食事の途中。

  ザーッという音が聞こえた。


「ねえ夜月」


  ほうれん草と茸の雑炊をぱくっと口に入れ、花は尋ねる。


「ザーッって音がする。この家、壊れちゃうの?」

 

  夜月は耳を澄ます。


「いや……雨の音だ」

「あめ」

「上から水が降ってくる」

「あめ! あめ! じゃあ夜月、黒いバサバサ使うの?」

「バサバサ……傘のことか」


  花はすっかりはしゃいで「あーめあーめバッサバサー」と妙なリズムで歌い出した。

  夜月は思わず唇の端を持ち上げてしまった。


「お前も欲しいのか?」

「バサバサー!」

「お前は雨を知らないだろう。俺はできれば雨の日には出かけたくない」

「えーっ。夜月、あめ嫌いなの?」

「ああ」


  食事を終え、夜月は出かける準備をした。花が玄関まで見送る。


「夜月! 行ってらっしゃい!」


  傘を持って扉を開けた夜月に、花は大きく手を振る。


「……花」


  そのまま行ってしまうかと思うと、夜月は扉を半開きにしたまま立ち止まった。首を傾げる花。


「夜月?」

「俺のいない間……いつもどうしてる」


  夜月は花の方を向かずに尋ねた。


「えっと。お花にお水あげてるよ」

「……寂しくないか」

「……え?」


  背後で花が動く気配を感じて夜月は振り返った。自分の腰にしがみついてくる花。夜月はおかしなことを尋ねてしまったと後悔する。


「花」

「花ね、寂しくなーい。夜月はちゃんと帰ってくるから、花、わかってるから。だから寂しくなーい」


  夜月のシャツに顔をうずめて、花はふふっと笑った。


「……そうか」


  花が夜月の腰を放し、夜月は扉を完全に開けた。いつの間にか、雨は止んでいた。

  夜月の背中を見送り、花は小さく笑った。


「あーあ。夜月行っちゃった」


  玄関に夜月が置いていった黒い傘に触れてみる。ざらざらしていて、花がいつも着ているふわふわしたワンピースとは素材が違うようだった。


「寂しい、なー……」


  それは花が初めてついた嘘だった。

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