生け贄ガチャを回すとき……

石丸慎

第一話 ガチャ

 死ぬのが怖いかい?

 ……怖いか。

 ……そうだろうな。

 そう聞かれれば、君のようなヤツでもそう答えるだろう。

 死にたいってヤツは、まぁいないよ。


—— 薄汚うすよごれたコンクリートの壁に囲まれた、肌寒はだざむく暗い部屋へや

 私は椅子いすに座らされた一人ひとりの男と話している。

 男には首枷くびかせの板がはめられ、二の腕、足首が椅子に革ベルトで縛り付けてある。

 死神しにがみの鎌をった、鉄製てっせい骸骨がいこつが男の後ろに立っている ——


 質問しつもんを変えようか。

 人は何のために生きているのだろう?

 君は、どうおもう?

 何かをすために生きているとか、よくうよな。

 そう、それも正解せいかいの一つかもしれない。

 でもどうだろう……為すことか……何かあるのかな?

 ……思いつかないよ。


 でも私には、やりたい事がいわけじゃないんだ。

 生きているってことを、もっと深く理解りかいしたいんだ。

 そして、生きている実感じっかんが欲しいのさ。

 そこで考えたんだ。色々考えた。それをするために、どうすればいのか。で、思いついたんだ。


 生の対極たいきょく

 死だよ。

 死についてこそ、まずは理解するべきなんだ。死は生物せいぶつ機能きのうしなくなる状態だってことはわかってる。脳の浅いレベルで理解するんじゃ無くてさ、もっと体で、内臓ないぞうで理解したいんだ。まさに「腑に落ちる」ってレベルでね。

 自分じぶんをさ、追い込んで追い込んで、自分の体で理解するのも良いとは思うんだけど。ただ慎重しんちょう性格せいかくだからさ。


 ……まずほかの人たちがね、命をうばわれそうになったときに、どうするかって事をね、調べようと思ったんだ。

 死に直面ちょくめんした時、人はどう振る舞うのかな?人によって色々いろいろ反応はんのうがあると思うよ。

 アンケート調査ちょうさで「あなたは死にそうになったら、どうしますか?」って聞いたところでさ、正確せいかくなところは判らない問題もんだいさ。自分がその時どうするか、正確にわかる人なんてさ、いないだろ?


 知りたい……知りたいな……みんな、どうするのかな?

 この好奇心こうきしんおさえられ無いよ。

 気になる……気になるな……。

 これを知るためにはさ、人をそういう状況じょうきょうに追い込む必要ひつようがあるよね。

 死ぬかもしれない状況にね。


 でもさ、本当ほんとうはさ、いま生きてることだって偶然ぐうぜんだろ?

 運が良かったから、たまたま生きているだけさ。

 今こうしている間にも、人々ひとびとは「死神ガチャ」を回しているもの。

 死神ガチャってなんだって?知らないのかい?どこに目をつけている?

 アハハ……そう、世の中、死神ガチャがえてない、おめでたいヤツばかりだ。そんなことは知っているよ。

 だれにでも、いつかかならず死が訪れる。

 見えないガチャを回している。このガチャで出るのは、だいたい白いカプセルだ。白ならセーフ。君はまだ生きられる。でも血の色のカプセルが出たら……当たりだよ。その日が君の、人生最後の日となる。死神の鎌が振り下ろされ、君は死ぬ。


 毎日毎日、自分でガチャを回してるのにね……なんて愚かなんだ。それに気がつかないなんてね。

 ほんとは知るべきなんだよ、このガチャの存在そんざいを。

 死神ガチャを回すとき、人はどんな顔をしているんだろう?そして、もっとも知りたいのは赤いカプセルを引いた時、人はどんな顔をしているんだろう?


 ケータイの使い方はわかるかい?

 いまどき、わからないって人の方が珍しいよね。失礼しつれいな質問だったね、すまない。

 死神ガチャのアプリを作ってみたんだ。

 これを回してみてくれるかい?

 安心あんしんしてくれ。ちゃんと作ってある。

 赤いカプセルが出たら、ちゃんと君の命は今日きょうわるよ。

 どういう死に方になるか、それはお楽しみ。今のところ16種類用意してある。

 一つだけ死に方を教えてあげようか。やはり見ごたえがありそうなのは、「死神くん」が鎌で君の首をはねるパターンだね。死神くんっていうのは君の後ろの骸骨のことだよ。これはなかなか高度こうどな仕組みでね。実現じつげん苦労くろうしたんだ。

 さぁ画面がめんをタップして、死神ガチャを回してみてくれ。

 そうすれば君は真実しんじつを知ることができるし、こちらの興味きょうみも満たされる。両者りょうしゃにとって利益りえきのある話だ。

 君は死にたく無いんだろ?白を出すといい。白が出れば、君は助かる。


 ……え、回したく無いのかい?

 ……そういう態度たいどは許されないことは、わかってるだろ?

