Ⅵ
花が目覚めると、辺りが白いものでいっぱいだった。部屋が埋めつくされている。一面真っ白な床。
「お花だ……」
ユリ、と夜月が呼んでいた花。花がいちばん好きな白い花が床に敷き詰められていたのだ。
「夜月……?」
花が寝かせられていたベッドのふちに夜月がもたれかかっている。
『ユリを置いた部屋にしばらくいると、人間は窒息死してしまう』
夜月の言葉を思い出した。
「夜月? 夜月……」
夜月はこの花のせいで死んでしまったのだろうか。花は目を潤ませた。
「夜月ーィ!」
「……花、耳元で叫ぶな」
夜月が薄く目を開けた。
「夜月!」
花はベッドから飛び降りて夜月の胸に飛び込んだ。大好きな夜月はきちんとそれを受け止めてくれた。
「どうした? ……花?」
夜月は自分の胸に顔を押しつけてくる花の頭をなで、顔を上げさせた。しかしすぐにそれを後悔した。見るべきではなかった。
泣いている彼女の顔など。
「夜月っ……が、起きなかったらどうしようっ、て」
「………………」
「う、う……」
彼女は涙を拭うということを知らないらしい。もしかすると、泣くという行為自体も理解していないのかもしれない。
夜月は仕方なく自分のシャツに花の涙を吸わせた。おかげで胸の辺りに大きなシミができてしまった。
「花」
「花ね、ずっとずっと夜月の側にいたいの。寂しいのは嫌。夜月がいなくなったら嫌だよ」
花の目から透明なものが膨れ上がって、頬を伝って流れ落ちる。
「……俺はいなくならない。大丈夫だ」
「本当?」
「そんな嘘は言わない」
花はぷるっと肩を震わせた。ぎゅうっと夜月にしがみつき、
「夜月は寂しくない? 花がいなくても、寂しくない?」
と尋ねた。
「………………」
小さな身体では力いっぱいしがみついているつもりでもその力は弱い。きっと夜月がそうしようと思えば簡単に振り払えてしまう。
「花、ユリは嫌いか? お前が好きかと思って
「……え?」
「不安にさせて悪かった」
花はパチパチと瞬きをした。夜月に謝られるとは思っていなかった。
いつだって夜月は正しい。夜月の言うことだけ信じていればいい。花はそう思っていた。
「ねえ……。夜月でも間違えることってある?」
「ああ。ある」
夜月は花と違って大人だ。しかし大人でも間違えることはあるのだ。
花は頬をぐっと拭った。目尻が少しヒリヒリする。
「あのね……夜月、お花いっぱいすぎだよ。お部屋の床が見えなくなってるもん」
「お前をまねただけだ」
「花はちゃんと飾ったよ?」
「駄作も本人からすれば傑作に見える」
「だ……さく? けっさく?」
「さあ、朝食にするぞ」
夜月は立ち上がった。
「どろどろ! 花、どろどろ食べたい!」
夜月が立ち上がった拍子にころんと転がされた花は、真っ白なユリの山に埋もれるようにしながら声をあげた。
(すっかり食欲旺盛だな)
夜月の唇の端がわずかに持ち上がった。
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