第二話 美少女

「ちょっと!松波まつなみイジメてるの?やめなさいよ!」

 屋上おくじょうの入り口をると、鮮やかな黒い長髪ちょうはつの美しい少女しょうじょ毅然きぜんとこちらを見て立っていた。色白いろじろな卵型の顔に、意志いしの強そうな大きな黒いひとみ。その視線しせんを、俺と宇陀川うだがわに向けている。こしのくびれを艶やかに描くチェック柄のプリーツスカートをらして、こちらに歩き出した。白いシャツと紺のブレザーが胸の柔らかな膨らみを包んでいる。

 ヒューッ♪っと口笛くちぶえを吹くと、ニヤリと笑って宇陀川がう。

小笠原おがさわらぁ、どうしたこんなところに。俺に会いたくなっちまったか、え?」

 俺も彼女かのじょを知っている。名は小笠原有華おがさわらゆか成績せいせきつね学年がくねんトップクラス。スポーツ万能ばんのう良家りょうけ子女しじょ。うちの高校こうこう一二いちにを争う高嶺たかねの花。

「はいはい、そんなわけないでしょ。幼なじみの松波をイジメないでくれる?」

 そう……その上、俺の幼なじみでもある。

「別にイジメてるわけじゃねぇんだぜ?ちょっとよぉ、ゲームのカードを交換こうかんしようって話をしてただけさ、なぁ?」

 宇陀川が、おどけたオーバーアクションでスマホの画面がめんを見せながら言うと、まわりの不良ふりょうたちが笑った。

 腕組みしてその様子ようすを見ていた小笠原は

「ふーん、松波。ちょっと見せてみなさいよ」

 言うや、ひょいと俺の手からスマホをり上げて画面を見る。

「【交換しますか?】だってさ。してあげればいいじゃない。【はい】ね」

「あー!小笠原ぁー!!ちょっと!!」

 俺は小笠原の手からスマホを取り返そうとするが、彼女のしなやかな指が素早すばやく画面の【はい】ボタンをタップした。宇陀川のスマホのバイブが鳴り、交換が完了かんりょうしたことをげた。小笠原は宇陀川に視線を向けると言った。

「さ、これでいいでしょ。松波をはなしてあげて」

 宇陀川は、相変あいかわらずの薄ら笑いで言う。

「あぁ、用は済んだしな。小笠原の今日きょう可愛かわいさに免じて許してやるぜ」

「フフ、はいはい、どうもね。行って行って」

 小笠原は微笑みを返すと、宇陀川たちを追い払うように手を振った。宇陀川とその仲間なかまたちは、悠然ゆうぜんと屋上から階下かいかへ降りて行った。

 その様子を見届みとどけると、小笠原は得意とくいげに俺に言った。

「どう?松波が困ってるみたいだから、追っ払ってやったわよ」

「もう……俺が苦労くろうして手に入れた最強さいきょうカードが……なんで勝手かってに……」

「え?なに、駄目だめだったの?」

「そうだよ、ダメに決まってるだろ。どんだけゲーム内で価値かちのあるカードだとおもってんだよ。あのカードってる≪ギルドラ≫プレイヤーなんて、今世界でも数人すうにんしかいないんだぜ。はぁ……俺がどれだけ苦労してあのカードを手に入れたか……」

 それを聞くと、小笠原はムッとした様子で言う。

「もう!そんなのゲームやってない私にわかるわけないでしょ!助けてあげたんだから、こういう時はお礼でしょ!?幼稚園ようちえんの頃から素直すなおじゃないのよね!」

「はいはい、どうもありがとうございました!」

 俺が、ふてくされながらも礼を言うと、小笠原は満足まんぞくしたように微笑む。

「そう、それでいいのよ。せっかくアタシが助けてあげたんだから。さ、教室きょうしつかえるわよ」

(あぁ、俺のここ数週間の努力どりょく、苦労はいったい何だったんだ……)

 俺は肩を落として、小笠原と教室へ向かった。


「君らも聴いているとは思うけど今日ね、河川敷近くの廃工場で身元不明の遺体いたいが見つかったの。警察けいさつ現場検証げんばけんしょうしているから、近づかないでね。興味本位きょうみほんいで警察の人たちの仕事しごと邪魔じゃまをしたらダメよ。事件じけんかどうかはまだわからないけど、帰宅きたくには充分注意するように。なるべく一人ひとりで帰らないで。同じ方向ほうこうの人たち何人なんにんかでまとまって帰ってね」

 その日のホームルーム。俺たちのいる二年一組の担任たんにん、佐々木かおり先生せんせいが言った——

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