 あ、隣のアイコンは気にしないで。

 そっちのアプリは「生贄いけにえガチャ」。

 試作中だが、かなり面白おもしろいものになる予定よていだ。

 でも、今の君には用が無いものさ。

 君には君の仕事しごとがあるだろ。

 さぁ、この死神ガチャを回してくれ。

 その時、君はどんな顔をするんだい?

 そして赤いカプセルが出たとき、君は何を思うんだい?

 そう、画面をタップして。


——ケータイのディスプレイに鮮やかにかがやくシステムメッセージが表示ひょうじされる。

【死神ガチャを回します。よろしいですか?[はい] / [いいえ]】


 さぁ[はい]をタップだ。回してくれよ——



「おまえよぉ!ガチャでいいカード出たみたいだな?ケータイの通知見たぜ。寄こせよ、なぁ?」

 青空あおぞら背負せおった宇陀川竜二うだがわりゅうじは、嘲るようなニヤついた笑いを浮かべて俺を見下ろす。長身ちょうしんをかがめ顔を寄せてきた。ヤニ臭い息が、俺の顔にかかる。

「ほらよぉ、はやくトレードしようぜ。なぁ、松波まつなみ?」

 宇陀川うだがわ右手みぎてったスマートフォンの画面がめんを、俺に向けた。

 その画面には

 【MATUさんにトレード申請しんせいしました】

 というシステムメッセージと、宇陀川から俺に交換こうかんを持ちかけているカードが表示ひょうじされている。≪スラニー[NORMAL+]≫という、そのカードの名前なまえとレア度の文言ぶんげん。それにつづいて、水滴型をしたオレンジ色のモンスター。

大事だいじにしてたスラニーちゃんをやるからよぉ?お前のゲットした≪シン・バハムート[SSR+]≫渡せよ」

 学校がっこう屋上おくじょうから見える空は爽やかに晴れているが、俺にきていることは最悪さいあく出来事できごとだ。

「プッ、宇陀川ひでーな。そんな雑魚ざこカードと交換させんのかよー。可哀想じゃんか。ククッ」

 宇陀川の仲間なかまの、ひょろ長い蛭田ひるたとデブの毒島ぶすじまが薄ら笑いを浮かべて言った。

 俺は意を決して、言葉ことばを発した。

「あの……宇陀川くん。さすがに[SSR+]と[NORMAL+]カードじゃ釣り合いれてないと思うし……今回こんかいのイベントのクリア報酬ほうしゅうでもらったガチャチケット使ってやっと出だんだよ。≪ギルドラ≫やってるならわかるだろ?今回のイベント、相当そうとうクリアするのキツくて……」

 今、大流行中のケータイゲーム≪ギルド&ドラゴンズ≫。通称つうしょう≪ギルドラ≫。俺たちは、そのゲームの話をしている。

 宇陀川の表情ひょうじょうが曇る。

「あぁ!?松波、テメェそんなこと分かってんだよ。【フレンドのMATUがスペシャルチケットでシン・バハムート[SSR+]Get!!】ってケータイがブルって表示されてんだからよぉ!あぁ!?お前の通知つうち夜中よなかに来やがったせいで、こっちは寝不足ねぶそくなんだよ!!」

 宇陀川の左手ひだりてが、俺の襟首えりくびつかんだ。

「あ……う……ごめん!悪かったよ……」

「悪いと思ってんだったら、さっさとカード寄こせよ!?」

「え……うん……」

 俺は自分のスマホを制服せいふくのブレザーのポケットから取り出した。

 【UDAさんからトレード申請が来ているよ!!】

 というシステムメッセージと可愛かわいい小動物のマスコットキャラが表示されていて、暗澹あんたんたる気持ちになる。画面をタップし、昨日手に入れたばかりの最強さいきょうカードの一つ<<シン・バハムート[SSR+]>>を選択せんたくする。

【レアリティに大きく差があるトレードです。本当に交換しますか? [はい] / [いいえ]】

 俺のスマホの画面に表示された警告けいこくウィンドウに、指が止まる。このカードを手に入れるのは並の苦労くろうでは無かった。無課金で手に入れるために、緻密ちみつ計画けいかくを立て、睡眠時間を削った。二週間の死力しりょくを尽くした努力どりょく結果けっか、やっと手に入れた目玉めだまカードを、こんな形で奪われてしまって良いのか……?

「あのさ、こうしないかい?俺もう一枚いちまいこのカードなんとか手に入れるよ。そしたら宇陀川くんにすぐ渡すよ。だからこのカードは勘弁かんべんしてくれないかな?強いカードがあればバトルも勝ちやすいし、もう一枚手に入れやすいからさ」

「あぁ……そうか?たがよぉ、松波。俺はお前の実力じつりょくを信じてるぜ。お前のゲーマーとしての腕はピカイチだ。お前ならそのカード無しでも取れるだろ、もう一枚くらいよぉ?だから、さっさと渡せよ!」

 高二で190センチ超えというチート的な体格たいかくの宇陀川が、鋭い目つきで俺を見下ろしてくる。背筋せすじに重い緊張きんちょうが走る。

(これはもう差し出すしかないか……)

 俺が思ったその時、良く通るこえが響いた——

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