第三話 帰り道

 かおり先生せんせいは歳の頃、二十代後半というところか。スリムでいながら出るところの出た体に、紺のタイトスカートと白のブラウスを身に付けている。近眼きんがんなのかブラウンの眼鏡めがねをかけている。

「そのニュース、ケータイでたぁ」

登校とうこうしてくる時、警察けいさついたぜ」

 クラスの生徒せいとたちがザワザワと話し出した。

 俺は≪ギルドラ≫で≪シン・バハムート[SSR+]≫を入手にゅうしゅするため深夜しんやまでゲームをしていたので、ギリギリまで寝て猛ダッシュで学校がっこうに来た。そのためか初めて聴く話だ。かおり先生に見つからないよう、机の影にケータイをかくすとニュースサイトを開く。少し下にスクロールすると、それらしいニュースを見つけた。

(これか……)

 そのニュースの内容ないように目を走らす。昨日きのう、学校の東側ひがしがわを流れるA川近くの廃工場はいこうじょうで、身元不明の変死体が見つかった。警察が捜査中。という程度ていどの、今かおり先生がったようなことしか書いてない。

「ちょっと、やめなさいよ。まだホームルーム中よ」

 隣のせきに座る小笠原おがさわら小声こごえで言うと、軽く俺の肩を小突こづいた。

「うん」

 ニュースに別の情報じょうほういことはわかったので、俺は素直すなおにケータイをスリープさせる。

 かおり先生は、眼鏡にかかったウェーブした栗色くりいろの髪をかきあると言う。

「とにかく河川敷かせんしきを通って南に帰宅きたくする人たちは、興味本位きょうみほんいに近づかないでね。警察にも迷惑めいわくがかかるわ。あと、繰り返しになるけど、なるべく一人ひとりかえらないようにね。先生からは以上よ。わりにしましょう」

起立きりつ、礼」

 日直にっちょく号令ごうれいをかけると、クラスの者たちはおもい思いに散っていった。


 俺は家に帰ろうと、ひとり学校の自転車置場に向かう。愛用あいようのベージュのママチャリのかぎを開けた。そこに

「ちょっと、松波まつなみ。待ちなさいよ」

 と後ろから女子じょしこえがかかる。だれの声か、振り返らなくてもわかる。

「なんだよ?小笠原」

 見ると、小笠原は長い黒髪くろかみを緩やかに風にれして俺をまっすぐに見ていた。

「『なんだよ?』じゃないでしょ。かおり先生が一人では帰らないようにって言ってたでしょ。アンタどうせ一人でさっさと帰るつもりだったでしょ?ダメよ。アタシ部活休みにしたから、今日きょう一緒いっしょに帰るわよ。どうせ近所きんじょなんだし」

「え!?いや、いいよ!一人で大丈夫だいじょうぶだし!」

 俺は、かぶりを振った。小笠原は、幼稚園ようちえんの頃と変わらぬ態度たいどで、俺の世話せわを焼こうと接してくる。学校で一番人気の美少女びしょうじょ二人ふたりで帰るというのは注目ちゅうもくを集め過ぎる。ゲームくらいしかり柄のない俺と、小笠原では釣り合いが取れない。

「なに!?イヤなの!?アタシが親切に一緒に帰ろうって言ってるのにぃ!?」

 小笠原は俺の態度が気に入らなかったのか、怒って言った。通り過ぎていく生徒たちが俺と小笠原を見る。その視線しせんがまた痛く、俺はたまらず言った。

「いや、わかった!わるかった!ごめん!一緒に帰るから!大きな声は出さないでくれ!みんな見てるから!」

 小笠原は良家りょうけのおじょうのせいか、どうもまわりが見えてないところがある。

「そう。わかればいいのよ。さっきもそうだけど松波は、もっと素直になりなさい?」

(はいはい、そうですか……)

 と心中しんちゅうで聞き流し、俺は小笠原の発言はつげん無視むしして、校門こうもんへ向かって自転車じてんしゃを押した。

「松波、返事へんじは?」

 その言葉ことばに振り返ると、小笠原がジトっとした目で俺を見ている。……これはどうやら返事をしないわけには行かなそうだ。

「はいはい、小笠原さんの言うことを、今後こんごは素直に聞かせていただきますよ」

 俺が苦笑くしょうして言うと、小笠原はニコリと笑い

「わかればいいのよ。さ、行くわよ」

 と、俺を追いいて学校の正門せいもんへ向かう。小笠原に向けられる男子生徒たちの視線を避けつつ、俺も正門へと向かった。


「いい天気てんきね」

 河川敷沿いの土手どてを歩きながら、小笠原が言った。確かに今日はい天気だ。青い空に、薄く白い雲が引かれ、美しい光のコントラストを作り出している。

 徒歩とほの小笠原に合わせて、俺は自転車を押して並んで歩く。

「うん、まったくだ」

 俺も言った。変死体が見つかったとかで一人で帰るなと言われている状況じょうきょうだが、すこぶる良い気候きこうだ。こんな天気の良い日に幼なじみとはいえ、我が校のヒロインと帰宅すると言うのも悪く無い。変死体になった人には気のどくだが、どんなことにでも良い面というのはあるのかもしれない。

