Ⅳ
『ちっちゃな女の子がいる』
『本当だ。見て見て!あの子』
『魂がいっぱい詰まってる』
『あはは。美味しそう』
ピチャピチャ。ピチャピチャ。水溜まりを踏んで、花の周りに子供たちが集まってきた。花よりいくらか幼く見える。彼らは楽しそうに笑って、花の周りで手をつないだ。輪になって笑い続ける。
あはは。あはははは。
無邪気な笑い声が雨の音を遮るほど響いた。
『美味しそう』
『魂が』
『いっぱいいっぱい』
『美味しそう』
『美味しそう』
「………………」
膝を地面についたまま、花はその様子を見ていた。
赤い目をした小さな子供たち。楽しそうに笑って花を見下ろしている。
「………………」
冷たい雨が打ちつける。
花は耳をふさいだ。息を止めて目を強くつぶる。
『美味しそう』
『美味しそう』
『美味しそう』
『美味しそう』
嫌だやめてやめてやめてやめてやめて……!
「花!」
辺りが一瞬赤い閃光に包まれた。
『あれれ。お兄ちゃんだ』
『アクマのお兄ちゃんだ』
『僕たちとおんなじ真っ赤な目』
『この女の子の魂を食べちゃうのかもよ』
『そうだね。食べちゃうんだ』
『僕たちが先に見つけたのに』
『ずるいずるい』
『この子の魂は』
『僕たちが食べるんだ』
「……花から離れろ」
低い声が雷鳴のようにとどろいた。
「………………!」
再び赤い閃光がほとばしる。目のくらむような光。
『やめてやめて!』
『僕たちを食べないで』
『やめてよ!』
『やだよ死にたくないよ』
子供たちが悲鳴をあげた次の瞬間、一陣の風が通った。
花の耳になんだか恐ろしい音が響いた。わからない。何もわからない。とてつもなく大きな音が耳を支配した。
花は顔を上げなかった。怖くて上げられなかった。目の前で何かが起こっている。
「花」
夜月の声がした。
ゆっくりと花は顔を上げる。しかし彼女の身体はひどく震えていた。夜月が手を差しのべる。
「花」
「……怖い」
「もう怖がらなくていい。大丈夫だ」
「……ちが、う。夜月が……怖い」
花は怯えていた。差し出された夜月の手を拒み、小さく首を振った。
「夜月……さっきの子たち、食べちゃった……?」
「………………」
「食べちゃったの!?」
目の前に小さな塊がいくつも転がっている。
雨に打たれてじゅわじゅわと音を立てるその塊たち。
「夜月……」
花は涙をいっぱいに溜めた目で夜月を見上げた。
彼は固まった。
(花が怯えている……何をそんなに怯えている? ……ああ、そうか、花は俺を)
夜月は小さく笑った。
「花」
震えている花の頭をなでる。
「俺がどうやって俺になったか、どうやって大人になったのか、お前は知りたがっていたな。俺は食べ物を口にしない。しかし生き物はなんらかのエネルギー源がなければその生命活動を維持できない」
花はじっと夜月を見上げている。夜月は静かに彼女の髪をすくう。
「俺の活動資源は生き物の魂だ」
花の瞳が石化したように色をなくした。
「どういうことか、わかるか?」
「………………」
雨の音が辺りを支配する。その中で、彼らの周りだけは音をなくした空気の塊が漂っていた。
「わかん……な、い」
花が大きく身体を震わせた。
「夜月の言うこと……全然……わかんな、い……」
「わからないか」
低い声でつぶやくように言い、夜月は花を抱き寄せた。甘い香りが雨に染み込んで夜月の鼻をくすぐる。
「……こうしていても、か?」
『助けて』
『助けて』
『助けて』
『助けて』
花ははっと顔を強ばらせた。何かが自分の中に入り込んでくる。
『助けて』
『助けて』
『助けて』
『助けて』
小さな何かが花の胸の奥で暴れまわる。激しく彼女を突き、乱そうとする。
『助けてー! 死にたくないよう』
『助けてー! 苦しいよう』
『助けて!』
『助けて!』
『助けて』
『助けて……』
『たすけ……』
『た、た、た……』
ゆっくりと、その声はおさまっていく。ぐつぐつと何かを煮詰めるような音が花の身体の中に響く。
食べて……る? 私の身体がさっきの子たちを……。
「い、や……」
花は夜月の腕の中で悲鳴をあげた。
「イヤーーーーーーーーーぁ!」
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