Ⅴ
自分の部屋のベッドにそっと花を横たえる。
「………………」
花の頬には幾筋もの涙の跡が残っている。まだ幼いと思っていたはずの少女はもう、夜月の手に負えないほど成長してしまっているのかもしれない。
裸足で外を歩いたせいで真っ白だった足は傷だらけになっているが、それ以外花に目立った外傷はない。
花は眠っている。おそらく雨の中を歩いて風邪を引いてしまったのだろう。わずかに頬が火照り、薄く開いた唇から時折苦しそうな息が漏れている。
「……苦しい、か? 今、氷を持ってくる」
花が答えないのはわかっていながらそう声をかけ、夜月は部屋を出た。
(花が目覚めたら……どうする、だろう)
廊下に出て、ふと不自然な風の音に気づいた。
玄関の扉が開いていた。
(誰だ……?)
そのとき、背後に気配を感じた。夜月が振り向くと、そこには黒いサングラスが光っていた。
「お久しぶりですね、夜月」
片手ほどの大きさの桶に氷水を張り、一緒にタオルも持って部屋に戻る。
そっと花の額に触れると……ひどい熱だ。夜月は氷水に浸したタオルを絞り、彼女の額に当てた。
もしも花が目覚めたら。そのとき自分はどう接したらよいのだろう。
(本当に花は俺のイレモノなのか……?)
そう、ただのイレモノのはずだった。その目的で彼女を拾った。現にこれまでもそう扱ってきた。ただの
(ただの、イレモノ……)
「や……づ、き」
花の手がぴくりと震え、その唇から苦しげな声が漏れた。
「やづき……」
目を覚ましている気配はない。おそらく寝言だろう。熱のせいでうなされているのかもしれない。
夜月は花の額のタオルをもういちど冷やそうと剥いだ。
真っ白な花の肌。小刻みに震えている睫毛。小さな赤い唇。
夜月の手からタオルがバサッと落ちた。
ゆっくりと顔を近づける。彼女の甘い香りが夜月を包み込む。
彼女の吐息が夜月の頬に触れた。
「やづ……き……」
夜月は動きを止めた。
「………………」
わずかに上体を起こし、花の頭をなでる。そして、花の熱を持った額にそっと唇を当てる。
その熱に溶かされるがまま、夜月は静かに目を閉じた。
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