(こんなことなら、もっと酷いことがきれば俺にもっと良い事が起きてしまうかも知れないな)

 などと、不謹慎ふきんしんなことを俺が考えていると、こちらを見ている小笠原と目があった。彼女かのじょが笑って言う。

「一緒に帰るのなんてさ、小学校以来じゃない?」

(うん、そうだ。よく覚えてる。小学校三年の時が最後さいごだ)

 俺は思うが、だがこう言った。

「そうかもな……。よく覚えてないけど」

「そう?でもそうだよ。中学ちゅうがくでは、松波そっけなかったし」

「そうだったか?まぁ、普通ふつうだよ」

 中学になって小笠原は急に綺麗きれいになり、照れくさくて話しにくくなった。中学時代、スレンダーな美少女だった彼女は、高校こうこうになってより女性的じょせいてき曲線きょくせんを描く体型たいけいになっている。小笠原の顔を見て話していると、ついつい胸元むなもとの方にも目が行ってしまう。


「昼休みさ、宇陀川うだがわたちといたじゃない?」

 別にアイツらといたくていたわけじゃない。なんであんなヤツの話なんかするんだ?俺は憮然ぶぜんと言った。

「うん、まぁ……」

 楽しい時間じかんがブチ壊しじゃないか。気分きぶんを害している俺のことなどお構いなしに小笠原はつづけた。

「宇陀川さ、何か私のこと言ってた?」

(何なんだ、その質問しつもん?)

 俺はまたイラッとするが、事実じじつとして小笠原の話は出ていない。<<ギルドラ>>のゲーム内カードを強請ゆすり取られそうになっていただけだ。小笠原が渡しちゃったけど……。

「いや、別に。小笠原の話は出てないよ」

 俺が不機嫌ふきげんそうに言っても、小笠原は意にも介さずニコニコしている。彼女が言う。

「この前さ……宇陀川にこくられちゃった」

「え!なにそれ!俺に言うことか!?っつか宇陀川って彼女いるじゃん!二組の!えっと!……なんだっけ、あの子!?」

浅野愛あさのあいさんでしょ?」

「そう!その浅野あさのさん!」

「彼女とは別れるって」

「いや!でもやめた方がいいって!そんな!宇陀川なんか札付きの不良ふりょうじゃんか!」

「うん……フフ、松波。なにムキになってんの?ちゃんと断ったわよ」

「え!あ!?うん!?なら……いいけど……」

 小笠原は、戸惑とまどう俺を楽しげに見て、おどけて言った。

「フフフ、松波くん。ちゃんと心配しんぱいしてくれて、なかなか幼なじみ思いではないかね?」

「え!?いや……そんなこと、無いけど……」

 ゲームの中なら相手あいて心理しんりを読むのはれた作業さぎょうだが、現実世界の俺はほんとにダメで情けなくなる。完全かんぜんに小笠原に手玉てだまに取られてるではないか。小笠原は隣の俺から視線を外して前を見て言う。

「でも宇陀川って、結構けっこういいよね。面白おもしろいし、男っぽいっていうか、背も高いしさ……別に好きとかそういうんじゃないんだけどさ……気になるっていうのは、ちょっとあるかな」

「え……」

 俺は思いもかけない言葉に黙った。喉が焼けるように熱く、無性むしょうに腹が立った。

「誰にも言っちゃダメだよ。幼なじみの松波だから言ったんだからね、フフ」

 小笠原がイタズラっぽく微笑む。その可憐かれん笑顔えがおを見ていたら、なんだか哀しくなってきた。小笠原にとって俺は幼なじみの愛玩動物あいがんどうぶつのような存在そんざいで、宇陀川は『男』なのだ。空は晴れているのに、俺の上だけ真っ黒な雨雲あまぐもがかかっているような気分になった。

 小笠原が俺の表情ひょうじょうを隣から見つめているのを感じる。何か思ったのか、口を開きかけた。

 そのとき——

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