Ⅶ
くつくつと小気味良い音を立てて鍋の中身が煮えている。
夜月はれんげでその中身をすくい、ふーっと息を吹きかけた。
「……花」
名前を呼ばれて、ずっとうつむいたままだった花が恐る恐るといったように顔を上げた。ベッドの脇でかがみ、夜月は花の口元に湯気の立つれんげを持っていく。
「口を開けろ」
熱のせいかぼんやりとした顔つきの花。彼女はしばらくしたあと素直に口を開けた。
「……美味しいか?」
「……うん」
もごもごと口を動かし、花はうなずいた。
「美味しい」
「そうか、ならよかった」
れんげを鍋の中に入れ、
「自分で食べるか?」
と夜月が尋ねる。
「……ううん」
花はためらいながら口を開く。1度顔を上げ、しかしすぐに下げ、やがてまた上を向いて夜月を見た。
「夜月に食べさせてもらいたい」
「……もう落ち着いたのか?」
さっきまであんなに自分を拒んでいたはずの花の甘えた言葉に、夜月は戸惑う。
「夜月がいい」
花は真っ直ぐに夜月を見つめる。
「夜月と一緒がいい」
花が選んだ選択肢。それは夜月と一緒にいること。
「……俺が怖くないのか」
「怖いけど、夜月がいい。夜月だけが好き。だからね、お願い。私を嫌いにならないで。私は夜月が好きなの……」
「花?」
「夜月が、好き……」
花の目から涙が溢れた。
夜月が好き。夜月も私を好きになって。もう会わないなんて言わないで。私を捨てたりしないで。夜月……。
「花」
夜月は花を抱き寄せた。そのまま彼女の唇に自分の唇を重ねる。
「………………」
夜月の唇を熱い何かが伝った。花の涙だ。触れあった肌から花の涙が流れてくるのだ。
夜月は目を閉じ、花の頬に手を滑らせる。拭っても拭っても溢れ続ける涙。夜月の口の中には花の涙の味が広がっていた。
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