『ちっちゃな女の子がいる』

『本当だ。見て見て!あの子』

『魂がいっぱい詰まってる』

『あはは。美味しそう』


  ピチャピチャ。ピチャピチャ。水溜まりを踏んで、花の周りに子供たちが集まってきた。花よりいくらか幼く見える。彼らは楽しそうに笑って、花の周りで手をつないだ。輪になって笑い続ける。

  あはは。あはははは。

  無邪気な笑い声が雨の音を遮るほど響いた。


『美味しそう』

『魂が』

『いっぱいいっぱい』

『美味しそう』

『美味しそう』


「………………」


  膝を地面についたまま、花はその様子を見ていた。

  赤い目をした小さな子供たち。楽しそうに笑って花を見下ろしている。


「………………」


  冷たい雨が打ちつける。

  花は耳をふさいだ。息を止めて目を強くつぶる。


『美味しそう』

『美味しそう』

『美味しそう』

『美味しそう』


  嫌だやめてやめてやめてやめてやめて……!



「花!」



  辺りが一瞬赤い閃光に包まれた。


『あれれ。お兄ちゃんだ』

『アクマのお兄ちゃんだ』

『僕たちとおんなじ真っ赤な目』

『この女の子の魂を食べちゃうのかもよ』

『そうだね。食べちゃうんだ』

『僕たちが先に見つけたのに』

『ずるいずるい』

『この子の魂は』

『僕たちが食べるんだ』


「……花から離れろ」


  低い声が雷鳴のようにとどろいた。


「………………!」


  再び赤い閃光がほとばしる。目のくらむような光。

 

『やめてやめて!』

『僕たちを食べないで』

『やめてよ!』

『やだよ死にたくないよ』


  子供たちが悲鳴をあげた次の瞬間、一陣の風が通った。

 

  花の耳になんだか恐ろしい音が響いた。わからない。何もわからない。とてつもなく大きな音が耳を支配した。


  花は顔を上げなかった。怖くて上げられなかった。目の前で何かが起こっている。


「花」


  夜月の声がした。


  ゆっくりと花は顔を上げる。しかし彼女の身体はひどく震えていた。夜月が手を差しのべる。


「花」

「……怖い」

「もう怖がらなくていい。大丈夫だ」

「……ちが、う。夜月が……怖い」


  花は怯えていた。差し出された夜月の手を拒み、小さく首を振った。


「夜月……さっきの子たち、食べちゃった……?」

「………………」

「食べちゃったの!?」


  目の前に小さな塊がいくつも転がっている。

  雨に打たれてじゅわじゅわと音を立てるその塊たち。


「夜月……」


  花は涙をいっぱいに溜めた目で夜月を見上げた。

  彼は固まった。


(花が怯えている……何をそんなに怯えている? ……ああ、そうか、花は俺を)


  夜月は小さく笑った。


「花」


  震えている花の頭をなでる。


「俺がどうやって俺になったか、どうやって大人になったのか、お前は知りたがっていたな。俺は食べ物を口にしない。しかし生き物はなんらかのエネルギー源がなければその生命活動を維持できない」


  花はじっと夜月を見上げている。夜月は静かに彼女の髪をすくう。


「俺の活動資源は生き物の魂だ」


  花の瞳が石化したように色をなくした。


「どういうことか、わかるか?」

「………………」


  雨の音が辺りを支配する。その中で、彼らの周りだけは音をなくした空気の塊が漂っていた。


「わかん……な、い」


  花が大きく身体を震わせた。


「夜月の言うこと……全然……わかんな、い……」

「わからないか」


  低い声でつぶやくように言い、夜月は花を抱き寄せた。甘い香りが雨に染み込んで夜月の鼻をくすぐる。


「……こうしていても、か?」


『助けて』

『助けて』

『助けて』

『助けて』


  花ははっと顔を強ばらせた。何かが自分の中に入り込んでくる。


『助けて』

『助けて』

『助けて』

『助けて』


  小さな何かが花の胸の奥で暴れまわる。激しく彼女を突き、乱そうとする。


『助けてー! 死にたくないよう』

『助けてー! 苦しいよう』

『助けて!』

『助けて!』

『助けて』

『助けて……』

『たすけ……』

『た、た、た……』


  ゆっくりと、その声はおさまっていく。ぐつぐつと何かを煮詰めるような音が花の身体の中に響く。

  食べて……る? 私の身体がさっきの子たちを……。


「い、や……」


  花は夜月の腕の中で悲鳴をあげた。


「イヤーーーーーーーーーぁ!」


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