夜月が出掛けている昼間のこと。日がちょうどいちばん高くまで昇った頃だ。

  玄関の扉をノックする音が乾いた廊下に響いた。


  花は不思議に思いながら扉を開ける。まだ夜月が帰ってくる時間ではない。


「こんにちは、お嬢さん」


  扉の向こうには黒いサングラスとやわらかい笑み。


「……こんにち、は」


  花は小さな声で返し、扉を半分閉じる。


「夜月はいないよ?」


  早く帰ってほしい、と思った。夜月のいない独りぼっちの不安もあったからだろう。


「わかっていますよ。今は君ひとりでしょうか」

「………………」

「お邪魔してもよろしいですか?」


  彼は穏やかな笑みを浮かべて問う。そして怯えた様子の花を安心させるようにある提案をした。


「そうですね、夜月の昔話でもお聞かせしましょうか」

「夜月……の?」

「僕は彼の古くからの知り合いですから。君よりもよく彼のことを知っていると思いますよ」


  夜月の過去。彼が花には話したがらない秘密。

  それらは花の興味をひいた。夜月のことを知りたい。もっと深く。彼を知りたい。


「せっかくですから、僕は君のことも知りたいですね。どうです? 話の交換というのは」

「私の、こと?」

「はい。僕は君に興味があるんですよ」


  花は時々開けてはいけない扉を開けてしまう癖がある。それは彼女の心に埋められない隙間が存在しているせいだろうか。イレモノである彼女には行動にブレーキをかけるストッパーも危険を知らせる信号も備わっていない。


  扉にかかった花の手が、くいっと引き付けられた。キイッと音を立てて扉は彼を招き入れた。

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