Ⅵ
小鳥のさえずる
「ここは……夜月の、部屋?」
花はゆっくりと上体を起こした。身体が重い。頭に靄がかかっている。
「私……」
脳裏に浮かぶ赤い光。思わず両手で顔を覆った。
嫌だ……思い出したくない。
大きく呼吸を繰り返す。
ドアが開いた。
「……花。目が覚めたか」
夜月だった。夜月の赤い瞳が花に注がれる。
赤い光。恐ろしい光。
「かなりうなされていたな。まだ熱は下がらないか?」
夜月が歩み寄ってくる。
「……いや、来ない……で」
花はベッドの上で後ずさった。その拍子に手がシーツに絡まり、バランスを崩す。
「花!」
ベッドからずり落ちそうになった花を夜月がとっさに受け止めた。
「触らないで……」
花の目には涙が浮かんでいた。
夜月はすぐに手を放した。
「花、俺が怖いか?」
花は震えて何も答えなかった。
しばらくふたりは黙りこんだ。花は夜月と目を合わそうとしない。やがて夜月が口を開いた。
「お前にふたつ、選択肢をやる」
「………………」
「選択肢というのは、お前が選ぶことのできる条件、つまり今から俺が言うふたつのうち、お前はどちらかを選ばなければいけない」
夜月はベッドの脇にしゃがみ、人差し指を立てた。
花は怯えた表情でそれを見つめる。
「まずひとつ。このままお前は俺と暮らす。ただしもう2度と俺はお前と顔を合わせない。同じ家の中だが、俺はお前に干渉しない。お前が目覚める前に家を出て、寝ついてから帰宅する」
「どう……して」
「お前を守るためだ」
夜月の顔にはどんな表情も浮かんでいない。
「……わからないか? 俺はお前をイレモノとしてしか扱えない」
「いれもの……?」
「俺はお前を魂を入れておく人形として拾った」
夜月の言うことは花にはわからない。難しい言葉の羅列。
しかしひとつだけわかることがある。
夜月は花を愛していなかった。大好きな夜月は花をただの道具としてしか見ていなかった。
「もうひとつの選択肢は」
次に夜月の中指が立った。
「この家を出て、別のところで暮らす」
わずかに彼の声は震えていた。しかしたった今知った夜月の気持ちに打ちのめされていた花はそれに気づかない。
「お前を引き取りたいという奴がいる」
ちょうどそのとき、ドアが開いた。ある人物が顔を出す。
「こんにちは、お嬢さん」
「………………」
「またお会いしましたね」
黒いサングラス。真っ黒な影。彼は足音ひとつ立てたずに花のいるベッドまで近づいてくる。
彼はやわらかい笑みを浮かべた。
「僕も夜月と同じアクマです」
「あく……ま?」
「しかし彼と違って君を利用する気はありません。僕は魂の消化に長けていましてね、シニガミの力を借りなくとも羽目を外すことはありませんから」
「……俺は羽目を外したわけじゃない」
「夜月は昔から魂の吸収をコントロールできていませんでした。特に夜中になると近づいた人間全ての魂を見境なく吸い込んでしまって」
夜月は言い返せないようで黙ってしまった。悔しげな表情を浮かべる夜月を見るのは初めてで、花は小さく笑った。
「夜月は面白い男でしょう?」
彼が花に微笑みかけた。
「………………」
花は慌てて顔を背ける。
「おや、僕のことを警戒しているのですか? 君は本当に賢いですね。しかし心配する必要はありません。君はまだ夜月の人形です。手を出したりはしませんから」
「……
とがめるように夜月が彼の名前を呼んだ。すると彼は楽しそうに笑った。
「彼女はまだ夜月のものです。今はまだ」
サングラスの奥で彼の目が赤く光った。
「それでは今日のところは失礼します」
音もなく彼は姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます