがある。そんな子と付き合っていながら、小笠原にも手を出そうとするとは、宇陀川の野郎やろうはどんだけおもい上がってんだ。

 宇陀川の後ろには、屋上おくじょうにもいた蛭田ひるた毒島ぶすじまがヘラヘラと笑って、チャリにまたがっている。

 普段ふだんならやり過ごすところだが、あいにく俺は機嫌きげんが悪い。

「何か用かよ。カードならさっきやっただろうが」

 俺がにらむと、宇陀川はその挑戦的な態度たいど敏感びんかん反応はんのうした。

「あぁ?なんだお前、俺にってんのか?」

 宇陀川は、その長身ちょうしんから俺を見下ろしてくる。

 険悪けんあく気配けはいに、小笠原が俺の袖を引き

「やめなよ、松波」

 と、不安ふあんげな視線しせんを俺に投げかけて言う。

 だが俺は聞く気はい。宇陀川を睨みつけたまま言った。

ほかだれがいるんだよ」

 宇陀川のこめかみが怒りでヒクつく。

「あーん、松波。テメェ、自分じぶん立場たちばがわかってねぇみたいだなぁ?オイ」

 宇陀川がチャリから降りると、俺の目の前に立った。怒りにまかせて言ってしまったが宇陀川と俺の体格差は、強烈きょうれつにある。凄い威圧感いあつかんだ。腕力わんりょくでは勝てないのは分かり切ってる。背筋せすじがザワつき、口が渇く。

「やっちゃいなよ。そいつ宇陀川のこと舐めてるよ」

 浅野がチャリを支えながら言う。

「浅野!アンタけしかけないでよ!やめて、宇陀川」

 小笠原が言うと、宇陀川は少し表情ひょうじょうを緩めた。

 それを見た浅野は

「ウダ、やっちゃいなよ。示しつかないよ。みんな見てるし」

 後ろで成り行きをニヤニヤと笑いながら眺める、蛭田と毒島を親指おやゆびでさして言う。

「浅野!やめなさいよ!」小笠原が言うと、

「はぁ?うるさい。あんたに指図さしずされる覚えはないんだけど?」浅野は小笠原に挑戦的な視線を投げ返して言う。

「なに、あんた!」

「アンタこそ、なによ!」

 浅野と小笠原も、どんどん険悪になっていく。浅野は、宇陀川が小笠原に気があることを感じて、小笠原をライバル視しているのかもしれない。

「あーん、なんだこりゃ?しょうがねぇなぁ……」

 その様子ようすに宇陀川は苦笑くしょうを浮かべた。俺も戸惑とまどって、小笠原と浅野を見る。宇陀川は苦笑をして、俺を鋭い眼光がんこうで睨みつけると言う。

「おい、松波。女たちまでケンカになっちまったぜぇ?もとはと言えば、お前が俺に舐めた口聞きやがったせいだよなぁ、あ?」

「……」

 なんだ、宇陀川どうするつもりだ?俺は注意深くヤツの表情を見る。

 宇陀川は急にニヤリと笑った。

「とはいえだ、本来ほんらいならシメるとこだけどな。最強さいきょうカードも頂いたしな。今日きょうのところはお前を許してやるぜ。松波」

 睨み合う小笠原と浅野に視線を向けると言う。

「おい、お前らもわりにしろよ。松波のことをシメるのは今日はやめた」

「え?なによ、ウダ。やめるの」

 浅野が不満ふまんげに言う。

「そう、やめだ」

 宇陀川は、俺と小笠原を舐めるように見た。

(コイツ、何か考えてやがるな……)

 と俺は思う。まだ宇陀川への警戒けいかいを解くのははやい。

「さて、二人ふたりで楽しくご帰宅中に悪かったな。今回こんかいは俺が悪い」

 宇陀川は、屈託のない笑みを浮かべて言った。

「そう、それならいいわ」

 小笠原もニコりと応じる。宇陀川の狙いが読み切れない俺は、まだ用心深くヤツの表情をうかがう。

「松波、いつまでも怖い顔してんなよ。俺が悪かったって言ってんだろ?」

 宇陀川はわざとらしいオーバーアクションで肩をすくめた。つづけて言う。

「まぁ仲直りしようぜ。そこで提案ていあんがあるんだけどよぉ、一緒いっしょに仲直りのレクリエーションでもしようぜ?」

「レクリエーション?」

 俺は怪訝けげんに聞く。

「そう、楽しい楽しいレクリエーションだ。『肝試きもだめし』なんてどうだ?」

 宇陀川はニヤリと笑って答える。

「肝試し?こんな天気てんきのいい昼間ひるまに?」

 俺が言うと、宇陀川は視線を左へ移して言う。

「あぁ、いい場所ばしょがあるんだよ。あそこだ」

 皆が宇陀川の視線の先を見た。

 今いる川沿いの土手どて東側ひがしがわ。A川のほとりは、川を運搬うんぱん利用りようできる便利べんりさから工業地帯こうぎょうちたいとして発展はってんしてきた。日本にほんの高度成長期には、大変たいへんな賑わいだったと言うその工業地帯も、最近さいきんでは海外かいがい仕事しごとられ、倒産とうさん廃墟はいきょとなった小さな工場こうばが幾つもある。その廃工場はいこうじょうの一つに、嫌でも目に入る真新しいブルーシートが張り巡らされている。その人工的じんこうてきな青と、廃工場の薄汚うすよごれた灰色はいいろに空寒い気分きぶんにさせられる。

「あれって……」

 小笠原がつぶやく。それを受けて宇陀川が言う。

「知ってるだろ?今、この近所きんじょで最も話題わだいのスポットさ」

「変死体が見つかったところか……」

 俺が言う。

「へへ。そう、名案めいあんだろ?『肝試し』にはもってこいだ。行ってみようぜ」

 宇陀川はそのブルーシートの張られた建物たてものから目を離さずに言う。その建物まで、ここからまだ距離きょりはある。

「でも近づくなって、かおり先生せんせいも言ってたじゃない?」と小笠原。

「はは、いい子ちゃんだな。大丈夫だいじょうぶさ。誰かに見つかったとしてもよ、道を間違ったとでも言いれすればいいだろ?」と宇陀川。

「どうするの、松波?」

 小笠原が俺を不安げに見た——

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